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【亜人大憲章】

 ・人族に敵対的ではない友好、あるいは中立の人型に酷似した生物。

 ・知恵を持ち、言語を解し、文化的生活を送る生物。


 これらの条件を満たす生物を『亜人』と定義する。

 ――【亜人大憲章】にはそう記されている。


 ◇


 ウォルダン師の依頼は簡単なもので、エルフの里に向かってそこに捉えられているモンスターたちを素材にメイドを作れという内容だった。

 扱うモンスターは低級のものばかりなので難易度は低いが、依頼にかかる経費は全額向こうで持ち、依頼料自体も通常より高い。移動を含めた拘束時間は長かったが、その分を含めても割増である。

 これだけならば美味しい仕事に思えるが、ウォルダンがフレイにこの仕事を 押し付けた・・・・・理由はもちろん存在していた。


「……フレイ。当然お前も知っていると思うが、エルフは亜人だ。かの【大憲章】が定められる前まではモンスターと一括りにされていた者たちだ。」


 奥のリビングに通され、リリィが入れたお茶をすすりながら、苦い顔でウォルダンは語る。


「当然、奴らは我々メイド錬金術師にいい感情を抱いてはいない。奴らの同族を狩り、『エルフメイド』にした人族を、メイド錬金術師を仇敵と定めている者は多いのだ。私も若い頃に何度かこの仕事をしたことがあるが奴らは陰湿だぞ。隙あれば我らを貶め、メイド錬金術を嘲笑し、人をよく深い業の深い生き物だと見下してくる……!!」


 話しているうちに当時の屈辱を思い出したのか、茶飲みを握る手に力が入り、ブルブルと震えだす。初老を迎えたウォルダンの若い頃の話なのだから、今から数十年も昔の話である。それなのに思い出すだけで怒りに震えるというのだから、よほどのことがあったのだろう。


「過去の話などとは思うでないぞ。奴らにとって数年も数百年も大して変わらんのだ。人とエルフの戦争があった時代から生きている者も大勢いる。お前が若く未熟なメイド錬金術師であろうと容赦はしないだろう。むしろお前を叩き潰し、悪の芽を一つ摘み取ったと喜ぶ者たちの方が多いであろう」


 正面に座っていたフレイにビタと視線を向けて、ウォルダンは尋ねた。


「周りは全て敵だらけ。頼れるのは己と己のメイドたちのみ――それでもこの依頼を受けるというのだな?」

「はい、受けます! やります!! やらせてください、先生!!」


 ――一瞬の迷いも存在しない即答だった。


「……お前ならそういうだろうと思っていたよ。ほれ、これが契約書だ、よく読んでサインをしてくれ」

「はい!」


 目をキラキラと輝かせながら契約書の文面に目を落とすフレイ。

 十五歳、年相応の少年らしさ溢れる熱意を前にウォルダンはそれ以上は何も言わずに茶をすすった。喋り疲れて乾いた口の中にふわりと広がる茶葉の香り。美味い。これを淹れたメイドはなかなかのものだ、といつもの癖で採点をしてしまう。

 まあ、自分の店のメイドたちならこれ以上に美味い茶を淹れる者もたくさんいるだが、と年甲斐もなく対抗心を燃やすことも忘れない。


 先ほど言ったようにエルフの里での仕事は面倒事が多い。

 普通なら独立仕立ての少年に回すような仕事ではなく、世間にも仕事にも慣れてある程度すれてきた若手か中堅に巡ってくる仕事だ。

 そんな慣習を破ってまでウォルダンがフレイにこの仕事を与えた理由の一つが何を隠そう、嫌がらせである。ウォルダンはフレイを嫌っていた。店の者もそのことを察していたほどである。なので面倒で難しい仕事をフレイに持ってきたのだ。

 せいぜい苦労すればいい、などとウォルダンが考えている目の前で契約書に目を通し終えたフレイが顔をあげた。そして契約書の一点を示し、質問した。


「ヴォルダン先生。この経費の項目ですが――」

「これは――通常は――」


 契約書の疑問点や詳細についてしっかりと質問してくるフレイに、ウォルダンも前例をいくつか交えながら的確に答えていく。

 この若さで店を持つだけのことはあり、フレイは十五歳とは思えない頭脳と才能を持っていた。エルフの里までの行き来に必要な物資の見積りや向こうで使用する各種素材、その運搬方法などウォルダンから見ても抜けのない計画を即座に組み立てていく。

 この若さと才能がウォルダンの胸を焦がすのだ。


「――では、これで契約成立ということで。明日中に準備をすませて明後日には出発します」

「うむ。任せたぞ、フレイ。決して私の名前を落とすようなことはするなよ?」

「はい! お任せ下さい、ウォルダン先生!!」


 最後まで元気溌剌としたまま、笑顔でウォルダンを見送るフレイだった。


 ◇


 ウォルダンが帰ったあとリリィが塩を撒いていたのをフレイが止めた。塩だって安くないのだ。床に撒いたら掃除も必要だし勿体ない。


「私、あの爺大嫌い! いっつも私のことを変な目で見て……絶対いつか血祭にあげてやるわ」

「変な目って……あれは多分リリィのことを推し量っているんだと思うけど。職業病みたいなものだから仕方ないと思うよ」

「なによ! ご主人様はあの爺の見方なの!? あいつ、ご主人様のことだって変な目で見ているじゃない!!」


 プリプリと怒るリリィ。怒りの原因がリリィに向けられる視線か、それともフレイに向けられる胡乱げな視線なのかは定かではない。

 温くなったアサル茶を飲みながらフレイは答える。


「別にいいじゃない、あのくらい。そのおかげでエルフの里なんていう面白い依頼を受けられたんだよ?」


 師の前ではキラキラと輝いて見えた少年の瞳は、今はギラギラと妖しく揺らめき、隠しきれない興奮を示していた。


「エルフ……! 【亜人大憲章】のせいで世間から消えてしまった幻の『エルフメイド』の素材たち……! できれば一匹くらい連れ帰りたいけどそうはいかないだろうな……。それでも間近で触れ合い観察できるまたとない機会だ……ふふ……ふふふふふ……」


 ティーカップを片手に凡人には到達できない地平へトリップするフレイ。

 師匠に嫌われていることも、今回の依頼が嫌がらせであることも百も承知である。

 だが、嫌がらせのような難しい依頼であればあるほど、滅多にお目にかかれない珍しい素材にめぐり合うチャンスでもあるのだ。


「もっと僕に依頼を……希少な素材たちとの出会いの場を提供してくださいウォルダン先生……!」


 これが嘘偽りないフレイ少年の本心なのだった。

 ――つまり変態である。

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