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メイド道

 お使いは基本的にメイドの仕事だ。

 石畳の敷かれた道を歩くリリィの周りをメイドの格好をした少女たちが忙しげに行き交っていく。


 小柄な体格のリリィよりもさらに一回り小さい彼女たちはゴブリンメイド。メイドカーストの最下位に位置する大量生産型メイドである。

 小さく、非力で、頭もあまり賢くない。服装は全員が同じような白と黒のパターンオーダーのメイド服を着ていて、左腕に所属を示す腕章を付けるのが通例だ。

 手に持ったバスケットや背負った籠の違いはあるが、言われた場所に訪れ、品物の受け渡しをして戻ってくるというのがゴブリンメイドのお使いである。言伝は忘れる可能性があるので必ず手紙を持たされる。

 このように使用に一手間が必要だったり難しい用事は言いつけられないが、それでもゴブリンメイドが行える仕事は多々有り、単純作業を任せるられるという点でゴブリンメイドの需要は尽きることはない。

 社会の歯車、潤滑油、あるいは血液とも言える存在がゴブリンメイドたちなのだ。


 そんなゴブリンメイドたちとは一線を画すのがオーダーメイドの制服を着用した上級メイドたちである。

 服装はメイドの格を表す記号の一種であり、所属やメイド自身の性能に応じて相応しい制服を着用するように推奨されている。

 その点、リリィのメイド服は赤と黒のオーダーメイドであり、彼女の為にあわせて一からデザインされた特注品である。見る者が見れば最上級の格を持ったメイドだとひと目でわかるようになっている。


 そんなリリィが歩くと周囲のゴブリンメイド達がわっと離れていく。前からゴブリンメイドも後ろから追い越していくゴブリンメイドも、誰ひとりとしてリリィの側には近寄らない。

 格下のメイドが格上のメイドの前を塞いではならない、というのがメイドの常識だからだ。

 それほど狭くない大通りで、リリィの周囲と進む方向だけがぽかりと空間が開けている。このようにゴブリンメイドで作られた道を悠々と歩くことが上級メイドの証である。


 ◇


 主であるフレイから言いつけられた商品を注文して数件の店を巡り、次の店へ向かおうとしたところで、前方のゴブリンメイドの群れがざわりと気配を変えた。

 視界が開けた先にいたのは、もう一人の上級メイドであった。

 着用している服は青。美しいコバルトブルーのワンピースに真っ白なエプロンという、この街では知らぬ者は一人もいない、高級メイド錬金術店『ブルーブラッド』の制服である。

 金の髪を靡かせ、青玉のように輝く瞳の美女が歩いてくる。

 自信に満ち溢れた姿はまるでメイドたちの女王であると言わんばかり。だが、その態度もあながち間違いではないのだ。

 この街の最古参にして最高級の店と噂される『ブルーブラッド』所属となるとメイドの格としては最上級。貴族の所有しているメイド相手でもない限り、道を譲られて当然というのがこの街の常識である。


 前方からやってくるのが『ブルーブラッド』のメイドであるとリリィもすぐに気がついた。

 青、萌黄、赤の三色は御三家の色だというのはこの街に住んでいればすぐに知れる。

 そうと知った上で、リリィは前へと踏み出した。


「――っ!?」


 先ほど以上のざわめきが周囲で巻き起こる。

 たまたまこの場に居合わせたゴブリンメイドがぽかんと理解できない存在を見るかのようにリリィへ視線を向ける。

 彼女たちの小さな脳みそではこの異常事態を処理しきれなかった。


 悠々と自分の前へと歩み出たリリィの存在に気がついた『ブルーブラッド』のメイドは顔色を変えた。

 これは反逆である。許されざる蛮行である。下賎な存在が無謀にも下克上を挑みに来た。

 ならば上に立つものとして、目の前に立ちふさがった挑戦者を叩き潰さなければならない。

 見せしめとして、このような愚行を二度と企む者が出ないように、プライドの欠片一つ残さず微塵に化さなければいけないのだ。


 ――空気が、重く歪む。


 青いメイドの周囲に濃厚な死の予感が撒き散らされる。

 彼女から放たれた殺気――重力さえ感じそうな凶悪な意志の刃が解き放たれる。


 メイドはモンスターから生まれるモノ。

 姿形を変え、使えるべき主を得て、人間社会の枠組みに組み込まれたといえど、その本質、猛る暴力の気配はそう簡単に変えられるものではない。

 視線だけで駆け出し冒険者に死を覚悟させるような絶対零度の眼差しがリリィへと差し向けられる。その余波を受けたゴブリンメイドたち数匹が地面にひっくり返ってしまう。


 そんな物理的圧力さえ伴っていそうな視線を受けながら、リリィは微笑みを浮かべてみせた。

 まるで温かい春の日差しの中でティータイムを楽しむ少女のように。

 無邪気に、なんの力みも警戒もなく、心地よさそうに目を細めてみせた。

 そして、目の前で自分を睨みつけるメイドを見上げて――かすかに首を傾げた。


 どうしてこのメイドは退かないのかしら?


 そう言わんばかりの、道端に転がる奇妙なモノを見つけたような眼差しだった。


「…………っ!!!!」


 ――青と赤の視線が交わった瞬間、声もなく青いメイドが飛び退った。


 熱された鉄板に思いがけず触れてしまった時のように、電光の速さで道をあける青いメイド。

 飛び退った先にいたゴブリンメイドが踏まれて潰れたカエルような声を漏らしたが、誰も哀れな被害者の姿を見ていなかった。

 血の気の引けた真っ青な顔で震える名店『ブルーブラッド』の上級メイドの姿と、それに一瞥すらせずに再び悠々と歩みだした漆黒のメイド。

 この街では有り得ない光景が繰り広げられていることを、人間たちは誰ひとりとして気がつかなかった。ただ、この場に居合わせたメイドたちだけがそれを知っていた。


 ◇


 ――無事に『格付け』を終えて機嫌よく足取りも軽く帰ってきたリリィ。

 彼女がお使いを済ませて店に戻ってきた時、普段なら『営業中』と掲げられているはずの看板が『休憩中』に変わっていた。

 なにかあったのかしら、と内心で首を傾げながら店内へ入る。

 中にいたのは三人。

 カウンターに座って笑顔を向けるリリィの主人フレイと、その前に立つ二人組の客だ。


 一人は初老の老人、ヴォルダン。そろそろ頭が寂しくなり始めている小柄な男性でフレイに錬金術を教えた師匠である。

 もう一人は白と紺のメイド服を着た上級メイド。背に一対の鳥のような羽を有している妙齢の美しいメイドである。こちらはヴォルダンのお付だろう。エプロンの裾にヴォルダンの店のマークが入っていた。


「おかえり、リリィ! 急で悪いけど仕事が入ったよ」

「仕事?」

「師匠が紹介してくれたんだけどね……」


 嬉しさが抑えきれない弾んだ声でフレイが言った。


「――『エルフの里』でメイド錬金の依頼なんだ」

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