表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化物屋 蝶々  作者: 蝶々
3/5

菊 其の一

 何だい旦那さん、青い顔しちまって

 本当にお吉さんが化けて出たんじゃないんだよ

 当たり前だろぅ、お天道様が西から出たって死人が起きあがったりするもんか

 そもそもあの笹川って侍は酷い男でね

 良いようにお吉さん騙し空かして、挙げ句には、良い所のお家に婿入りするから、って

 縋るお吉さんを切り捨てたのさ

 お吉さんにはお兄さんが居てね、その人が頼んだんだ

 そう、化物屋に頼んだんだよぅ

 あの後笹川は川に浮かんでいたそうだよ

 叫びながら落ちていったのを見ていた奴がいたんだ

 お吉さんの敵は取れたのさ



 その日は連日の重い雲を忘れさせる、見事な冬晴れだったと思う。

 行き交う人々は皆、白い息を弾ませながら忙しなく入り交じっている。

 そんな喧噪をを遠くに聞きながら、彼女はその建物の前に立った。

 戸口に下げられた藤色の暖簾には美しい蝶や花が染められている。

 その向こうは様子を感じ取る事を拒む様に、ただ静かだった。

 ふと、流れてきた微かな甘い香りに釣られて、彼女は軽く顔を仰ぐ。

 目を凝らすと、通りに面した二階部分の窓から細い紫煙が薄く立ち上っている。

 その白い筋を見て、彼女は眼を閉じた。

 胸一杯に空気と紫煙の香りを吸い込むと、何か心に決めた様に正面を見据え、暖簾に手をかけた。

「御免下さいまし」

 建物の中は小綺麗に片づけられ、所々に派手な扇や櫛やら飾ってあるが

 何処か人の温もりを嫌がる静寂が流れている。

「御免下さいまし」

 裂けた静寂がまたゆっくりと戻ってくる中、もう一度奥に声を掛けると、今度は若い娘の声が直ぐに帰ってきた。

「何かご用で」

 小走りに出てきた質素な身なりの娘は、彼女に目を留めそこで言葉を切る。

 娘はしばらく彼女を見て、お二階です、と言って、また奥へと戻っていった。

 その背に礼を言って、彼女は上へ通じる階段に足を掛けた。

 二階から差し込む光が、現在を忘れたくなる程に暖かく穏やかで

 足を止めて、彼女は、ほぅ、と息を吐いた。

 こんな時間の流れ方が出来れば良かったのかもしれない

 急な階段を登りきると、辺りは甘い香りに包まれて目眩がしそうだった。

 並んだ部屋の一つが襖が半分開けられ、薄い光が漏れている。

 彼女は、何も言わずにその襖を開けた。

 あぁ、やっと

 鮮やかな着物やら帯やらが散乱する部屋の窓辺で、ふぅ、と紫煙をが広がる。

 やっとこれで

 切れ長の眼が彼女を捕らえ、紅い唇の端が微かに上がる。

 これで楽になれる

「蝶々さん、かしら」

 真っ白い手で持った煙管を口にしながら、女はにやりと笑った。

 艶やかという言葉がよく似合う。

 優美な動作で座る様促される。動きに沿って、癖の無い長い黒髪が畳みの上に広がった。

 散らかった物の隙間に座り、目の前で足を崩してくつろぐ色のある女を、じっと見る。

 彼女の視線に気付いた女は、器用に左の眉を上げてみせた。

「貴女なら大丈夫そうね」

 彼女は、ふわりと笑った。

「私は菊と申します」

 外の光が眩しくて、眼を閉じる。

「ねぇ、蝶々さん。私ね」

 ここが、変わり目だ

「私、今晩死ぬんです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ