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炎水祭  作者: 赤の虜
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水の社

 風が吹けば稲が揺れる。空には鳥が大きく翼を広げ、わずかに雲が漂う青空を飛び交う。

 喧騒は聞こえてもみな笑顔。好々爺が子どもの遊ぶ姿を縁側で見て笑う。透き通る川の周りには夕食とりに、岩場で談笑する壮年の男達。女は顔を合わせては世間話に花を咲かせる。

 大鷹眠る泉の前には、社が一つ。

 寄棟造りの社一つのみ。囲む建物などないし、庭も当然ない。

 あるのは社だけ。

 これは水の巫女が『炎水祭』に備えるための社。巫女は火と水、二人いるけれど、ここで休むのは水の巫女だけ。水の村では水の巫女が休み、火の村では火の巫女が前日を過ごす。

 それが決まり。『炎水祭』の決まりだけは破ってはいけない。親の言いつけは破ってもいいが、『炎水祭』の決まりだけは破るなと村人には幼少の頃から言い聞かせられている。

 今日はその村人にとって、大事な、大事な『炎水祭』の前日。

 中には当然、水の巫女がいる。

 「ここは埃臭くて嫌だわ」

 水の巫女はスイという名である。

 社の中は昼間であるというのに暗い。窓などない。あるのは風を通すための小さな蔀だけ。光源は小さな机に置かれる、灯台に灯された一本の蠟燭。

 スイはその暗い、社の中で座っている。足を折りたたみ、正座。下には蚕の綿を敷き詰めた座布団を敷き、背筋を張り、机上に置かれた巻物をじっと見つめている。

 スイは巫女服を着ている。ただ、水の巫女は赤い裾の袴は着ない。彼女の裾は水の巫女らしく青で彩られている。赤の裾を着るのは火の巫女である。

 この場にはスイの他にもう一人、女がいる。

 「スイ様……そんなことおっしゃらないでください。ここは『炎水祭』のために英気を養う神聖な社、中は隅々まで清掃しております。埃など思い過ごしに違いありません」

 水の巫女であるスイの侍女である。年の頃は二十ほど。成人が十五である村では立派な大人である。対するスイは十五。成人したばかりであり、侍女ほど大人に慣れていない。

 「…………」

 スイの視線は巻物を注視したまま。

 「スイ様! 聞いておいでですか!」

 「……ああ、ごめんなさい。私に言っていたのね」

 「他に誰かいますか?」

 「いるかもしれないわ。ここは代々水の巫女が『炎水祭』の前日を過ごした社なのでしょう? もしかすると、火の巫女の幽霊がいたりするかもしれないわ」

 「馬鹿馬鹿しい。火の巫女は火の村で生活していて、『炎水祭』までは水の村に近寄ることすらできません。幽霊になっても大鷹様が近づけるものですか!」

 「……そうね、大鷹様がいるものね。火の巫女なんて近づけないわ。……ごめんなさいね、明日に『炎水祭』を控えて緊張しているのよ」

 「スイ様……」

 巻物を手にして、侍女へと差し出すスイ。

 「『炎水祭』はただのお祭りなんかじゃあない。大鷹様と大鴉様、精霊と災禍の争いをなぞっていく、言わば火と水の……儀礼的な戦争」

 巻物がスイの手で開かれ、そのまま侍女に手渡す。

 「二人の巫女はその舞に想いを託し、大鷹様と大鴉様を霊的に復活させ、今度は祭祀として戦ってもらう。……前日に社に泊まるのはその準備」

 スイがまた開かれたままの巻物を侍女から回収する。

 「前日になると巫女は『炎水祭』の舞、そこに込める想いを強めるために小さい頃からずっと記してきた日記を読む。……思い出に浸るときくらい、外を恋しく思ってもいいじゃない」

 袖で目元を隠すスイ、それを見た侍女。

 「スイ様のお気持ちも知らずにすみません! 小さい頃からずっと仕えてきた身でありながら、恥ずかしい!」

 「気にしないで。無理もないわ」

 「寛大な御心に感謝します!」

 スイは感激する侍女に微笑む。

 「一人で日記を読むのはつまらないわ。あなたも聞いてくれるかしら?」

 「はい! 喜んで!」


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