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勇者達の翌朝(新書)・1〜旅立ち編〜  作者: L・ラズライト
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弾けた虚空・4

新書「弾けた虚空」4


盾を引っ込めて、魔法剣を構える。距離は近い。何時もなら余裕だ。だが、俺は祈っていた。これが効かなかったら。いや、効いてくれ!

願いを込め、全力で放った。


  ※ ※ ※ ※ ※


虚しさだけではなかったが。


  ※ ※ ※ ※ ※


屋敷の扉の前で、ユーノが声をかけると、中から、黒髪の男性が出てきた。曲刀を持っている。彼がシャランだった。

「夕食でソースに仕込んどいた。みな、肉料理に当たったと思ってるが、予想通り、『薬を飲んで、今夜は医師を呼ぶな』とのお達しだ。ヤーインは肉が嫌い、シントンはソースは使わんから、奴らは無事だが。

あと二人、ヤーインの部下で肉嫌いなのがいて、そいつらは無事だが、看病で疲れたから、うまく言いくるめて、早寝させたよ。」

護衛がほぼ伏せってしまったら、怪しんで『中止』にされるかもと、ヒヤヒヤした、とも言っていた。

「ナン達はさっき奥に行った。奥は探知魔法が、効きにくいようだ。出来ないわけじゃないが、急ごう。」

俺達はシャランの案内で奥に進んだ。入ってすぐの所は、コーデラの古い教会風の、ステンドグラスの大きな窓があるホールだった。祭壇のような物もあり、「儀式」なら、そこの方が適当にも思えた。だが、案内先は、敷地の奥、庭に建てられた、箱のような、石造りの別棟だった。夜目に白い壁が、他より新しく見える。ユーノとシャランが筒型のライト(魔法動力の物とは違うようだ。)で照らすが、照らせる範囲は狭い。

シャランは、鍵束を取り出したが、ハバンロが、

「私が気功で開けましょう。その方が早い。」

と、進み出た。

その時、内側から、扉が勢いよく開き、金髪の女性が二人、飛び出してきた。一人はレイーラだ。もう一人は、レイーラより明るく、赤みがかった金髪の、かなり小柄な女性だ。彼女がナンだろう。レイーラを支え、咳き込みながら、引きずるように出てきた。

レイーラは、ぐったりしていたが、僅かに意識はある。俺は彼女とナンにに、水の回復魔法をかけた。ガスの浄化は完全には出来ないが、レイーラは少し具合が良くなったようで、俺を見て、笑った。上手く喋れないようだ。ナンは顎に掠り傷があったが、直ぐなおった。

「煙を避けようとしただけなんだけど、右も左もわからなくなって。」

ナンは、レイーラは、自分をかばって、余計に煙を吸ったようだ、と付け加えた。

「煙?どういうこととだ?探知しにくい事と関係あるのか。」

と、シャランが質問した。

「私にも分からないわ。毒や麻痺ガスじゃないようだけど、やたら煙いし、吸い込んだら吐き気がする。火で払おうとしたんだけど、効きにくい。照明魔法も霞んじゃって。床に屈んでも、濃さは変わらなかったから、普通の煙とは違うわ。ヤーインとシントンがまだ中にいるけど、入り口は取り合えず塞がないと。」

「逃げられたらどうするんだ。装置、中にあるんだろ。」

「ないわよ。それらしいのは、何も。窓があったから、そこから単純に出すだけなら、裏組が…。」

「まさか、それはないだろうよ?第一、それじゃ、本来の…。」

言っている端から、障気が溢れだした。障気の癖に、妙に清々しい、真昼の藤棚のような色をしている。

シャランが慌てて閉めた。

「どうしたの?何があったの?!」

建物の裏から、カッシーが飛んできた。彼女一人だ。

「カッシーさん!」

シャランとナンが、彼女を見て同時に叫んだ。そしてすぐ、同時に「しまった。」という顔をした。

「あたしのギルドの知り合いよ。名前の発音が少し違うから、直ぐ分からなかったけど。彼は土、彼女は火よ。」

そういうことか。冒険者ギルドは、国境を越えて活動する代わりに、政治的な権力争い、内乱、国際紛争に関わる依頼は、引き受けない。王室からの依頼で、騎士団や魔法院に協力して、戦闘に参加する場合はあるが、それは複合体事件のような、世界全体が平等に標的になる場合の特例だ。今回は、犯罪捜査協力、政治色ははっきりしないから、冒険者ギルドでも、セーフとも取れる。が、恐らく、依頼の背後には、カッシーのギルドを選んだ、「黒幕」がいる。ユーノが、セートゥの情勢に妙に詳しかったわけだ。

カッシーは、

「裏の窓から、煙が急に出始めて。一緒に、シントンとかいう人が、飛び出して来たわ。彼一人だけ。医者がいたから、任せてきた。みんな、明かりは押さえて、すぐ下の、川の所に潜んでいたけど、安全な距離に退避したわ。」

と説明した。指し示す方向には、いくつかはっきり、明かりが見える。

で、いったいこっちでは、何があったの、と言いかけたが、発言はフーロンとシャランの声に飲み込まれた。

フーロンは扉を開けようとしているが、シャランに止められている。

「開けないと、窒息する。生きて捕まえないと、意味がないんだよ。」

とフーロン。

「ここまでで、証拠不充分だ。最低でも、人身売買関与罪にならなきゃ、厳罰は難しい。それなら、このまま死んでもらおう。」

とシャラン。

生きて罪を償わせたいフーロン、証拠がないなら、始末したいシャラン。彼は、

「おい、君からも説明してくれ。中は、入れる状況か?」

と、ナンとユーノのいる方を見た。ユーノは、シャランとフーロンを交互に見ている。フーロンは、ナンからユーノに視線を移した。

ナンは、どちらに賛成とは言わずに、場の状況を早口で説明し始めた。

太子は彼女とレイーラを、部屋の中央に立たせた。大きな香炉の蓋を開けると、スパイスみたいな香りがし、すぐ、紫の煙が出始めた。

「予定」と違う、と判断したナンは、太子に火魔法をぶつけたが、シントンが短剣を投げて来て、避けようとした影響か、上手く打てなかった。香炉に当たったらしく、倒れて一気に煙が溢れだし、レイーラが聖魔法を唱えた。それで「直撃」は免れたようたが、太子がどうなったかは分からない。中はそれほど広くなく、香炉と壁に据え付けたランプ、香料が入った木箱(香炉と同じ香りがした、という。)くらいしか、「調度品」はない。

「でも、視界が悪いのね。煙をなんとかしなきゃ。只でさえ、夜で暗いし。…一度、扉をあけて、煙が出た隙に、太子を引き摺り出してくるのはどう?」

と、カッシーが言った。

「火魔法を食らった時に、死んでいるかもしれないけど。死体が『消えて』しまう事もありうるから。それは避けたいでしょ。中は玄関のホールよりは狭いみたいだし。」

「じゃ、僕が行くよ。」

俺は、口を開きかけたユーノが、何かいう前に、申し出た。一斉に注目を浴びる。

「水魔法使いだから、魔法にしろガスにしろ、耐性があるかららね。太子を担いで出てくる事を考えると、僕が適任だろう。」

俺は、軽く水の盾を出してみせた。しかし、ファイスが、自分の盾を構え直して、

「いや、俺が行こう。」

と言った。

「今まで上手くいって、今回だけ『失敗』したのは、レイーラが神官だったからかもしれん。彼女は、高度なエレメントの浄化は使えないそうだから、ぶつけたのは回復魔法かガス用の浄化魔法だろう。それで多少効いたなら、暗魔法の可能性がある。」

続けざまにカッシーが、

「じゃ、ファイスが中に入って。あたしが明かりを差し入れるから、ラズーリは入り口で、一緒に待機。」

と言った。俺達は、その提案に従った。

カッシーは、ナンとシャランの方を見て、

「後は気にしなくていいわ。多分、ギルドも予想外でしょ。」

と笑顔混じりで続けた。ナンは、火なら自分も、と言ったが、ダメージが完全に抜けていないので、ここで盾を作って、シャラン、ハバンロと皆を護衛してもらう事にした。

「入り口から真っ直ぐ奥に行けば、香炉があるから、近くに太子もいるはずよ。窓は奥の壁にある。シントンが飛び出たなら、ガラスが割れているかもしれない。躓かないように気を付けて。」

とナンが注意した。ハバンロは、レイーラに対する責任を感じて、

「私も行きます。」

と言ったが、やはり彼は残らせた。中に転送装置がないことがわかり、逃げられる心配はないが、「飛び出てくる」心配はある。ナンとシャランがどれ程かは分からないが、恐らく、正面からの戦闘には慣れていない。ナンは、見た目の年齢からして、初任務かもしれない。ユーノが落ち着いているのが気になるが、チューヤ人の彼とフーロンは、多分、魔法戦闘は経験がないはずだ。

扉を開ける。煙が一斉に出てくると思っていたが、それほどでもなく、予想より薄くなっていた。窓が開いているのだから、当たり前だが、香炉の「中身」も出尽くしたのだろうか。カッシーが照明を出すまでもなく、香炉の位置を確認できた。奥に、箱とは違うシルエットが見える。

ファイスが盾を出しながら、中に入った。暗い中、銀色に瞳が輝く。ナンが、「その目…」と言ったが、言う間に、素早く太子を担いで出てくる。

紫の煙が、綿ぼこりのように、太子にまとわりついていたが、扇ぐと直ぐに消えた。

太子は、あらかじめ聞いていた年齢より、若く見えた。丸顔で鼻と口は小さく、起伏のない顔をしている。体はやや太めだ。

ファイスは、戻りつつある銀灰の、鋭い目を見開き、太子の顔を注視していた。そして、

「彼は違う。」

と言った。シャランが、

「どういうことだ?彼は、確かに太子だ。」

と言った。ナンも、

「シントンも、彼を太子と呼んでたわ。人相もあってる。」

と、一枚の紙を取り出した。墨かインクか、一色で描かれたチューヤ式の人物画だ。写実的とは言えないが、珍しく薄く色が簡単につけられていて、チューヤ文字とコーデラ文字の書き込みがしてある。

「太子は街まで外出することはなかったので、僕達は顔を知りません。事情聴取の時に、当時の似顔絵係りによって、描かれた物は見ました。

これと似てますが。違うのですか?」

傍らから、ユーノが棒読みのような声で言った。カッシーの明かりが彼の顔を照らすが、心から驚いているようだ。

「一連の事件を起こした本人だったとしても、ヤーイン太子ではない。彼は、トエン系が入っていることもあり、鼻が高く、細い顎をしていた。かなり色白で、コーデラ人に見えなくもなかった。この男も、チューヤ人の中では、色白ではあるが…。髪は、『皇族髷』という形に纏めていたから詳しくはわからないが、チューヤ人にしては、かなり明るい色だったと思う。目の色はわからない。

だが、当時は14、5だったろう。それだと成長期もあるし、太っているので、様変わりはして当然だ。が、他はともかく、高い鼻が、こうは低くはならないだろう。それに…。」

ファイスは、太子の髪を分けて、耳を出した。

「ピアスの穴がない。チューヤには、男性がピアスをする習慣は、もともとあまりないが、太子は開けていた。陶器やガラスの玉を繋いだ、凝ったデザインの物を着けていた。長く吊り下げるタイプだ。珍しかったから、仕事仲間にたずねたら、説明してくれた。母方の習慣だそうだ。」

穴は開け方によっては塞がってしまう場合もあるが、明かりを出して、じっくり見ても、太子の耳には、それらしい跡はない。

「替え玉?影武者?上太子でもないのにか?こう言っては何だが、後継者争いから落ちた太子に、そういうものを着けるのか?替え玉にしては、やることが目立ちすぎてると思うが。」

俺は自分に問いかけるつもりで、口を挟んだ。しかし、当然、ファイスも皇族の内情までは知らない。

「それは分からないが…暗殺しようと考える者がいるなら、何かあるのかも知れん。」

彼はあっさり口にしてしまったが、緊張が走る。

「太子の意識が戻るのを待って、聞いてみては。」

とハバンロが言った。ユーノが、

「どうでしょうか。太子本人と仮定しても、言えば殺されるかも、と思ったら、適当に嘘をつくかも知れませんよ。」

と言った。ナンが、

「でも、顔が違うんでしょ。だけど、依頼されたのは、この顔の人なんだけど。」

とファイスとシャランを交互に見た。

その時、フーロンが進み出て、太子の胸を蹴り飛ばした。

「起こして、白状させる。」

彼が二発目を入れようとしたので、ハバンロが慌てて止めた。

「眠っている訳ではないのですから。まずは…」

「…浄化、しないと…」

か細く、レイーラの声がした。彼女は、ユーノの近くに横たえられていたが、半身を起こして、俺達を見た。

「無理するなよ、俺が、蹴飛ばして起こすから。」

と、フーロンは言った。しかし、レイーラは首を降り、浄化魔法を使った。

ヤーインは、うっすら目を開けた。小さな瞳で、周囲を見渡す。フーロンがレイーラを引っ張り、ヤーインから離す。ハバンロが念のためにか、気功を構える。

ヤーインは、一同を見渡すと、自分の置かれた状況に気づいたのか、はっと身構えた。だが、戦闘の姿勢ではない。

「お前は!」

彼はチューヤ語で叫んだ。ファイスに向かって。ファイスは、一瞬、驚いていたが、

「私に、見覚えがあるのですか。では、貴方は…貴方の中身は、ヤーイン太子ですね。」

と落ち着いて言った。

どういう事、と数人が言った。この前と同じ、と誰かが言った。

「そういえば、そもそもは、そうだったな…。」

俺の呟きが、最後に響いたため、フーロン達は、一斉に俺を見た。だから、俺が説明した。

「死体に、別の魂を入れる『呪術』のような、魔法があるんだ。普通の魔法体系とは異なる『暗魔法』を発展させたものだ。

『暗魔法』自体は、悪いものではなく、役に立つ効果もあるんだが、とても珍しく、使い手は滅多にいないから、よく分かってない部分が多い。

それをさらに、『よく分かっていない』人が濫用すると、悪い結果を生む場合がある。…僕の知ってる中で、使おうとした人間…いや、使える人は十人弱いたが、きちんと理解して正しく使っていたのは、そこのファイスを含めて二人…三人かな。」

一人はエスカー、一人はユリアヌス。しかし、二人とも、俺が「呪術」に、例えたタイプの魔法は使っていない。

ファイスの経緯は知らないが、、彼は「呪術」の「被害」にあった結果、使えるようになったと見ている。それでも、自分に使用されたのと、同じ種類の物は、使えないようだ。彼は剣士で、魔導師ではないことを考えると、高度な技は使えないのかもしれない。

しかし、ヤーインは、どうやら、その「呪術」が、自分に、使えるようだ。ファイスを認識した様子から、『失敗』のようには見えない。むしろ珍しい「成功」に見えた。

チューヤはコーデラのような公式の魔法院はなく、魔法使いを育てる土壌もない。それを考えると、「高度」な物だ。

そうは言っても、「成功」したのは、最初の一回だけか。いや、自分で使えるものが、自分自身に適用した時は、「成功」になるのかも知れない。「失敗例」のチブアビやリンスクは、本人は使用者ではなかった。

これらを説明するのは難しいな、と悩んでいたが、質問は来ず、

「おい、お前。」

と、フーロンが、ヤーインを睨み付け、胸ぐらを掴む展開になった。

「女の人を集めたのは、乗っ取るためだったのか?」

ヤーインは、一瞬、固まっていたが、直ぐに首を激しく降り、弁解し始めた。

「違う!最初は、最初の一回は、そのつもりだった。成功すると言われたから!でも、失敗して、従者の体に入ってしまったのだ!だから、せめて、元の姿に近いものに、戻りたかった!」

「それじゃ、その体に、戻ればいいだろ!」

「消えてしまったのだ!私の体も、この男の魂も、その場にいた他の者も!残ったのは、二人だけ、二人だけなのだ!」

「わかるように話せ!」

首がしまるから、と、ユーノが、フーロンを宥めながら引き離す。

「おかしな方向になったわね。」

カッシーが、俺とファイスに言った。ファイスは黙っていたが、俺は二人に頷いた。

「強引に解釈すると、太子の性癖につけこんで、上手く騙して、自分と中身を入れ換えようとした奴がいた、みたいだけど、あってるかしら。多分、『自分だけ助かっている、もう一人』が黒幕。」

「よくそこまで理解できたね。」

「ほとんど、勘よ。でも、どうする?セートゥを回った方がいいのかしら。暗魔法がらみなら、オリガライトも出そうよ。」

そうはしたいが、やっぱりグラナドの所に、一刻も早く戻らなくては。

そう言いかけた時、ファイスが、一言、

「レイホーン。」

と、やや大きな声で、はっきりと言った。

「何でその名を。」

と、ナン、シャラン、そしてヤーインが同時に言った。

「シャラン、あんた、喋ったの?!」

「馬鹿、喋るか!」

ナンとシャランは、いかにもしまった、と、顔を見合わせた。俺はファイスを見たが、彼はヤーインを見ている。フーロンもヤーインを見ていて、

「誰だよ。それ。」

と呟くように言った。

ユーノが、溜め息をつき、

「四位様(皇帝の第四位の側室)の、末の弟君だ。宝石商のソン家の。

太子がメイランに来た時、『代理人』やってた男性が、いただろ。フーロン、君が、『ラッシル人みたいな大男』と言ってたうちの、若い方だよ。グレーネが、礼儀正しい、と誉めてた方だ、覚えてるだろ。付き添いの中では、一応、一番最後まで、メイランにいた奴だ。」

と、諦めの口調で言った。カッシーの溜め息が重なったが、それはシャラン達に向けられたもので、

「あんた達、まだまだね。」

と小声で呟いていた。ヤーインは、

「彼の使いなのか?君は、新しく、ソン家の護衛になっていたのか?成功してないんだ。でも、迎えに来てくれたのか?」

と、全体を見渡したが、なまじ理性のあった彼は、悟った。胸元のボタンを握りしめ、うなだれ、呻きだした。

男子禁制のはずの後宮に、側室の弟が出入りし、太子と親しくなる機会があるのかは疑問だ。話だけ聞いていると、言い逃れのようにも聞こえる。

が、確か、シーチューヤはソウエンに比べて、近年は「近代化」の波がある。婚姻不可能な実の弟が、姉に会いに行くくらいは、出来るのかも知れない。後宮の外側に面会スペースでもあったか。豪族の護衛で宮廷に通っていたファイスが、太子と顔を合わせていたくらいだ。イメージより、自由は効くんだろう。

むしろ、イメージより自由すぎて、この結果か。だが、先程のカッシーの推察を考慮すると、四位の側室の弟が、七位の側室の太子にすりかわっても、大して権力が増すとは思わない。野望の成果と、リスクが釣り合わないので、疑問は残る。

「太子。」

ユーノが、一歩進み出た。

「お言葉が真実であっても、『義兄弟』に当たる方との『悪事』がわかれば、皇帝陛下は厳罰になさるでしょう。

さらに、そのお姿では、太子を殺してすり代わった従者、と思われても仕方ありません。母君のご寵愛がいくら厚かったとはいえ、お亡くなりな上、今の貴方には、その面影すらない。あったとしても、前回の事件の時も、皇帝陛下は、貴方にお会いにならなかったでしょう?レイホーン様が、直接対面しないように根回しした、とも考えられますが、それは皇族に対する呪術が、ばれないように、です。貴方のためでは、ありません。


ご存じないかも知れませんが、第四位様は、最近は第二位様にすり寄っています。第二位様の遠縁の方と、弟君のお一人との、縁談が進んでいます。それがレイホーン様かどうかわかりませんが。

シントンは、結局は、貴方を置いて逃げました。

分かりますか、貴方の味方は、いないのです、誰も。

潔い決断を、なさってください。」

全員がしんとなった。フーロンが、

「お前…。」

とだけ、ユーノを見上げて言った。ユーノは、彼にだけ微笑んだ。フーロンは、泣きそうな顔をしていたが、レイーラの、

「ユーノさん、それでは、真実を明らかにして、裁きを受けさせる、という目的は、果たせませんわ。」

に、はっとした。

「その通りです。太子に自害されてしまえば、そのレイホーンとかいう、元凶の裏切り者の、一人勝ちになりますぞ。」

と、ハバンロが、口添えした。だが、シャランが、彼らに反対して意見を述べた。

「当初の予定通りていいだろ。実行犯が太子なのは認めたんだ。黒幕の策略は知らないふりをして置かないと。俺達はコーデラに戻るからいいとして、残る人は?」

ナンは彼の言葉に賛成はしたが、いわゆる思案顔をしていた。続いてカッシーが、

「提案だけど。」

と言ったが、ファイスの「危ない!」に遮られる。

レイーラが、「まあ、太子!」と叫んだ。ハバンロが彼女を引っ張り、引き離す。

太子の体は、爆発した。

いや、爆発したかのように、紫の煙を吐き出した。

「何だ、どうした?!」

俺は水の盾を作りながら、レイーラに質問した。

「ペンダント?ブローチかしら、ボタン?太子が引きちぎった途端に、煙が。」

レイーラは、太子の方を示したが、煙に覆われて見えない。

全員、さっきまで太子のいた部屋の方に後退する。ドアを開けたが、煙は出ないので、中に入る。先程とは逆のパターンだ。

カッシーとナンは明かりを出したが、外でだした物より、弱い。上手く出ない、と口々に言う。

シャランは土の盾、俺は水の盾を出してみた。普通に出せた。シャランは、三回挑戦して、なんとか出せた。盾はあまり、と言ってはいた。

中には、香炉と木箱。煙はない。銀色の香炉は空で、出尽くしたようだ。ファイスは、香炉に近寄り、倒れたものを起こしてから、蓋を閉じた。

途端に、火魔法の二人から、大きな、と言っても、通常の大きさよりは小さめの、明かりが出た。

「内側、オリガライトか。」

俺は言った。

「底に敷き詰めてあるだけとは思うが。恐らくは。」

とファイスが答える。なんだ、それ、とフーロンが問うので、

「暗魔法で使う、特殊な金属だ。吸収して溜め込む事ができるようだが、他の属性魔法は、単純に弱めてしまう。希少だから、性能はわからない部分が多い。」

と説明した。かなり省略したが、要点はあっている。

「じゃ、この、辛子みたいな匂いは?」

ユーノは鼻を不快そうに動かした。ファイスが、

「祭礼用の香だろう。足りない成分を辛子で補ってるようだが、東方の物に似ている。」

と言った。リンスクのローズマリーに比べて強く、木箱からも漂ってくるので、苦手な香りでなくても、つらい所だ。ユーノとナンは、どうやら苦手らしく、鼻と口を押さえている。

「窓から出るか?」

俺は言いながら、窓から外を見た。川がある。高さは、上から見たら、そうでもなさそうだが、足掛かりがわからない。

「おすすめしないわ。シントンは怪我をしていた。」

カッシーは、一度上ってきているはずだが、それで止めた方がいい、と言う。

しかし、このままここにいる訳にも行くまい。煙の発生源は太子で、香炉は溜めていただけと見る。今、太子がどうなっているかわからないが、チブアビとリンスクを思い出すと、嫌な予感しかない。誰かが異変に気付き、先程のカッシーのように上がってきたら、「相性」にもよるが、最悪、別の体で逃げられる。

シャランが、少し扉を開けてみたが、煙は勢いを増していた。ナンが反射的に、照明を盾に切り換えた。僅かに中に入った煙は、じゅっと音を立てて、火の盾に消えた。だが、シャランが慌てて扉を閉めたにもかかわらず、わずかな残りが隙をついて、ナンの体に、埃みたいにまとわりつく。レイーラが浄化した。

恐らく太子は動いていない。ダークカッターのような術も、今のところは使っていない。煙だけのようだ。待っていたら勢いは治まるかも知れないが、この部屋の窓は壊れて空きっぱなしだ。扉とは反対になるので、一応は、煙は入っては来ない。

俺は、香炉の蓋を開け、中を確認した。ファイスの言う通り、オリガライトらしき鉱物が、いくつか入っている。直接触りたくないので、香炉を引きずり、奥から運んだ。

「どうするんですか?」

とユーノが尋ねので、

「これの中身を外に出す。」

と答えた。

煙が暗魔法で、太子が発生源なら、香炉は溜め込み目的だろう。ナンの話からすると、太子には、溜め込んだ物の放出を、コントロールする能力があるようだ。道具にせよ、自分自身の能力にせよ。だから、どれだけ効果があるかは自信がないが、シャラン達の仕事を尊重するにしても、フーロンの希望を優先するにしても、煙をセーブして、太子を押さえつける必要がある。

シャランが、太子をこの部屋から出さなければ、と言った。結果論ではあるが、その通りか。

ナンが、今さら、仕方ないわよ、と軽く言った。

そして、ファイスと俺とで香炉を素早く外に出した。隙を見て、また煙が入ってくるが、カッシーとナンの盾に防がれた。

「火属性を帯びてるな。」

俺は火の盾に消える煙、その消え方を見て、そう判断した。

今まで、暗魔法と土、暗魔法と風、と、季節柄、弱くなるエレメントを取り込んでいた。今は水が強くなり、火が弱まる時期だ。それで何かメリットがあるかどうかわからないが。

再び扉を開ける。煙は、かなり薄くなっていた。太子は倒れている。火なら、カッシーとナンが盾を使えるが、香炉に近寄ったら、出なくなるかもしれない。俺とファイスで外に出る。

香炉は煙で一杯になっていた。蓋を閉めたが、時々、ガタガタと持ち上げようとする。俺は、動く蓋を凍らせてみた。予想に反して、意外に安定しているが、やはり持ちは悪いようだ。

「おい、見てくれ。」

ファイスが、足元の太子を示した。

太子は、「砂」になっていた。人の輪郭を留めた、砂。足と腕は半分、崩れている。右手首の部分は、胸の所に残っていた。さきほど、レイーラが言っていた、ペンダントを持っている。ファイスは、それをそっとつまみ上げたが、吊られて砂は崩れ、顔だけになってしまった。

ペンダントの土台は、オリガライトではなく、銀かプラチナのようだった。中心には石がはまっていた。黒ずんではいるが、元は白っぽい透明の、水晶か何からしい。ひび割れて、黒くなった所が、崩れている。

部屋から皆がでてきたので、カッシーに見せてみた。

「多分、オパールね。」

オパール、こんな石だったか。確か、多色が漂う、もっと鮮やかな石だった。昔、ディニィが耳飾りにして着けていた物を思い出したが、これは違う石に見えた。色が飛び、割れているからだろうか。

「このタイプは、南の方でしか、取れないのよ。普通のと区別するために、『アクアオパール』『泡オパール』って呼んでるわ。こういう部分が、『アクアドラゴンの玉子』に例えられるのよ。」

僅かに残った色の部分を、カッシーが指し示した。

「オパールは、熱に弱いから、運ぶのも大変で、砂漠を突っ切って密輸したら、ただの石になった、て話もあるわ。セートゥのような内陸の、寒暖の差の激しい所じゃ、持ってるだけでステータス、じゃないかしら。」

宝石商のレイホーンが、太子に送ったのか、皇帝が太子の母に送ったのか。どちらにしても、送られた時に、石に込められていた物は、淡く儚く、蒸発してしまった。

俺は宝石から目を放し、太子の亡骸の方を見た。フーロンが、横に立っている。ユーノに両肩を支えられて。二人の表情は見えなかった。

ハバンロとシャランが、

「これでは証拠が。」

と、ほぼ同時に呟いた。ユーノが、シャランと話すためか、フーロンを支えたまま、彼の方を見た。

俺は、扉に近い位置にいた、レイーラとナンに、何か影響がないか気になって、振り向いた。

背後で、叫び声がした。

香炉の蓋が飛ぶ。煙、いや、うねる気塊が、勢いよく飛び出した。

ハバンロが、素早く気功を当てる。うまい具合に四散する。再び、集積したが、大きさは半分になっていた。

再び当てようとしたが、学習機能でもあるのか、畝って避け、人魂のような形になる。

人魂は、ナンとレイーラの方に向かったか、カッシーが盾を出して防いだ。盾に消える分、弾かれる分。弾かれたものに、ハバンロがまた気功を当てる。

さらに半分になったが、薄くベール状になって面積を増す。

そのベールは、ユーノを狙って飛んだ。ユーノは、そばにいたフーロンを突き飛ばす。フーロンは、叫びながら、ユーノに、彼を包んだ煙に飛びかかったが、弾き飛ばされた。ファイスが、素早く彼を助け起こす。たが、彼は、ファイスを振り切り、ユーノに向かう。

「返せ!」

霧の人魂に叫んでいる。ファイスは、

「近寄っては駄目だ。」

と、必死で止めている。盾が出せない。ハバンロが気功を当てようとするが、抵抗しているユーノの動き、合わせる霧の動きが、偶然か、気功を避けてしまう。

レイーラが飛び出した。自分にターゲットを移そう、というのだろう。しかし、彼女に霧が延びたのは一瞬、後は再び、ユーノに戻る。

「乗っ取られてしまうの?」

カッシーが聞いてくるが、俺にもわからない。

「さっきまで、あたしたちに取り付こうとしてたのに。」

と、ナンが言った。相性があるのか、人魂に意思があって、選んでいるのか。

シャランが、拘束しようと、土魔法を使ったが、弾かれたのか、香炉の方に当たってしまう。俺の水魔法はまっすぐ届き、僅かに掠るが、決定打にならない。カッシーとナンの火は、追尾するほどよく当たるが、効果がない。

グラナドがいれば、風と水を合わせて氷霧を作り、範囲を広げられるが、今はいない。

「気功と聖魔法でやるしか、ないみたいね。」

とカッシーが言った。

「ファイスはフーロンを押さえるので精一杯。フーロンを、当て身で気絶させてしまうのは、不味いでしょ。」

意識の無いものは、入りやすくなる、か。しかし、ユーノもいい加減、持たない。フーロンを囮にして、ファイスのほうに行ってくれれば。

ハバンロが、

「見切られてるのではなく、気功と反対のほうに避けられています。」

と言った。レイーラが、私と同時に、と合図をした。右から聖魔法、左から気功、ついでに、俺は、水魔法を出した。

ユーノは、避けきれず、足を取られて倒れた。

聖魔法は回復浄化だが、気功と水は攻撃だ。全力で打つわけにも行かず、ハバンロが当て損なっていたのも、それだろう。

レイーラとフーロンが、倒れたユーノに、駆け寄る。終わったのか、と安堵しかけたその時。

散った空気塊が、砂の人型に集まった。顔しか残っていなかったのに、集まった砂は、太子の姿を取っていた。

ファイスは、近くにいた、フーロン達三人を、盾の下に素早く庇う。砂が触手のように延びるが、ファイスが剣で払うと、直ぐに散った。

だが、散った途端に、今度は、ユーノを目指してくる。レイーラ、俺、ハバンロで打つ、また砂に。繰り返しだ。

砂は散るので、体積は一回毎に減っているが、地面の土や木の皮を僅かながら削り取るようになり、勢いは変化がないレベルだ。。

カッシーとナンの魔法は相殺されてしまう。シャランは魔法は諦め、ハバンロと反対側から直接攻撃を試している。

レイーラが、ファイスに何か言った。ファイスが、「それは駄目だ。」と、珍しく怒声で返していた。

俺は、水の盾で防ぎつつ、香炉に近寄った。中にはオリガライトが一つだけ残っていた。

盾が一瞬弱まったが、役立ちそうな影響力は、ここにはもうないようだ。他の欠片は砂に紛れてしまったのか、砂に対する、属性魔法の効果が薄い。俺は水魔法なので、火属性に対する俺の魔法攻撃は有効なはずだが、砂が固まるたびに、だんだん効きが悪くなっている。

レイーラが、ファイスの制止を振り切り、砂に向かう。どういうつもりかは見当がつくが、それでは効果がないだろう。と思ったら、

「魔法剣で払って!」

と言われた。

その手があったか。無属性で中距離範囲攻撃が出来る。砂を広く散らして、中心に集まる時間を稼ぎ、集合場所に聖魔法と水魔法を置けば。

盾を引っ込めて、魔法剣を構える。距離は近い。何時もなら余裕だ。だが、俺は祈っていた。これが効かなかったら。いや、効いてくれ!

願いを込め、全力で放った。

砂は完全に四散した。カッシーが、さっきのペンダントを、中心に投げてくる。砂はもうないが、霧はペンダントを目指す。機転だ。

俺は切り替えて水魔法、レイーラが聖魔法を、ペンダントを狙って放つ。

そして、ペンダントが落下した時、霧はすべて消えていた。

ハバンロがレイーラと俺の所に飛んできた。

「無茶をしましたな。」

「でも暗魔法なら、聖魔法に弱いはずだから…。私なら、結局入れないから、乗っ取られないでしょう?」

「そうとは限らないよ。まだわからない部分が大きい。結果オーライではあったけど。」

ペンダントは完全に砕けていた。拾い上げ、カッシーの方を見たが、彼女は、ナンとシャランに声をかけていた。

ファイスもやって来た。俺は、怪我はないかと聞いたあと、

「解決したと考える事にしても、やっぱり後味がすっきりしないな。」

と言った。だが、ファイスは、静かに、自分が来た方を指し示した。

「そうでもないぞ。」

そこには、フーロンとユーノがいた。フーロンは、ユーノにしがみつくようにして、

「ごめん。」「悪かった。」「無事で良かった。」と並べている。泣き声だ。ユーノは、少し躊躇っていたが、フーロンの頭を撫でていた。

夜なのに、妙に明るいと思ったら、ここは人工の明かり(魔法動力のものではないようだ。)にライトアップされた、庭園だった。彫刻の施された、背の高い明かり、花壇は手入れなく、雑草だらけだったが。昔は美しい物だったのだろう。

俺は、ペンダントを光にかざしてみた。

かつて美しかった、「形見」の石は、欠片も残さず、消えていた。


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