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勇者達の翌朝(新書)・1〜旅立ち編〜  作者: L・ラズライト
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ダイヤモンドの傷・2

新書「ダイヤモンドの傷」2


アックルの港までは、ベクトアル夫人を送ってきた、サロンス大隊長の率いる部隊が付き添った。クロイテス達は、入れ換えで、ベクトアル夫人と王都に向かった。

サロンスの隊には、アクティオスがいた。名前の似ている大隊長は、クーデター時に死亡した、という話だ。

二人は、個人的な話はしなかった。少なくとも、俺の見ている所では。

ただ、アクティオスは、俺とファイスは『知っている』と考えているようなので、俺達のいる所では、必要以上に畏まっていた。

サロンスの家は、アックルで一、二を争う、富裕な貿易商だ。このため、アックルで船を待つ間、彼の家に泊まった。実家の仕事は、彼の兄テーラオが継いでいた。

もともとは南方系の移民で、祖父の世代にアックルに来た。このため、一族は南方系とコーデラ系の混じった容姿をしていた。

テーラオには息子が三人いたが、同席したのは12歳になる三男のタラウトだけで、次男のドラウスはまだオフィスで仕事、長男のガラドスは、北クシウスまで商用で出向いているため、いなかった。彼は、グラナドより十は上だが、童顔で、年の割に小柄で、背格好がグラナドと似ているらしい。

このため、多大な迷惑を被る事になった。

最初の日、サロンスの屋敷での晩餐の最中に(今回は全員出席した)、旧に玄関口が騒がしくなった。

東方系の大男が一人と、おそらくこれも東方系だろうが、年配の小柄な女性が一人。大男は門番に食ってかかっていた。女性は、彼を宥めていたが、奥から出てきた俺達の中から、サロンスの兄嫁フィシナを見つけると、

「奥様、助けてください。」

と言った。

女性の訴えはこうだった。

彼女の娘は、今年十五になるが、ガラドスの妻のメイドで、ガラドスの夫人が妊娠中、彼女の身の回りをするようにと、フィシナが雇った。

しかし、ガラドスは、まだ少女のメイドに手を出して、妊娠させてしまった。

ガラドスは、メイドの少女に、「今は時期が悪い。後できちんとするから。」と、自分の事を内緒にするようにと言い含め、適当な口実で実家に帰した。

だが、ガラドスは、少女をそのまま放っておいた。実家の両親は妊娠に気付き、少女を問いただした。少女は白状したが、父親と姑は、長男の嫁取りに障るから、サロンス家には逆らわず(サロンス家の人々は、そういう所はないのだが、東方系の移民は、得てして上下関係や、性的モラルに厳しかったため)、妊娠を無かった事にしてしまおうとしたが、医師に見せるのは反対の姑と、少なくとも闇医者には見せたがる父親との意見が対立した。

母親は、娘を助けたいので、アックルの隣のスーミアの港の、公営カジノで働いている長男に手紙で連絡を取り、相談した。妹思いの長男はすっ飛んで帰ってきて、サロンス家に怒鳴り込んだ。母親は、彼に着いてきた。

騎士が何人も出てきたため、長男は一応、大人しくはなった。何故かグラナドを睨み付けていた。母親が、

「お客様のあるうちは、と言い聞かせたのですが。」

と言っていたので、その時は、そのせいだと思った。

テーラオは、

「わかった。明日…いや、明後日の昼に、もう一度、来てくれ。なんとか、考えよう。約束する。」

と答えた。彼は、長男に連絡するため、通信設備のある、自分のオフィスに戻った。

フィシナは、姑達が滅多な事をしないよう、手紙を言付けて、召し使い頭に持たせる、と、珍客二名を連れ、奥に引っ込んだ。晩餐はサロンス大隊長により続けられたが、うってかわって、雰囲気が暗くなった。

タラウトは、明日は学校があるからと、メイドが、早々に部屋に連れていった。だが、深い話が出るでもなく、サロンスの口からは、甥のガラドスについては、

「何時までも、独身気分が抜けない奴で。もう来月には、子供も産まれるのに。」

程度の話しか聞けなかった。ハバンロが、

「相手の女性は、まだ十五歳と伺いました。子供が出来た時は、十四だったのではないですかな?『独身気分』ではすまないのでは。」

と爆弾を投下した。サロンスの夫人ドロレスが、さりげなく話題を変えて、子供と言えば、もうすぐ夏になるのに、続く冷夏と暖冬のせいで、川魚の数が揃わず(苦しいが)、ヘイヤントでレストランを運営している知人が、苦労している、という話になった。

晩餐が終わり、俺たちは部屋に引き取った。グラナドの部屋には護衛用の寝室がついていて、俺とファイスはそこで休むことになった。

部屋に入ったとたん、グラナドが、

「ああ、緊張した。」

と、寝台に倒れこんだ。具合でも悪いのか、と心配になったが、

「ハバンロだよ。あれがあいつの良いとこでもあるけど。…個人的には、『よく言った』だが。」

と、凝ったのか、肩をほぐしながら言った。

「コーデラの法だと、あの少女はどうなる?」

と、ファイスが聞いてきた。

「法的には彼女は別に。こういうケースだと、貴族なら、たいていは認知して、母親と子供には、別に家を与える。認知しなくても、ほったらかしということはない。道徳的な非難より、『あの方もせこいな。』『養育費すらないのか。』『奥方が嫉妬深いんだな。』ってなるほうが、貴族社会じゃ、怖い。

だが、サロンスの所は、庶民だからなあ。庶民の女性の方がモラルには厳しい所があるし。奥方あきれ返って離婚、てのはあるかもな。

まあ、俺が聞いてるとこで、約束したんだから、きちんとするんじゃないか?彼女が14だろ。裁判は避けたいだろうしな。」

ファイスは、

「そうか。」

と短く言った。俺は、彼が少女の心配をしているのが不思議だったので、理由を聞こうかと思ったが、ノックの音に遮られた。

シェードとハバンロが顔を出した。

「こっちで寝ていいか?床でいいから。」

とシェードが言った。何があったのかと聞いてみる。

「さっきの旦那が、次男と一緒に帰ってきたんだが、言い合い始めて。一晩中、続くぞ、あれは。

次男の部屋が俺達の真下にあるみたいなんだ。…物凄いぞ。どうやら、長男は初犯じゃないみたいで、父親が金で解決するから、兄さんが反省しないんだ、とか、メイドを俺と結婚させて、丸くおさめようとするつもりなら、俺は兄さんの尻拭いはごめんだ、とか、兄貴の奥さんは、次男の親友の恋人だったのに、妊娠させたから、親友に顔向けできない事態に、とか、奥さんの出産が近いのに、出たきり戻らないのが変だと思ったら、とか。15歳以下に手を出したのは初めてらしいが。

で、今さら、ここまで聞いといて、筒抜けだから静かにしてくれ、とは言いにくいだろ。」

という事で、やたら広い寝台に、少年三人は並んで寝る事になった。控えの間の寝台も十分に広かったが、この方が色々と無難だろう。

「蹴飛ばすなよ、シェード。」

「そっちこそ。」

「まあまあ、お二人とも。」

以外に三人は楽しそうだった。

その夜は、ぐっすりと眠った。晩餐の騒ぎはあったが、基本、俺達には無関係の事だ。そう思い、俺は呑気に熟睡した。

朝方、夢を見た。

ホプラスの記憶による物だ。

子供の頃、夜中に泣いているルーミに子守唄を歌い、「僕はどこにも行かないよ。ずっと一緒にいる。」と言った時の夢だ。エスカーだけ、実の父親に引き取られた、直後の事だった。

そういえば、エスカーも、よく泣いてたな。無理にルーミに合わせようとして、足がもつれて、ころころ転んだ。ホプラスは歩調を合わせてやったが、ルーミは「泣き虫のガキなんかほっとけよ。」と言った。エスカーは、置いていかれないように、転んでは起き、緋色の頭が、ころころと。

緋色?

目を醒ます。目の前には、緋色ではなく、柘榴のような黒みがかった赤毛があった。

「グラナド?!」

大声を出してしまい、隣の寝台を見る。ファイスはもういなかった。

「お早う…うん?ちょっと寝過ごしたか?」

グラナドは伸びをしながら起き上がった。俺の声に起こされたようだ。

「なんで…。」

「あいつら、シェードとハバンロの寝相、最低最悪でね。まるで闘技場だ。骨が無事なうちに、こっちにきた。」

「でも、なんで…。」

俺は馬鹿みたいに、同じ台詞を繰り返した。

「ファイスの横に潜り込むより、自然だろ。お前の方が、一応、付き合い長いんだから。床やソファに寝る気にはなれないし。…心配しなくても、お前の方が熟睡してる時に、さすがに『無理』だろ。」

「当たり前だ!」

思わず叫んだ。グラナドは、悪びれもせず、着替えを取りに部屋に戻る。

彼は、ルーミの事は知っている。知っているから安全と判断したのかも知れないが、問題はそれだけではない。俺達の姿は、先に起きたファイスに見られている。彼は余計な事をいうタイプではないが、もし、パーティメンバーでない他の誰か、例えばここのメイドが起こしに来て、見られたら、どう取り繕うのか。おかしな噂は困る。

気を取り直してグラナドに一言言おうと、隣の部屋にいく。

ハバンロは床、シェードは寝台で、大の字になっていた。目を覚ましたハバンロは、「なんで床に」と言っていた。シェードは枕を右手で掴んでいて、「あれ?」と言いながら起き上がった。

「こういう塩梅だから。」

と、グラナドが言った。

シェードとハバンロは、熟睡していて、覚えてないと言っていた。さすがにグラナドを追い出してしまった事には、恐縮していた。控えの間で寝たと言うと、床でないことには安心していたようだ。

俺はなんだかアホらしくなり、文句を忘れた。

朝食の席には次男がいた。彼は22だと言っていた。親子そろって、つとめて平静にしていたが、皆眠れなかったらしく、特に次男が険しい顔をしていた

。サロンスは船の手続きにと、先に出ていた。

フィシナは、長男の妻に「話に行く」と、食後、直ぐに出た。次男ドラウスと父親テーラオは、俺たちを送りに、一緒に出た。三男タラウトは学校があるが、港に寄ってから行く、ということで、俺達に着いてきた。

港に着くと、妙に外装の立派な船があった。シェードが

「見た目はいいな。」

と、船に近づく。レイーラが

「ふらふらしちゃ駄目よ。」

と着いていく。カッシーが、

「そう言うレイーラも…。」

と、彼らに着いていった。ハバンロは、物売りが、「シイスン産の珍しい果物」と呼び込みをしていたので、足を止めた。彼の直ぐ後ろにいたファイスは、ハバンロにぶつからないように立ち止まったが、その時、走っていた小さい子供が二人ほど、彼にぶつかり転んだ。母親らしき女性が謝っていた。

ミルファは、俺と一緒にグラナドの側にいた。

サロンスの姿が見えた。アクティオスと、他に騎士が何人か。

彼らは、挨拶しながら、俺達に近づいて来た。

ここで俺は、サロンスとアクティオスの武器が両手剣、俺と同じく盾を使わないラッシル剣術だと気がついた。騎士はコーデラ剣術の片手剣と盾が一般的だが、魔法剣の時は魔法手が武器に触れていないといけないため、利き手と魔法手が異なる場合は、両手剣を使う。

二人が近づいた時だった。

昨日の、娘の兄が出現した。彼は興奮していて、昨日はコーデラの言葉を喋っていたようだが、今日は主に東方の言葉になっていた。時々コーデラ語になり、「逃げるのか」「卑怯だ」て聞こえた。

彼は、テーラオとドラウスに向かっていたが、何故か

彼らの後部にいる、グラナドに文句を言っているように見えた。

サロンスが、東方言葉で何か話しかけ(猛り狂う男性の名は「ドルン」というようだった。)、彼の肩を掴み、連れていこうとした。彼は、それを放り払ったのだが、その腕が、父親の近くにいたタラウトにぶつかり、彼は転んだ。

俺は、とっさに子供の背後に回り、頭を打たないように、後ろから支えた。

そのため、「間」が出来た。

ドルンは、背負っていた小型の斧を構え、振り回しながら、喚き、間に割り込み、いきなりグラナドに食って掛かった。

「危ない!」

グラナドは背後のミルファを押し下げ、俺は子供を脇に避け、剣を抜いた。サロンスは土魔法で盾を出したが、彼とグラナドの間には、ドラウスがいた。テーラオは背後からドルンを止めようとしている。

アクティオスが、風の転送魔法を使い、一瞬にして間合いを詰め、グラナドとドルンの間に入った。

それは本当に偶然だった。

転送魔法は、「出口」のイメージが上手く出来ない場合は使うな、と言われている。目で確認出来る場所か、一度は通って、覚えている場所か。距離が開けば精度は落ちる。もし転送先に樹木等がある場合は、ぶつからないように補正されるが、転送直後に、例えば風で木片が飛んできた場合は、避けようがない。

ドルンの斧は、護身用の、薄い金属で作られている物で、幅広ナイフに見えなくもない、簡素な物だった。それでも、転送魔法から出たところに、無防備で食らってしまえば、怪我をする。

そして、斧は、偶然、アクティオスの左鎖骨に当たった。

ミルファが、「大変、首に。」と叫び、レイーラを呼んだ。シェード達が飛んできた。サロンスは、

「首は外した。鎖骨だ。止血して医師に。」

と言っていた。

アクティオスは、微笑んでいた。彼は、必死に自分の名を呼ぶグラナドを見詰め、一言、何か言った。

そして、痛みを隠して微笑みながら、意識を失った。


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