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プロローグ 楽園の外側

 プロローグ 楽園の外側



「ルシュド、わたくしは、わたくしの気持ちは……」


 言葉が途切れる。かすかにふるえている唇は、あたかも一片の薔薇色の花びらのよう。


 純白のドレスに包まれたラナウィン姫は、あまりに華奢で、あまりに美しかった―――これ以上見つめ合っていたら、我を忘れて彼女を抱きしめてしまうほどに。ルシュドは強いて目をそらし、頭を垂れた。


「それでは……私はこれで」


「ルシュド……」


 引きとめたいのに、どうしても続く言葉が出てこない。ルシュドの冷たい頬にもかすかな赤みがさしている。しかし彼はいつものように無言で退出していった。

 あとに残された姫の瞳は、露にぬれたうす紫の花のように、しっとり淋しくうるんでいた……。




「あッ、みずきセンパイ、も〜ッ読みましたよお!!」

 相原みずきが図書室に入った途端、カウンターの奥から甲高い声が飛んできた。すっかり顔なじみになってしまった二年生の矢部奈緒だった。駆け足で近付いてきた奈緒は、相変わらずの早口で、

「ホント、ホント、すっごく良かったですー!! もう、とにかくルシュドってばサイコーにかっこいいですよね!! 無言で去っていく最後のシーンなんて、もう、あたしゾクゾクってしちゃってー、何ていうかクールな男の美学って感じ?ってあたし何言ってるんだか!! そうそう、それで、セン」

「わ、悪いけど、奈緒ちゃん」やっと台詞に割りこんで、みずきは人差し指を口にあてた。「ここ図書室だから……」

 昼休みなので多少ざわついているとはいえ、カウンターの向こうに座っている司書の先生はしかめ面をし、振り向きざま「うるせえなあ」とつぶやく男子もいて、さすがの奈緒もあっと首をすくめた。

「スミマセ〜ン……」

「いいよいいよ、あっちでしゃべろう。今日は珍しく空いているみたいだし」

 漫画コーナーのそばにある別室は、いつもなら図書委員や漫画研究部員のたまり場になっているのだが、ガラス戸の向こうには珍しく人影がなく、みずきは先に立って歩き出した。

 途中で雑誌コーナーにさしかかる。この前を通ると、みずきの目は自然とラックの右上部に置かれた手作りのコピー誌をとらえてしまう。そしてその度に誇らしく、それでいてくすぐったいような気分になるのだった。

 表紙を飾るのは、少女漫画風の線の細い美少年。タイトルは「クレイジーパラダイス」(内輪では略して「クレパラ」と呼んでいる)。S高校文芸部が月一で発行している自慢の部誌だ。今月はみずきの連載小説が巻頭を飾っている。みずきはちらっと見るにとどめたが、後ろを歩く奈緒は嬉しそうな声をあげて、わざわざクレパラを手にとって持ってきた。

 別室に入って戸を閉めたとき、みずきは奈緒の胸元に抱かれているクレパラに気がついた。

「あ、持ってきたの、それ?」

 そう言いながらパイプ椅子に座ると、奈緒は「当然ですウ」と笑ってみずきの正面に回り、ページをパラパラめくりながら立て板に水のごとくしゃべり始めた。

「ホント、すぐにでもセンパイとお話したくて、だってもうおとといは一日中感動しまくってたんですよお。センパイ、世史Aの立石って知ってます? でかい眼鏡かけてヒゲ生やした、ヘンなおっさんなんですけど〜、何ボケーッとしとるかーって怒鳴られちゃって、でもしょうがないですよねえ、ずうっとルシュドの事ばかり考えていたんですもん。あ、そうそう、ここですウ、特にこのラストシーンがサイッコーでした〜!!」

 みずきは示されたそのページをひとめ見るなり、やっぱりと笑顔になった。切ないまなざしで彼を見つめる美しいラナウィン、抱きしめたいのに自らを抑えつけるしかないルシュド……みずき自身も会心の出来だったのだ。書き終えた後、何回も読み直しては頬をゆるめていたのだから。

 みずきの小説「天のひかり 地のさだめ〜アークザード物語〜」はアークザードという斜陽の王国を舞台に、二の王女ラナウィンと、彼女の家庭教師かつ守役である最高位の賢者、ルシュドとの身分違いの恋を主軸にした波乱万丈の冒険ファンタジーである。

 そもそもクレパラの読者からして女子が大半を占めているので、みずきの小説のファンもすべて女の子なのだが、その中でも特にコアなおたく少女たちによって「アークザート激激ラブ★ファンクラブ」(原文ママ)まで結成されていた(無論矢部奈緒がそのメンバーの一員であることは言うまでもない)。

「あ、あとセンパイ、これなんですけどッ」

 今月のラストシーンについてなおも熱く語っていた奈緒は、ふと何かに気付くと、巻末の方へと急ぎページをくった。みずきはしかし予想がついていたので、机の上に腕組みしたまま、

「アレでしょ、人気投票募集の」

「え〜ッ、分かっちゃいました〜?! そうなんですよお、もう今からすっごく楽しみで」

「確か私のは四人のキャラがエントリーされていたっけ……」

「はい、ルシュドとラナウィンとカディオン様と……あ、あとはやっぱりイクヴァイール王ですよね〜!」

 奈緒が開いた見開きのページには、「第3回キャラクター人気投票、やっちゃいます!」という威勢のよいあおりとともに、右にみずきの小説、左に別の小説のキャラのイラストが百花繚乱のごとく詰め込まれている。みずきの方のイラストを担当しているのは漫研を引退したばかりの友人で、受験勉強そっちのけで各キャラの紹介文までひねり出してくれていた。男も女も等しくきらびやかなその四人の顔は、みんな右向きであったが、それはまあご愛嬌である。

 そのイラストと紹介文を少し説明してみると……

 水の流れのようにすべらかな金の髪を結い上げ、そこに花で飾ったティアラをのせ、大きな瞳、細い首、何もかもがほっそりとした美しい乙女。「優美で気品にあふれた黄昏の姫君」、ラナウィンである。

 隣にいるローブ姿の青年は、黒っぽいさらさらの髪に小さな宝石を宿した額止めをし、切れ長の涼しいまなざしで、どこか一点をきつく見据えている。こちらもたいへんな美形であるが、彼こそが「常に冷静沈着、知的な大人の魅力にあふれる姫の想われ人」、ルシュドであった。

 ルシュドの下にいるのが、ハサード・ジン・カディオン、王国が誇る青騎士団のエースであり、現在はラナウィン王女の親衛隊隊長もつとめている「開きかけた花のように美しい若き騎士」。細そうな長い髪をひとつに束ね、そのおもても騎士にあるまじきほど女性的だが、みずきの表現も「女と見まがうほどに美しい」とあるので、原作に忠実といえるだろう。

 そしてカディオンの横を占めるのが、ラナウィン姫に熱烈な想いを寄せるイクヴァイール王なのだが……(美形にはすっかり食傷気味となってきたので、勝手ながら以下省略)。

「でもでも絶対ルシュドがトップですよね〜」奈緒の口元はみごとなまでに緩んでいた。「それに、も〜このルシュド、特にかっこいいと思いませんか? 前からYURIさんってすっごく絵がうまいなあって思ってたんですけど、もうこれなんて、切り抜いてしまいたいくらいですう〜!」

 ルシュドのイラストを指先で何回もなでる奈緒に、みずきは思わず苦笑いしてしまった。そして同時に、胸の底から何かがわくわくと浮き上がっていくような感覚をキャッチする。ほめ言葉によって呼び起こされるこの気持ちは、みずきにとって何物にもかえがたい快感だったし、幸せそのものでもあった。


……そう、無知な者はどの世界、どの時代においても幸いである……




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