20バレンタイン短編:お菓子作り
バレンタイン用番外編ですので本編とは異なります。その点ご注意ください。
『晴気君、私チョコ作ってみたい』
『寝言は寝てから言ってくれ」
2月のある夜、夜黒さんからこんなメッセージが送られてきた。
ただでさえ普通の料理すら怪しい夜黒さんに、お菓子作りなんてできるわけがない。どうせチョコの湯煎すらまともにできないだろう。
『カカオ豆買ってみたの、一緒に作ろ』
さらなる追い打ちに頭がくらくらしてきた。それなら市販の板チョコの湯煎が楽だった。なんならカカオ豆なんてどこで仕入れてきたのか気になってしょうがない。
『チョコづくりは手伝うから、頼むから板チョコの湯煎にしよう』
『なんでそんなこと言うのー』
『一回でいいから実行する前に行程を調べろ。そして無謀なことをする前に調べる癖をつけてくれ』
『はーい』
夜黒さんの返信から数分後、カカオ豆から作るのは諦めたという旨のメッセージが来た。カカオ豆からチョコを作ろうとすると半日以上かかる地獄の耐久レースが始まってしまう。昔テレビで見たことがあるが正気じゃなかった。あれをやるのはよっぽどの物好きに違いない。俺には無理だ。普通のテンションじゃ。
なんやかんやでチョコづくりを手伝うことにしてしまったが、まぁ何とかなるだろう。
そう思っていた時期が俺にもあった。蓋を開けてみるとそこには地獄が広がっていた。
週末の土曜日、俺は夜黒さんの家に向かった。家に材料はあるから買ってこなくていいよと言われたが、何があるか聞いてみると材料はまだよかった。最悪チョコがあれば何とかなりはする。砂糖がないなんてことはないだろうから甘さも何とかなる。問題はここからだった。なんと固める用の型がないと言う。それはそうといった感じだが、型すらないのになぜお菓子作りをしようというのだ。頼むから型くらいは用意しておいてくれ……。そもそも料理をまともにやらない人の家に十分な器具があるとは思えないが……。
これが準備段階の話。
ここからが調理の話になる。調理の話になるのだが。俺が家に着いた頃にはもう勝手に始めていた。
「何勝手に始めてんだよ、せめて来るまで待っててくれ」
「いやー。レシピ見てたら簡単そうだったからやってみたくなっちゃって? カカオ豆からやるより数百倍簡単だよ?」
「頼むから勝手なことしないでくれ……。で? どこまでやったの? 」
「チョコの湯煎? まで。なんか白いのがぽろぽろできてきたよ」
「いや、それ失敗してるやつっ」
なんとなく分かっていた。こうなるのは分かっていた。そしてしっかり湯煎すらできなかった。湯煎は程よい温度でそこそこの時間をかけなくてはならないので当然ずぼらな夜黒さんにはできない。
「とりあえずチョコと型は買ってきたから、もう一回最初からやろう。今度は上手くやろうな」
「はーい……」
夜黒さんは不服そうな顔をしながらチョコの入ったボウルを眺めている。どうやら俺はこの悲しそうな顔に弱いらしい。はぁ、そのチョコを使って別のお菓子でも作ってみるか……。一応万能粉であるホットケーキミックスも買ってきたし。お菓子作りはこいつがあれば困らないはず。
「それ使って別のやつつくるからさ。固まんないようにしといて」
「えっ、ほんとっ! ありがとうっ」
「チョコこぼれるって」
両手を上げて喜ぶ夜黒さん、今にもチョコの入ったボウルを落としそうだった。
俺は慌ててボウルを取ろうとする。そのとき夜黒さんがバランスを崩してしまい、こちらに倒れてくる。幸いにも夜黒さんが小柄なことと、俺が鍛えていることもあり二人で倒れることはなかった。ただ体は密着してしまうわけで。
「……。チョコが冷めちゃうからさ。続きやろうぜ。な」
「あ、うん。そうだね」
夜黒さんにチョコが固まらないように温めてもらっている間に、こっちは適当にクッキー用の生地を作る。粉と卵を混ぜ合わせる。水分が少なくてやや硬めな気がするがこれをチョコを入れるので大丈夫だろう。
「はい、夜黒さん。これ混ぜて」
「はいはーい」
嬉々として夜黒さんは生地を受け取る。
「少しずつ入れて混ぜてくれよ。頼むから」
「わかりました先生っ」
俺の方はお湯が冷めないように適度にお湯を足してサポートに徹する。こういう裏方の作業はお手のものだ。
生地を全部入れ終わると、今度はオーブンに入れて焼く。オーブンと言ってもオーブン機能付きのレンジだが。
生地を買ってきた型でくりぬき、シートの上に並べる。生地を並べべ終わったシートを、予熱で設定した温度になっているオーブンに放り込む。
これで焼きあがるまで待てば完成だ。
「ふぅ。後は焼きあがるまで待てばいいんだね。楽しみ」
「ところでなんで湯煎で失敗してたの」
「チョコ砕くのがめんどくさくってさ……。そのまま砕かないで温めてたの……。したら全然溶けなくってさー、時間がかかりそうでいやだったから、熱くすればすぐ溶けるかなーなんて……」
「サボりぐせをここで出さないでくれ。まぁ完全に分離する前でよかったよ」
「ちょうど良いタイミングで来てくれたよね。晴気君ってやっぱり神様か何かかな」
「別にそんな大それたものじゃ。チョコは何使ってたの」
「カカオの濃ゆいやつ。甘くしたかったら砂糖入れればいいかなって」
「ん?砂糖追加で入れた? 」
「いや? 全然」
「てことはホットケーキミックスの甘さだけになるのか。まぁいいか」
「え、うそ。あのクッキー甘くないの」
「そうなるな」
「うえぇ……甘いのが良かった」
「あはは。しっかり確認しないからそうなる。今度は気をつけな」
「はーい」
クッキーが焼きあがるまでの時間は、調理道具の片づけをしてからリビングで適当に時間を潰す。
徐々にクッキーのいい香りが漂い始める。
夜黒さんは楽しそうにオーブンの前に張り付いて焼き上がりを待っている。
チーン
オーブンが焼き上がりを告げる音を鳴らす。夜黒さんはすぐさまオーブンの扉を開ける。漏れ出してきていただけの香りではなく、直接クッキーの香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
「はい、そのまま触るとやけどするから。離れてて」
「えー、別にやけどくらいすぐ治るからいいし」
「見てるこっちが痛いからやめてくれ」
「ぶー」
文句を垂れる夜黒さんにお皿を用意するように言い、クッキーを移す。焼きあがったばかりのクッキーは湯気を上げている。
アツアツの状態で食べようとした夜黒さんは、クッキーを手に取ろうとしたが、熱すぎてすぐに手を放す。
「あっつぅ」
「食べれるようにまで待てって」
夜黒さんは数秒ごとに手を伸ばしては、やっぱり熱くてひっこめるを繰り返す。そんな様を見ながら俺はお茶を用意する。
ようやく食べれる程度の温度になったクッキーを夜黒さんは口にほおばる。
「ちょっと苦いけどおいしいっ」
「たしかにそこまで甘みは強くないな。うまいから良いけど」
「ねー」
クッキーをつまみながら談笑を交わす。俺はふと気になったことを尋ねる。
「なんでバレンタインにチョコ作ろうと思ったんだ? 絶対めんどくさいだろうに」
「えっと……、笑わない? 」
「場合によっちゃ笑うな」
「うわ、言いづらくする。折角の機会だから晴気君に感謝の意を込めて渡せたらなーって思って。結局ほとんど作ってもらっちゃったけどさ」
夜黒さんは俯きながら言う。俺も小恥ずかしくなり茶化しながら返す。
「あはは。わざわざいいのに」
茶化しながらクッキーの続きをつまむ。
別にクッキーの味は変わらないはずだが、少しだけ、さっきより甘く感じた。
「あっ、じゃあ嘘々。期末テストに向けての賄賂だから。勘違いしないでねっ」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
「そういうわけだから。これからもよろしくね」
夜黒さんは笑顔でそう言った。
いつか書きたかったシリーズ1 苦いものを甘く感じる話
ちなみにレシピはとっても適当なので作れるかすらわからない