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勇者達の翌朝(新書)・1〜旅立ち編〜  作者: L・ラズライト
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「忘れえぬ人」・3

新書「忘れえぬ人」3


弓隊からは、囮役として、ミルファを含む、女性を何人か借りた。

「グラナドも、囮のほうが、いいいんじゃないかな?」

とミルファが言った。グラナドは最初は抗議したが、

「魔法は武器を構えなくても出せるでしょ。人質に混じって、ノーマークな所から、不意討ちしたら効果、大きいんじゃない?」

に、しぶしぶ承知した。

ミルファまでも、ナチュラルに「グラナド」と呼ぶのが不思議だったが、

「これ、父様がつけたんだ。王大后…お祖母様が、ちょうどこんな髪の色で、『グラナ』と呼ばれてたそうだから。…そう呼ぶのは身内と親しい者だけだったけど。アリョンシャ達まで、そう呼ぶようになったのは、『最近』だけどな。」

そういえば、ディニイは、兄妹で、天然の金髪は兄だけ、と言っていた。ディニイは神官のため、魔法結晶を体内に入れたので、その影響で、金髪碧眼になっていたが、妹のバーガンディナ姫は黒っぽい髪、イスタサラビナ姫は、頻繁に髪の色を変えていて、ストロベリーブロンドやアッシュブロンドが好みだったようだが、確か元は明るい栗毛という話だ。

グラナドの髪はヴェンロイドの緋色ではなく、柘榴のような黒赤毛だ。あえて母方の血統に目を向けさせる愛称を着けたのだと思うが、なんとなくルーミらしいというか、反対にらしくないというか。

しかし、ミルファと知り合いだったとは。一見、手間が省けたように見えるが、馴れすぎて恋愛対象にならない可能性も出てくる。ラールとルーミを何とかしようと、守護者として、四苦八苦していた日々を思い出した。

ミルファは顔は、キーリとラールに半分ずつ似ている。色白で髪が真っ黒な所はラール似だ。目と魔法属性はキーリ譲りだ。性格はややラール似のようだ。彼女は年下は恋愛対象外だった。グラナドがミルファより年下なのは、母に好みが似ていれば、不安要素だ。

グラナドにマントを被せるミルファを見る。細かい言い合いを続けていたが、仲が悪そうには見えない。

俺はさっきのラッシルの騎士の服に、チブアビ団から「借りた」毛皮の帽子をかぶり直した。マフラーを巻いて、顔を半分隠す。

ミルファは、毛皮のヘアバンドを外し、紐で髪を纏め直した。癖のない、真っ直ぐな髪。最近は短くして、もとの髪の色より明るく色を変えるのが、少女達の流行りだという話だが、ミルファは髪の色はそのまま、長さは肩の辺りで切り揃えていた。

ハバンロが質問すると、ヘアバンドは皇都で最近、流行りだしたアイテムなので、都会的な物を警戒されないためだ、と答えが来た。短めの髪の流行に合わせて広まったものらしい。

列車を襲い、金持ちの女を身代金目当でさらってきた、という話にするので、上流風に見せかけるなら、最近の流行り物はいれない方がいい、と言っていた。

しかし、よく考えてみれば、皇帝の血筋ということを差し引いても、ミルファは上流の出だ。紐で纏めるにはやや短い髪に四苦八苦するする姿を見ていると、なんだか妙にほほえましい。

そうしてチブアビ団に化けたのは俺と、イーリャの部下の比較的長身のラッシルの少年が二人。人質にはカッシー、グラナド、ミルファをはじめとして、七、八人の女性。ハバンロはイーリャ達と第2部隊に加わった。

本拠地に着くと、見張りがいなかったので、町の中心部にまですんなり入れた。封鎖中と聞いていたが、表を歩いている制服はいなかった。とはいえ、一般市民も外には出ていない。町中の雪は、綺麗に除かれていた。

大勢引き連れた俺は目立ち、直ぐにチブアビ団に囲まれた。

「列車を襲った三人から聞いてきたが、身代金を取れそうなのを連れてきたら、チブアビ団に入れてくれると言われた。服は彼等から借りた。」

と、俺は作り話しをした。最初は、あの三人のふりをしようと思っていたし、場合によってはそう言おうとしたが、こちらの方が確かに無理がない。

一味の下っ端は、あわてて教会の建物の中に、上を呼びに行った。

背後で人質役の女性が一人、なんだか考えていたのと勝手が違うね、と囁きあっていた。

上の者らしき男が、奥から出てきた。ラッシル人のわりに、色黒な男だ。背は普通だ。

「副官のザパンだ。…食料に余裕がないから、困るんだが…。」

と言って、俺をみながら、「物好きだな。」と呟いた。

他の団員が、

「でも、人質がいれば身代金が入るし、雪が溶けたら…」

「だが、その金が入るまでが…」

「雪が溶けたら、正規軍がくるんじゃないか。」

と口々に喋り出す。

「とりあえず、ボスに言おう。金を稼いでこいとカルブフ達に言いつけたのは、ボスなんだから。」

ザパンはボスに丸投げするようだ。

教会ではなく、宿屋の方に連れていかれる。さすがに人質役達は入り口で止められた。

一階の大きな食堂の所に、大声を出している、若い女性がいた。女性は、制服に食ってかかっている。

制服の男性は、女性の剣幕にやや負けぎみだった。

「いや、そりゃ、あんたのいう通りだよ、ジェーニャ。解るが、あるものでなんとかして貰わん事には。」

「列車を襲わせるくらいなら、大きな町で、薬を調達してくるくらい、できるでしょ。」

彼等の他は、ラッシル系の10歳くらいの女の子を連れた若い夫婦、コーデラ系の剣士らしき男性が一人、東方系の初老の夫婦、後はラッシル系の、壮年女性が一人いた。最後の彼女は、椅子にぐったりした五歳くらいの男の子に寄り添っている。医者らしい老人がその子のそばにいた。彼は俺たちを振り返り、俺の顔を見て、

「貴方は!」

と驚いた。

言い合いしていた女性ジェーニャと制服も、俺を見た。老いた医師は、

「失礼。知り合いに似ていたので。」

と早口で言った。制服は俺を疑ったが、宿屋の客の一人が、皇都の美術館で見た、ホプラス・ネレディウスの絵に似てる、と言ったので、制服は、こんな顔だったけ、と言いはしたが、納得はしたようだ。

ミルファの親戚、医者の家族。そう言うことか。ホプラスの母方の祖父と、従姉妹か、その子供か。祖父はかなり高齢になっているはずだが、それ相当の年には見えない。現役で医者をしているせいだろうか。

俺は自分の「用件」を伝えた。この制服がボスだと思ったからだが、

「俺はウゴリ。ボスは今、墓地の祠にいる。いつ戻るかはわからん。」

と言われた。

背後で、少年二人のささやきが聞こえる。

「ここにいないんじゃ、逃げられるかも。」

「でも、人質は押さえられるし、主力メンバーも。」

打合せ通りなら、俺たちでボスと主力を押さえ、イーリャの第2部隊が周囲を囲むはずだった。

「墓地?俺達は教会から来たが、いなかったぜ。」

とザパンが答えた。ジェーニャがそれに対して、

「遺跡の方よ。」

と説明補助した。ザパンがそれを聞いて、小声で、

「またか。あんなとこ、何があるっていうんだか。」

と呟いた。少年の一人が、真面目に、

「古い土葬用の墓地だよ。ホロビ人の移動時代のもので、エカテリン改革やデラコーデリア派は愚か、アルコーデリア派より前の物だから、今は使われてないはずだよ。ここらじゃ、気候のせいで、冬に埋葬したら、死体が腐らない事があるから、火葬が主になってるし。」

と答えた。ジェーニャが、

「あら、詳しいのね。」

と驚いていた。俺は古い遺跡の話は、グラナドがちらっと話していたのを聞いたが、遺跡はどこにでもあるものだから、気にしなかった。腐敗しない死体の話は初めてだ。

宗教的にどうであれ、魔法属性が土だから土葬、火だから火葬、と希望する者もいる。コーデラ人よりはラッシル人のほうが、火葬を希望する者が多かった。だから土葬墓地は使われなくなったのだろう。

「あなた方、薬は持ってないかしら。息子が持病の咳の発作で。手持ちも町のストックも切れてるの。」

ぐったりした子供の母親らしき女性が、訪ねてきた。残念だが、ない、と答えるしかなかった。

「水の回復魔法を使える人はいないか?咳の発作なら、一時的にも水が一番、抑えが楽と言うよ。」

若夫婦の夫が口を出した。その妻の横にいた少女が、聞いてきてあげる、と生き生き飛び出しそうになったが、俺が使える、と同時に発言したため、軽く睨まれた。

問題の子供は、今は発作は起こしていなかった。俺はジェーニャのいう通りに、水魔法をかけてみた。外傷がないならあまり効かないはずだが、炎症や痛みは押さえられる。

「暫くはいいが、属性魔法で押さえるのは限界がある。」

老医師は抑揚のない声で言った。母親が落胆する。

リュイセント伯の問題より、こっちが深刻だ。ボスを直接捕まえるのがよいと考えての作戦だが、町を先に解放してしまえば、ボスも自動的に降伏するのでは。

第2部隊は、俺たちがボス戦を始めた時、グラナドが合図に上げる火魔法をきっかけに、なだれて来る予定だ。ただし、一定以上時間が経てば、次の作戦を遂行する。

表が騒がしくなった。

ザパンが慌てて出る。

ハバンロがすごい剣幕で、「連れていった幼い息子を出せ。」とわめいている。第2作戦だ。

俺は、

「残念だが、女しか連れてきていない。」

と言った。人質全員に顔を出させる。ジェーニャがミルファを見て、眉を上げ、俺を見たが、直ぐに表情を控え、気づかないふりをした。

「とぼけるな!」

「とぼけてないよ。いないだろ。息子は。」

「下っ端とは話にならん!ボスを出せ!」

「ボスは遺跡に…どうする?」

俺はさりげなくジェーニャを見てから、ザパンを見た。彼が口を利く前に、ジェーニャが「案内する」と言った。ザパンは反対したが、ジェーニャは、

「この人、魔法使えないみたいだし、害はないでしょ。私も薬の話があるし。…水魔法のあんた、一緒に来て。新人なら邪魔しても言い訳できるでしょ。」

と、俺を指名した。

俺は、「念のため」と適当な事を言い、グラナドを連れ出した。ミルファが大袈裟にグラナドに抱きつき、「小間使いと離れるのが嫌」とポーズをとった。グラナドは女性のふりをしていることもあり、声は出さないようにしていた。カッシーが、

「お嬢様、直ぐですから。あなたが行くわけにいかないでしょう。…それに、この人、盗賊にしては、さっきの連中にくらべ、はるかに紳士的で、親切ですわよ。」

と調子を合わせる。

少年兵士二人に後を任せる、残りの人質に、逃げるなよ、と言い、俺達はボスの所に向かった。

俺達には、一応ウゴリがついてきたので、正直な自己紹介等は出来なかったが、ジェーニャは、今の状況に対する愚痴をこぼしながら、さりげなく情報をくれた。

列車で三人組から聞き出した内容はおおむね正しかったが、ボスが町の封鎖にこだわる理由は、今ではスパイよりは、遺跡で何かを見つけたからだった。

昔はこの町には、民俗学の研究者が数年だけ住んでいて、「腐らない死体」「蘇る死者」の民話や伝承の研究をしていた。チブアビは今はコソドロだが、その学者について勉強していた事があり、一応、学はあった。皇都の学校に行ったこともあるが、父親が事故で死亡、母親は

浪費家で、二年もたたないうちに、そこそこあった遺産を全てなくして破産、一家は町を出た。だがしばらくして、一人で戻ってきた。その時には、コソドロになっていた。

もともと静かなだけの田舎町が、保養地として注目され始めたと同時に、にわかに開け、秩序が乱れ始めたころだった。

「遺跡は専門の先生が研究しつくした所で、今さら、何の発見でもないんだけど。」

しかし、旧い遺跡や城に、いきなり隠し部屋が発見された、というパターンは、意外にある。

「その先生が流行作家に協力して小説を出した時、出版する前に先生が死んで、遺族に約束したお金を全額はらわなかった、とかで裁判になったらしいわ。モデルになった遺跡が論文からは特定出来ずに、どれも構造が違うから、作家のオリジナリティが認められて遺族が負けたって話よ。仮に隠し部屋みたいのが見つかって、小説の方の構造に一致したとしても、今さら、だと思うんだけど。」

俺は重ねて、構造の違いを尋ね、ジェーニャは説明しながら、「敵地」の構造を教えてくれた。

ジェーニャが小説の名前「ブルーカの子孫」を言った時、ルーミが熱心に読んでた事を思い出した。遺跡の奥で古い冠を見つけた主人公が、冠に取り付いていた「英雄」(実は「吸血鬼」で、ブルーカという)の力を得て、不死身になり、圧政と戦う話だった。シリーズ物だったが、六巻を過ぎる頃には飽きていた。「ヒットしたせいで路線変更したからつまらなくなった」と言っていた。

俺も一冊は読んだが、一応レジスタンスのはずの主人公が、古代人の帝国実現計画を、力と引き換えに、あっさり受け入れてしまう所が、そもそも無理だった。

遺跡の入り口が見えてきた時だ。グラナドが、俺のコートを引っ張り、足を止めた。俺は、グラナドが足をぶつけたように言い、ジェーニャの足を止めさせた。ウゴリは、たいした警戒心もなく、

「それなら、先にボスに話してくるから、ここで待ってろ。一人でいる所に、いきなり知らん奴が入ったら、機嫌が悪くなるかもしれん。」

と、中に声をかけて、入って行った。

ジェーニャは近づいてきて、俺達に、

「ミルファの仲間ね。」

と言った。グラナドが手早く頷き、

「俺は土と火、こいつは元騎士で、魔法剣と水が使える。そっちの一見オヤジは、気功術だ。貴女は風だね。これだけそろったなら、畳み掛けて、一気に捕まえよう。」

と言った。ジェーニャが、私は攻撃はウィンドカッターくらいしか、と言った、その時だった。

先に入ったウゴリが、叫びながら出てきた。

「死体が、ボスが。」

ジェーニャはどうしたのか、とウゴリに尋ね、落ち着かせにかかった。だが俺達三人は、攻撃の構えを取った。

蘇生を司る土のエレメントは、死体を動かし、無生物を活性化させる事がある。昔の究極の複合体戦で経験がある。

腐敗しない死体の話を聞いたばかりだったから、そういうのがわらわら出てくるのを警戒してしまったが、古代の墓地にあるのは、せいぜい骨の一部か、盗掘対象にならなかったガラクタ程度だ。大きな人形や鎧の副葬品でもあれば、動きが人間に似るぶん、やっかいだが、年代を考えると、それはない。また、そこまで、強烈な土のエレメントも感じない。

しかし、墓から飛び出てきた、それは、強烈な物だった。

白すぎる顔に、口が真っ赤だ。目は焦点があわない。蘇る死体、一瞬、小説のブルーカ、架空の吸血鬼と重なる。しかし、鮮血は胸を怪我した時に、生命と共に吐き出した物だった。

ハバンロが気功の構えをとったが、いち早くグラナドが火魔法で退治した。

「いきなり焼かなくても。」

とジェーニャが言ったが、グラナドは、

「もう死んでる。死体に何か力がついて、動いていただけだ。胸の傷、というか穴、見ただろ。それより…」

と、町のほうを指した。

「見えたかどうか判らんが、入り口から、こいつと同時に飛び出した物のほうが、危ない。」


ウゴリは軽傷だが怪我をしていたので、ジェーニャにまかせ、俺とグラナド、ハバンロは、急いで町に戻った。

すでにイーリャの隊は到着し、ミルファ、カッシーは応戦していた。

暴れている「物」の中に、人間はいなかった。そうかと言って、動物でもなかった。作りかけの彫刻みたいな、大きい人形、肉屋の屋台に吊るした、羊か何かのトルソ。動きは素早くはないが、弾や矢の攻撃は、計算したように、よく避けていた。

ミルファとカッシーは二人組で、一人が攻撃を避けさせ、もう一人が反対側から当てる、という作戦をとっていた。しかし、倒しても倒しても切りがない。

一体を倒すと、別の物が動き出す場合があり、一定数以上にはならないが、なかなか減らない。

俺たちが来たので、範囲攻撃の手数は増えた。グラナドは火魔法、ハバンロは気功、俺は魔法剣で、数を減らす方向で攻撃した。

イーリャは、俺たちが攻撃している間に、飛び道具の効果の大きい範囲まで部下を下がらせ、最後に一斉射撃で攻撃し、なんとか終了した。

ミルファが、

「これが複合体というやつなの?」

と言ったが、グラナドは、

「いや、違うな。結果として土のエレメントを活性化させているが、ベースに別の物があって、それが利用しやすいエレメントを使っている。その別の物とは…一度、死んだものだ。」

と解説する。

「暗魔法が混ざっている。ということは、魔導師が影にいるな。操っている者がいる。」

グラナドは周囲を見渡した。俺も見渡したが、今、暴れていた者は全て静かになっている。

ジェーニャがウゴリを連れてもどってきた。ザパンは怪我をして、イーリャの部下に治療を受けていた。ウゴリはザパンの元に急いだ。

グラナドは、二人に、

「お前達の中に、上級の魔法使いはいるのか。コーデラの魔法院にいた、とか。皇都で学んだ、とか。専門知識のある奴は?属性は問わない。理論だけでもいい。とにかく魔法に強い詳しい奴だ。死んだチブアビは除いて。」

と尋ねた。ザパンは少しびくりとしたが、

「ボスも含めて俺達は、魔法はからっきしだ。だからジェーニャに協力させていた。…宿の客で確か…」

と、宿を示した所に、新手が飛び出てきた。

これは明らかに人間だ。だが、意識がない。なのに、動いている。

子供の姿をしている。頭は意識がないからか、ガクンと前後に動作し、顔が分かりにくい。

ハバンロが気功を当てようとしたが、グラナドが止めた。

「この子は、生きてる。全力は不味い。意識がなくなったか、薬か魔法で深く眠ってたから、入り込まれただけだ。」

「それでは、腹か胸に当て、動きを止めて拘束しよう。その上で意識を戻せば、なんとかなろう。」

そう言って、ハバンロは弱い気功を、ミルファは銃で足元を狙い、まず動きを止めようとした。

「打たないで!」

宿から女性が駆け出し、子供と俺たちの間に入った。さっき、発作を起こしていた子供と、その母親だ。

「動きを止めるだけだ。危ないから、そこを退いて。」

と言ったが、当然、無駄だ。しかし、子供は両手で、母親の胴を締め上げ始めた。元が幼い子供の力とはいえ、強化されている。腕にまとった土のエレメントが、急に複合体並みの強さを出し始めた。

しかしこのため、足は止まったので、ミルファが、風の魔法矢を放った。彼女は「避けられた」と言ったが、掠めた攻撃に子供の腕は怯み、母親を放した。母親は、気絶したようだ。

土属性の効果だと思うが、こちらの命中率を下げるのか、探知魔法の逆を行って、的を誤認識させるのか。

ミルファは、今度は命中率重視で、土の矢を撃った。腕に当たることは当たったが、表面で弾かれた。

「火魔法は不味いわね。誰か、風の上の魔法は、使えないの?」

カッシーが俺に尋ねたが、返事は待たずに、ベタだが、何か大きな音か火花で、目覚めさせて意識を戻せないかしら、と言った。

その時だった。

どこからか、風魔法の気流が飛んできた。最初は縄のように、次に雲のように、緩やかに子供を包む。土のエレメントが、急速に弱まる。

グラナドだった。風は使えないはずだが、これは間違いなく、風の技だ。

「説明は後だ。今は…」

と子供を指し示した。

子供はまだ動いていたが、主な攻撃手段を奪われたせいか、膝を折る。

ハバンロがすかさず飛んで行き、気功で活を入れ、目覚めさせる。子供は咳き込んだが、咳と同時に、色の濃い霧の塊が飛び出した。それらは、一度出た物の、再び子供の体を狙い、入り込もうとする。しかし、子供の意識があるせいか、うまく入れず、周囲に余りが溜まっていく。元々呼吸器の弱い子供は、意識がない時より苦しそうだ。

「やっぱり暗魔法だ。まずい、神官でないと、完全には…」

とグラナドが言った時の事だ。

気流は急に方向を変え、弧を描いて素早く、俺達の後方に飛んで行った。

長身の男性が、右手に、暗魔法の気を集めている。濃い霧は、彼が右手に持つ、鏡のような物に、吸い込まれて消えて行った。彼は、俺達を見た。俺も彼を見た。

「君、ファイス?!」

思わず大声を上げる。彼は落ち着いていた。

「まさかここで会えるとは、殿下。」

そう言ったのはユリアヌスだった。驚いている。コロル、ケロルの二人もいる。さらに、町では見掛けなかった、ラッシル人の少年がいる。魔導師風の服を着ている。

コロルは

「生きておいでとは。再びお目にかかれる日がくるとは、思いませんでした。」

と、皮肉に言った。ケロルは、武器を構え直した。

俺は魔法剣を構えた。近くにいるのは俺とグラナド、残りの仲間は子供の側に、俺達から離れていた。

相手の実力が不明だが、コロルとケロルは、魔法剣の構えに怯んだ。それからすると、あまり強くなさそうだ。ユリアヌスは、意外そうな顔をした物の、さっさと水と土の盾を出した。強いかどうかはわからないが、護衛の二人より、慣れているようだ。

俺は魔法のみで戦うグラナドを、庇うように前に出た。一触即発の空気。

「帰るぞ。」

とファイスが、唐突に言った。俺は「え?!」と言ったが、コロルも「はあ?!」と言った。

「目的は果たした。任務終了。だから、帰るぞ。」

ファイスはもう一度言った。

「お前、この状況で帰るだと!」

「協調性のない奴だな!空気読め!」

コロル兄弟は口々にファイスを避難したが、彼の、

「お前たちの間に何があったか、知らんが、今、ここで、戦わなくちゃならん理由があるか?」

のもっともな言葉に、気勢を削がれた。少し落ち着いたユリアヌスが、

「ふん、確かに全属性使える魔導師と、騎士まで加わったら、わからんしな。戦う理由も、別に今の所は無いことだし。」

といい、引き始めた。

そこに、火魔法が飛んできた。グラナドではない。カッシーだ。彼女は、夫、ファイスを狙った。

「厄介なのに見つかった。」

「待ちなさいよ!」

ファイスは、少年の魔導師を促し、転送魔法で一同共に脱出しようとしたが、カッシーが、コロル兄弟を突き飛ばして、自分が転送魔法の中に入ろうとしたため、ファイスと少年、ユリアヌスは転送されたが、兄弟は残された。

カッシーは、ケロルを締め上げ、

「どこに言ったの?!」

と言った。

「カレニン、カレニンに戻るはずだ。魔法使いを借りたのはあそこの役所だから。」

とケロルが答えてしまい、兄に「言う奴があるか。」

と怒られていた。

カッシーは、俺たちに、

「悪いけど、あたしは彼を追うわ。短い間だったけど…。また縁があったら、会いましょう。」

と、にこやかだが短く言い、角馬に乗り、風のように去って行った。俺は辛うじて「元気で」と一言だけ言った。

「さて…。」

グラナドが、残された二人を睨みながら

「取り引きしないか。」

と言った。

「俺達はラッシルの身分のある方に、冒険者として雇われている。あの弓隊もだ。任務は、チブアビ団からの町の解放。お前達が、この事件に、いつから、どこまで絡んでたか知らないが、聞かないで置いてやる。そのかわり、ここから、すぐ、黙って立ち去れ。俺達の事は、カオストに言うな、とユリアヌスに伝えろ。」

これに、二人は、何か言いたそうだったが、あっさり角馬で出ていった。

「いいのか?彼等にああは言っても、ユリアヌスは報告すると思う。」

「俺たちも報告するから、お互い様だ。」

「え、さっきは…。」

「聞かないで置いてやる、とは言ったが、言わないで置いてやる、とは言ってない。…残ってられても面倒なだけだ。それに、さっきの風魔法使い、たぶん、カオストの名前を出して、町から借りて来たんだろ。奴らを残して、ユリアヌスが下手に戻ってきたら、『解決したのはカオスト』って事にされる。最後はあのファイスが、暗魔法を吸収して終わったからな。」

俺としては、奴らの目的や、スパイの問題に関係があるのか、とか、チブアビ団の背後に何があったのかを、追求したかったが、あの兄弟だけでは、確かに大した情報にはならないだろう。

ミルファが、俺達を呼びにきた。カッシーがいないのを不思議がっていたが、

「彼女はもともと、別の仕事で来ていて、そのため、終わったら直ぐに、カレニンに向かわないといけなくなった。」

と説明したら、一応、納得はしていた。

俺達は、子供の様子を見に、ミルファについて戻った。


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