執事視点
私の名前は、エディ。公爵家の長女であられるお嬢様にお仕えしております・・・いえ、“お仕えしていた“と言った方が、正しいかもしれませんね。それに、今は公爵家ですらなく隣国に追放された身ですから。元雇用者の公爵様から直々にこの国を出ていけ、とね。ああ、といってもそんなことで悲観的になってるわけではないのです。むしろ追放されるという、普通の若者からしたら絶望的な事態など些細なことです。ええ、お嬢様・・・いや、アイリスが俺の隣にさえいればもう望むものはない。
頭もよく、誰に対しても優しく、整った容姿をもつ公爵家の長女。彼女の父は宰相で、傍から見れば幸せとはこうあるものといった感じですかね。実際はそんなことではないのに。彼女、アイリスは幸せとは一番遠い所にずっといるんですよ。頭がいいのは、成績がいいのは、見限られないため。誰に対しても優しいのは、そうしないと外ですら自分の居場所を失ってしまうと思ったから。第一王子の婚約者という立場は、勝手にそうなっただけ。そこに愛も、情も、幸せも、居場所も、安らぎもなにもない。王妃教育が厳しくて弱音を表せば、誰かが公爵に報告して彼女が叱られる。そこで自分の感情を殺し、公爵家のため、この国のために役立つならそれでいいと笑顔を浮かべて公爵を満足させる。「それでこそ、公爵家の娘だ」・・・と。そこにアイリスはいない。彼女の感情は元々考慮にすら入ってないのかというほど対応が酷い。
その対応は、アイリスが生まれたときからだった。公爵と前公爵夫人は政略結婚で、お互い干渉すらしなかった。夫婦仲が冷え切った家庭に生まれた女の子。最初は親の愛情を受けようと、必死になっていたが彼女はそれを信じ切れるほど子供ではなかった。そう、聡明な彼女は気付いた。誰一人、自分を見てくれる者はいないのだと。母親は精神が不安定になっていき、父親は無関心。娘が声をかけても見向きすらしない。そんな風に蔑ろにされていく彼女を、使用人達で守ろうとしていた。しかし、公爵はそれが気に食わなかったのだろう。彼女に優しくした使用人を解雇し、新しく入れた使用人達は皆プライドが軒並み高く、公爵が無視する子供と認識した途端態度を豹変させた。子供にはあまりにも酷すぎる仕打ちだった。少し躓いただけで髪を掴んで怒られ、熱を出せば放置。それは、後妻とその娘が来てからさらに悪化した。俺は、彼女が10歳のときから仕えている。当時、馬鹿だった俺は彼女が幸せで羨ましいとすら思った。でも、間違いだった。苛烈を極める王妃教育、褒められることすらない淑女教育、虐めてくる使用人達に義理の母。自分の婚約者と愛し合う仲になった義妹。弱くなれば叱る、血のつながっているはずの父親。冷めた目で見てくる元婚約者。彼女の逃げ場なんてどこにもなかった。
学園に行けば変わるかもしれない、誰か親しい友ができるかもしれない。そう、願っていた。だけど、それすら叶わなかった。彼女の隣の席になった女子生徒が嫌がらせをしてきた。犯罪並みのこともあった。乱暴な男に偶然を装って遭遇させて襲わせようとしたときは、本当に焦った。
彼女とここを出よう。そう、思ったのは必然のこと。
二人で手をつないで隣国へ辿り着くほんの少し前。公爵家の追っ手に捕まった。
戻ってきた彼女を待っていたのは、さらなる仕打ち。彼女の心が壊れるのは当然のことだった。
ああ、今彼女は元気でいるだろうか。生きててくれさえすればいい、それだけでも十分だ。
最愛の人を救うため、俺はもう一度あの屋敷へ行く。
誤字脱字報告、ありがとうございます。