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拝啓家族へ。  作者: 生田りょう
上書き
1/3

 八月。セミの鳴き声がうるさい季節。そして日本が一番暑くなる時期。セミのように短命だったら、僕は何をするだろうか。鳥のように自由に羽ばたけるわけでもないし、泳げる能力も持ち合わせていない。自由がなく、泳げない……なんだか自分との共通点があって、おかしくなった。

 夏の暑さを誤魔化すように、ビルの日陰に逃げ込んで涼む。去年より太陽の光がきついような気がする、という事を毎年思っている。という事は、年々暑くなっているという事で五年後十年後はもう地上を歩けないんじゃないかと考えながらお茶を喉に流す。

 汗が首から伝って、背中に落ちた。タンクトップはびしゃびしゃだ。制服のシャツは半袖といえど、この炎天下ではほぼ意味がない。

「やっちゃったな」

 タンクトップを濡らしたからではない。僕がこんなにも汗をかいているのは、この死にそうなくらいの暑さのせいでもあるがまた別の理由がある。

 スマホのバイブが鳴り、画面を確認する。メッセージがきていた。

『今日休み?』

 友達からだった。この文は、僕の心配なのか自分の心配なのかどっちを意味しているんだろ。そういえば、ノートの提出が今日だった。昨日、ノート写す契約したんだっけ。

 僕は高校二年にして初めて学校をサボった。というか、学校というのを初めてサボった。小学校も中学校も九年間、無遅刻無欠席の花丸皆勤賞だった僕が自分の意思で違う駅で降りて行くのをやめた。

 体調不良でも熱でもない。ずる休みってやつ。

「暑い……どこか入ろ」

 体の暑さとは対照的に僕の心は清々しかった。ずる休みという経験は、周りの同級生はもっと早くに済ませているだろう。しかも、何回も。でも僕はたった一回のずる休みに高揚している。

 学校が嫌いとか、いじめを受けてるとか、そんな事は全くない。死ぬまで決められている道から外れて、道草を食っている今の状況が嬉しいのだ。

 僕の家族は頭が良い。両親は有名大学の教授で、兄は大学院に通っている。そんな親から生まれ、兄を持つ僕は賢い人間になるように、塾という檻に閉じ込められた。

 多くの男子学生は、家に帰るとご飯を食べてゲームをしたり漫画を読んだりして好きな時間を過ごすはずだ。もちろん僕にはそんな時間はなくて、相棒はペンだった。誕生日プレゼントも文具。今思うとお財布に優しい。

 そのお陰で、小学校の頃から常に成績はトップで周りに敵なしの無双状態。低学年の頃は、周りが褒めてくれるし親も喜ぶから純粋に頑張れていた。だが高学年になった頃、自分が置かれている状況に気づき少し絶望したのを覚えている。

 友達がゲームをしたり、サッカーをしたり、いわゆる「子どもらしい遊び」をしている時に僕は檻に入れられて、合法的に拘束されていた。僕は遊びを知らないまま九年間を過ごしていたのだ。

 塾、勉強、塾、勉強、塾、勉強、塾、勉強……ひたすらその繰り返しだった。何のためにこの問題を解き、ペンを動かすのか。それを考えるのは最初の方にもうやめた。

 小学生で中学受験。中学生で高校受験。勉強する事が「めんどくさい」とかそんな事は不思議と思わなかった。習慣になれば人間は継続出来る。手を洗う、歯を磨く、風呂に入る……勉強はその延長線上。それに頑張った分が赤丸として返ってくるし頼られる事も多くなる。それは僕にとっての誇りでもあった。

 そんな環境で伸びに伸びきり、高くなっていた僕の鼻が折られたのは中学生の時だった。同級生から衝撃の一言を頂いたのだ。

梓月(しづき)って、まじで便利だよな。あいつのテスト対策間違いないし、友達になって良かった』

『分かる。あいつ、利用されてるの気付いてないけどな。友達だろ?って言えば、プリントもしてくれるし』

『友達居なさそうだもんな、梓月』

 雷で頭を打たれた感覚だった。そして、その衝撃で頭の中の辞書が書き換わってしまった。

とも-だち【友達】意味:利用される関係性

 入りたかった教室には入れず、そのまま家に帰った。その時から僕は放課後に残って勉強する手法を手放した。

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