002 無双
恐獣、それは戦争の道具として魔法によって人為的に造られた魔物だ。
トーネ川を挟んだ隣国バラーキ帝国が侵略戦争の閲兵として作ったと言われている。
その恐獣がカシーワの街に居るということは、チーバ王国はバラーキ帝国の侵略を受けたということだろう。
「崩れているのは北門の城壁か」
セインは丘を降りカシーワの街の南側から接近していたが、南門は固く閉ざされていた。
どうやら開いているのは破壊された北門の城壁だけのようだ。
セインはトレントの騎士をカシーワの街の城壁に添って北門へと走らせて行った。
そこには恐獣に破壊された城壁があった。
その破孔からトレントの騎士を街に侵入させる。
目の前には燃える家屋がいくつも見える。
「これは消さないと大変なことになるぞ」
トレントの騎士は水魔法と風魔法が使えるはずだ。
セインは水魔法で水を出すと家屋を消火する。
「これは効率が悪いな」
このような消火方法ではトレントの騎士の魔力が枯渇してしまう。
水魔法で水を出し続けるのは効率が悪すぎる。
恐獣が使う火魔法は着火という火事の切っ掛けでしか魔力を使わない。
着火さえすれば、後は可燃物が火災を大きくして行くので魔力効率が良いのだ。
だが水魔法は火が消えるまで水を魔法で生み出し続けなければならない。
「何か良い手は無いものか」
セインは思案した。
火が燃えるのは酸素があるからだ。酸素の供給を断てば火は消える。
しかし、風魔法で無酸素状態にしたら逃げ遅れた人の生命まで断ってしまう。
燃えない気体で火を弱めて水分で消す。
二酸化炭素を水泡で包んで放出すれば水よりも火が消えやすいだろう。
このような考えはこの世界の物ではなかった。
セインは転生者として前世の知識を使っていた。
「トレントの騎士、風魔法と水魔法で泡を作ってくれ!」
セインは二酸化炭素をイメージしてトレントの騎士に水泡の放出を願った。
するとトレントの騎士の左手から水泡が排出され火の着いた家屋を覆った。
みるみる火事が消えていく。
セインは次々と火事を消していった。
だが火を着けている元凶をどうにかしなければ火事も破壊も止められない。
「やはり恐獣を倒すしか無いか。君は恐獣を倒せるんだよね?」
セインは意を決するとトレントの騎士に尋ねた。
トレントの騎士はセインの制御を離れ腰の大剣を抜いた。
長きに渡る時を経たはずのその刀身は目映く輝いていた。
「やれるんだね? よし行こう!」
セインは恐獣に向かってトレントの騎士を走らせた。
恐獣がトレントの騎士に気付く。
恐獣は四足歩行で巨大なカエルのような生き物だった。
その喉袋が膨らんだと思うと口から火球を吐いた。
恐獣が使う火魔法だ。
トレントは樹木のモンスターだから当然火は弱点だ。
セインは腕を振るって火球を弾き飛ばす。
その動作がそのままトレントの騎士の動きとなり実行される。
トレントの騎士の腕がジュッと水分の蒸発する音をたてて焦げる。
「このままじゃトレントの騎士も燃えてしまう」
焦るセインを尻目に恐獣が続けて火球を放つ。
しかしトレントの騎士は、先ほど使った二酸化炭素を含んだ水泡を全身に纏っていた。
火魔法が掠るが水泡の水分と二酸化炭素による消火でダメージを受けない。
慌てた様子の恐獣が次の火魔法を準備する前に、トレントの騎士は剣の間合いに入っていた。
セインが大剣を恐獣に向けて振り下ろす。そのままトレントの騎士が動く。
恐獣は為す術もなく両断され骸を晒した。
ファンタジー系のゲームで有りがちな、倒した魔物が消えてアイテムがドロップするなんて現象は無かった。
離れた位置の恐獣がトレントの騎士を狙って火魔法を吹く。
それがトレントの騎士の身体に当たるが泡のためダメージを受けない。
セインはトレントの騎士に家屋の屋根に乗っている石を拾わせて右手の魔法弾発射口に詰めさせる。
そして風魔法で強風を放出、その勢いで石を発射する。
発射された石が恐獣の頭を貫通し倒す。
セインは街中に散った恐獣を計4体葬った。
トレントの騎士の運動性と大剣の切れ味、そして風魔法による石弾で恐獣は倒された。
それは無双と言ってよかった。
「動くな!」
立ち尽くすトレントの騎士をカシーワの街の兵士達が取り囲んだ。
兵士達から見ると、トレントンの騎士は怪しすぎた。
古い鎧に枝が伸び放題になって手入れもされていない様子のため、主人を失ったハグレ騎士に見えたのだ。
ハグレ騎士は厄介だ。制御が効かず暴れまわる可能性がある。
「僕は怪しい者じゃない」
セインはトレントの騎士に大剣を納めさせると両手を上げる。
その動作で騎士の制御下にあると理解したのか、兵士達も剣を下ろした。
「トレントの騎士よ。私はカシーワの街の領主軍隊長ジェーソンだ。街の救世主に礼がしたい。一緒に来てもらえないだろうか?」
セインは争う意思が無いことを示すためにトレントの騎士の胸部鎧を開いた。
「わかりました。同行します」
ジェーソンの先導でセインはトレントの騎士を領主館まで歩かせた。
◇◇◇◇◆
領主館に着くとセインは庭にトレントの騎士を跪かせると胸部のウロから降りた。
安全を確認したのか、館から身なりの良い男性が歩み寄ってくる。
「街を救っていただき感謝する。私がカシーワの街領主のカシーワ男爵だ。どうか礼をさせていただきたい」
セインは暫し思案すると、断わる理由もないので承諾した。
「わかりました。有り難く承りましょう」
男爵が館に入ると護衛の兵士に先導されセインも続いていく。
「ここでお待ちください」
セインは豪華な応接室に通されしばらく待たされることになった。
セインが座るとすかさず美人メイドさんがお茶のカップを配膳する。
香りの立つ、セインが飲んだこともないような高級茶葉の紅茶だった。
◇◇◇◆◇
「おい、あの汚い小僧が騎士で間違いないのだな?」
カシーワ男爵が眉を潜めながら尋ねる。
セインの身なりを見て騎士だとは信じがたかったのだ。
「間違いありません。男爵様もトレントの騎士から降りる所をご覧になったでしょう?」
「たしかにな。それにしてもあの年齢でトレントの騎士だとは……」
「私どもは恐獣を倒す所も見ました。凄腕です。あんな素早いトレントの騎士は見たことがありません」
ジェーソンの言葉にカシーワ男爵は思考を巡らせ悪い顔をする。
「これは我がカシーワの街で囲った方が得策かの?」
「バラーキ帝国の侵略は続くでしょう。その時にあのトレントの騎士が居れば、カシーワの街は安泰です」
「ならば何で繋ぎ止める? 金か? 女か?」
「金ではそのまま街を去りかねません。領地で縛るか、やはり女でしょう」
「女か。この後の晩餐会に女をみつくろっておけ。寄り子の騎士爵家にでも婿入りさせて縛ろうぞ」
カシーワ男爵と兵士隊長は悪い顔で笑った。
◇◇◇◆◆
「セイン様、旅の疲れがお溜まりでしょう、湯浴みの用意をしましたのでお入りください」
美人メイドさんが促す。
(わかってるよ。僕は臭いはずだ)
セインは今まで川で水浴びをする程度の生活を送ってきたし、服も一張羅で着替えていない。
そんな不潔な人間が社交の場の晩餐会になど出れるわけがないと理解していた。
セインは美人メイドさんに言われるまま風呂に入ることにした。
風呂は貴族が使うような金を使った豪華な湯船ではなく、兵士が集団で入るような大浴場だった。
セインは桶に湯を掬うと目の前にある石鹸を手にして泡立て身体を洗う。
「この世界で初めて石鹸を見たぞ」
セインは嬉しくなって石鹸を使った。
その時、入り口のドアが開くと湯浴み着に着替えた美人メイドさんが入って来た。
「申し訳ありません。湯浴みの作法をお教えせねばなりませんでした……。大丈夫なようですね?」
美人メイドさんはセインがきちんと石鹸で身体を洗ってから湯船に入ろうとしているところを見て動きを止めた。
逆にセインも裸に薄布一枚の格好で風呂場に入って来た美人メイドさんを見て動きを止めた。
2人の視線が交差しお互い赤くなるとセインが顔を背けた。
その初な反応に美人メイドさんの何かが弾けた。
「お背中流しますわ♡」
美人メイドさんが積極的にスキンシップをはかる。
逃げるセイン。
「だめです。R15指定してません!」
規制のおかげでセインは危機を脱した。
風呂から上がると脱衣所にはバスローブが用意されていた。
先に着替えていた美人メイドさんが、セインをそのままドレスルームに連れて行く。
美人メイドさんはセインのバスローブを脱がせるとセインに下着を履かせ、上等な服を見繕って一端の騎士に見えるように着飾ってくれた。
馬子にも衣装でセインは若き騎士に見えた。
「ご立派です♡」
美人メイドさんの視線は何故か下を向いていた。
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