憑依
目が、醒めた。
「ん?」
ワシは死に損ねたのか!?しかし渾身の力ではらわたを抉った筈。
それ以前にあの炎の中から…?
腹を触る。「斬った、斬られた」という感触や痕跡すらない!?
それにワシはこんな痩せ腹であったか?
いずれにせよワシの生は続いておる。
現に寝具の中に…しかし妙に心地よい感触。
こは如何なることか?明智勢に囚われたと考えるが自然だが…。
ならば何故無駄に生け捕りにする。首を斬る前に晒しものにする魂胆か?
見張りの兵すらおらぬのも不自然だ。牢という感もしない。
とにかく、今は起き出さねば。
!?
段差がある?だと?
危うく転げ落ちるところであった。
こんな寝具で寝させられていたのか…。
これは確か南蛮の者どもが使っている…。
自分の寝させられていた間を見渡す。
なんだこの調度品は…
書を読む為の卓があるのはいい。しかしなんだ、そこに載ったあの薄い板を二つに折ったようなものは…。
上の面は面妖な光を…山野の風景画か?
これまた南蛮のものであろうが精緻すぎる、まるで鏡同然に写し取ったかのような…。
そしてその面の右下には南蛮の数字、確か…零六五八…。
南蛮南蛮…というより、どうも南蛮だの明国だののもの、という観念すら超えておるような…。
まして光秀にそんな嗜好はあるまい。
よもや…。
「たれか、たれか居らぬか!」
思わず叫んでしまった。
「え?泰年ィ!?」
女…しかも若い声?
ここの間に入って来た女…。(扉も妙な形だ)そもそも鍵すらかかっていなかったとは。
で、この女…全身が珍妙なる格好、極端に短い腰巻。脚は当然あらわである。
顔の化粧も妙ちくりんだ。これで美しいと思っているのであろうか。
そしてなによりこの胸…蹴鞠を四つくらい詰め込んだ大きさ。
以前、(少し他の連中より毛色の違う)妙な宣教師に見せられた肖像画の南蛮の遊女の胸より遥かに…
しかもそれを4割近くはだけている。
こやつも遊女か?
「女…名はなんと申す?明智のものか?」
「はあ?あんた大丈夫?あたしはあんたのお姉ちゃん!黒田千春!そんであんたは弟の黒田泰年!高校2年の17歳!」
「黒…田?官兵衛の親類か?いずれにせよ違う。ワシは織田三郎信長じゃ。」
あえて、朝廷より賜わりし官位を言わなかったのは何故か。ワシ自身にも判らない。
「え?いやいやいやいや笑あんたガチで頭おかしくなったんじゃないの?ゲームかアニメで徹夜したとか?」
げえむ?いやそんなことはどうでもよい。
「気が違ったと申すか?ワシは至って正気じゃ。それよりあれはなにか?」
わしは先刻の妙な板を指さす。
「何ってパソコンじゃん。てかあんたあたしより詳しいじゃん。キモいくらいに。」
「あれはあのような、鏡で写し取ったが如き絵画を眺める為のものか?」
「ただの待ち受け画面じゃんあれ。てかいろいろできるよ。仕事もメールも…あとネット。
まああんたは主にゲームか動画ばっかりだろうけど。」
「どう…が…?もしやあの精緻な絵が動く様すら見られるとな?」
「そんな当たり前のこと聞いて…ああもうめんどくせえ!さっさとあたしの作ったご飯食べて学校行けって!」
「待て、今少し問いに応えよ!」
先刻からワシが抱いたひとつの考え、それが内奥にて固まりつつあった。
「今は天正何年じゃ?」
「天正?なにそれ?いまは令和12年だけど?だからそれより…」
!!!
元号が替わっている…。しかも十二年前に!?帝がいつの間にか譲位したとか、もはやそうした段階の話ではない。やはり…
どうする、この女にも判る暦を…そうか、南蛮の。
「ホラ早く!あたしも今日デートなんだから!」
「あと一つだけじゃ、ワシは千五百…そうおおよそ八十年頃を生きておるつもりであった。
今は何年じゃ?」
「ああ西暦ってこと?だったら2030年だけど?あーくそ付き合いきれねえ!」
「・・・・・・・・・!!!!!」
なんたること。
輪廻転生なぞ信じなかったが、実際ワシは450年後の世に放り込まれ、しかも全く関りの無い青年?の肉体に憑依してしまったのだ…。