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小さなメイド錬金術店の小さな一歩

 今から数百年前。一人の天才錬金術師が生み出した『メイド錬金術』という奇跡の業によって時代は変革を迎えた。

 襲い来るモンスターたちを捕まえ、従順なメイドに仕立てあげることで労働力と戦闘力に変えてしまう。脅威を糧に力を得る、まさしく神の如き所業である。


 このメイド錬金術によって人類の生存圏は大きく拡大した。

 かつて、ゴブリンと言えば数を頼みに人里を襲い、男を殺し、子供を食らい、女を犯してその胎を利用して数を増やすという悪夢の権化のような存在であった。


 だが、メイド錬金術の登場によってこの状況は一変した。

 人々はゴブリンを捕獲し、雄のゴブリンは処分する一方で雌のゴブリンをメイドにしてしまった。

 今日の高度メイド化社会においてこの『ゴブリンメイド』は重要な労働力として管理・運用されているが、このような人間によるゴブリンに対する『逆襲』をメイド錬金術は可能にしたのだ。

 野生のゴブリンたちはこの後、ゴブリンメイドを求める人間たちに襲われ、年々生息地を減じていくこととなる。

 ゴブリンたちだけではない。人食い鬼オーガや草原を駆ける魔狼の群れ、森の覇者である虎や熊といったモンスターたちの須らくをメイドに変えて人間たちは新たな力と生きる場所を手に入れてきたのだ。


 こうした人類はこの世界にしかと生存圏を確立し、現在も拡大しつづけている。その覇業の礎となったメイド錬金術は、今もまた新たなメイド錬金術師たちに脈々と受け継がれているのである――。


 ◇


 フレイは新米メイド錬金術師である。

 近くの街の老舗メイド錬金術店に十歳で弟子入りをしてから五年。十五歳を迎えたこの春に師匠から一人立ちの許可を授けられ、住み慣れた街を離れて新しく自分の店を持ったばかりの少年だ。


 借りたばかりの店舗は小さく、狭い店内にカウンターが一つと陳列棚が左右に並ぶだけ。

 陳列棚の商品はフレイは錬金術で作ったアイテムだ。主な売れ筋はポーション、保存食、捕獲用の麻酔薬など。客から要望でテントや寝袋、薪なども少しだけ置いてあり、そちらも利幅は少ないがそこそこ売れる。

 この店のメインの顧客層は冒険者たち。『冒険者』というのはモンスター退治と捕獲の専門家のこと。街から離れたモンスターたちの生息地に踏み込み、依頼を受けた素材を集めたり、モンスターを捕獲して街まで連れて帰る職業である。

 メイド錬金術の素材となるモンスターは生きているモンスターしか利用できないので、凶暴なモンスターを生け捕りにできる専門職が必要となるのだ。


 そんな冒険者たちを相手にして商売を行い、時に持ち込まれたモンスターをメイドに変えるのがフレイの仕事なのだが、残念ながら今までメイド錬金の依頼を受けたことがなかった。


「この街にはもうメイド錬金術店が三つもあるんだもの。そりゃ新規参入は厳しいよね……」


 『ブルーブラッド』。希少なモンスターメイドを扱う高級店。

 『赤帽飯店』。ゴブリンメイドなどの安いメイドを主力に抱える量販店。

 『萌黄屋』。一風変わった商品や特注品に強いユニーク路線が売りの店。


 以上の三店が幅を利かせているせいで利用客が全てそちらに流れてしまうのだ。

 ぽつりとこぼした愚痴もがらんとした店内に染み込んで消えてしまう。この調子ではメイド錬金の仕事が来るのは遠そうだ――。


「ご主人様、ご飯よ」


 店の奥からひょっこりと顔を出したメイドの少女、リリィがフレイを呼ぶ。

 昼食の用意が出来たらしい。


「ああ、すぐ行くよ」


 カウンターから立ち上がって店の外扉につけていたプレートをひっくり返す。

 【休憩中】。

 昼食時なので客も来ないとは思うが毎回律儀にプレートはひっくり返すようにしている。元の修行先で身につけた習慣だった。


「リリィ、今日は何を作ったんだい?」

「今日はホットドッグとサンドイッチよ。さっきポールが持ってきてくれたの」

「……たしか二つ向こうの地区にあるパン屋さんの店員さんだったかな? あそこ、配達ってしていたっけ……?」

「さあ? 焼きたてで美味しいからどうぞって持ってきてくれたわよ?」

「そ、そう……」


 店の奥にある居住空間、リビングのテーブルの上にはリリィの言ったとおり湯気が出そうなほど熱々のホットドッグとサンドイッチが置かれていた。


「はい」


 リリィが台所からポットとカップを二つずつ乗せたトレイを持ってきた。

 フレイの前にはアサル茶葉で淹れたポットを。自分の席にはホットミルクのポットを置く。

 リリィが専用の白いマグカップにミルクを入れて、さらに蜂蜜をたっぷりと投入する。蜂蜜はかなり高価なのだが幸せそうにティースプーンでかき混ぜる姿に何も言う気になれず、フレイは自分のティーカップにアサル茶を注いだ。


「入れるわよ」

「うん」


 いつの間にかミルクのポットを手にしていたリリィがフレイのティーカップに注いでくれた。

 アサル葉のミルクティー。この街に越してきてからのフレイのお気に入りである。アサル葉の独特な香りをミルクが和らげ、香り高く親しみやすい柔らかなお茶にしてくれるのだ。



 昼食後。食後の一杯を楽しみながら二人で午後の予定を確認する。


「リリィ。午後から工房に籠るから、また店番を頼むよ」

「わかったわ」


 午前はフレイが店番を、午後はリリィが店番をするのがこの店の基本運営だ。午後の時間にフレイが商品を作成して売れた分の補充をすることになっている。


「今日は新しい商品があるからそれもおススメしておいてね。何個か売れるといいんだけど」

「あら、また変な物を作ったの? この前の新商品だってようやく売り切ったのに」

「へ、変な物じゃない、ちゃんとした商品だよ……この前のやつだって……」

「でも売れないし人気もなかったじゃない。『結界石』だっけ? 店の隅で埃を被っていたの」

「あれは……ちょっと値段設定を間違えたから、だから売れなかっただけだから……」


 この街に店を構えて日が浅いフレイの知名度が低いのは当然で、売れている商品も定番のポーションなどがほとんど。少しでも目新しいものは途端に売れ行きが鈍ってしまうのだ。

 今後の主力商品として満を持してフレイが売り出そうとした『結界石』は使用すると周囲に魔物を退ける結界を展開するという触れ込みだったのだが、やや強気な値段設定と無名の錬金術師が作ったという点から疎遠され、かなりの期間売れ残っていた。

 それがこの店の現状だった。


「でも、このままずっとポーションだけでやっていくわけにもいかないんだよ。今後いろんな商品を売っていく為にも、メイド錬金術師としてこの街で売り出す為にも、少しづつでいいからお客さんに売り込んで行くしかないんだ」


 瞳に強い光を宿してそう言い切るフレイ。目標とする未来へと向かう揺るぎない意志が込められていた。

 今後メイド錬金術を売っていくにしても、まずは普通の錬金術の腕で認められる必要がある。メイド錬金術は既存の錬金術の発展上にあるというのが世間の常識、錬金術の腕が低ければまともなメイドなど作れないと見なされるのだ。


「ふぅん……。まあいいわ。ご主人様がそういうなら売り込んでおくわよ」

「うん、よろしく頼むよ。これの評判次第で今後の新商品の売れ行きも変わると思うし、お客さんからの意見とかもあったら聞いておいて」

「はーい」


 食事を終えて立ち上がったフレイに続いて、リリィも自分の席を立った。そしてするりと身を寄せるとフレイの頬にキスを落とした。


「お仕事がんばってね、ご主人様♪」


 いたずらっ子の笑を浮かべ、楽し気に言い残してさっさとリビングから出て行ってしまう。

 甘い香りが漂っていた。


 ◇


「いらっしゃいませー」

「リリィちゃん、いつもの五本くれよ!」

「はーい」

「リリィちゃん、こっちは保存食十日分! 防毒と毒消しのポーションも二本ずつつけてくれ!」

「はいはい」

「リリィちゃん、この捕獲用の麻酔薬ってどのくらい効くの? 試していい?」

「帰れ」


 午後になってリリィが店の表のプレートをひっくり返すと、少しづつ客が店にやってきた。

 近隣に拠点を構える冒険者たちが、リリィ目当てにやって来てはそのついでに商品をいくつか買っていくのだ。


 メイドが社会に普及したと言っても上から下まで全員が全員メイドを連れているわけではない。冒険者の場合は駆け出しを抜けて中堅に手が届くかどうか、というラインでようやくメイドを購入できるのが一般的である。

 そして、この店にやってきているのはほとんどが駆け出しの冒険者。自分のメイドをまだ持っておらず、いつかは自分専用メイドを……とメイドドリームを抱いて冒険者になった若者たち。

 そんな彼らがすぐ目の前、手の届く範囲にいる美しく可憐なメイドに熱にあげてしまうのは仕方のないことだった。


「ポーションもいいけど、これもちょっと見ていってちょうだい。新商品なの」

「ん? なんだこりゃ?」


 いつもポーションを買っていく常連客を呼び止め、カウンターの上に置いていた新商品を手に取って勧めるリリィ。

 彼女の真っ白な手の中にあるのは小さなメモリのついた四角い木の箱だ。


「これは探魔計っていうんだけど、このメモリがあるでしょう? ここが右に行くほどこの場所の魔力が濃くて、左にいくほど魔力が薄いの」

「……それが何だっていうんだ?」


 リリィに呼び止められてお話をできることに内心で喜びつつ、冒険者の少年は新商品のタンマケイとやらに首を傾げた。

 魔力の濃い、薄いがわかったところで何の意味があるのかわからなかったのだ。


「モンスターは魔力を纏っているのよ? その残滓は必ずその場に残るわ。それが濃ければついさっきまでその場にいたということだし、薄ければかなり前の痕跡だってことがわかるわ」

「……へえ。濃い、薄いでそんな違いがあるのか」

「それに、もしもこの探魔計のメモリが振りきれるようなことあったらね。その場にとんでもない大物がいたってことなの。少なくともオーガ以上の大物ね」

「オ、オーガだって!!??」


 人食い鬼オーガ。駆け出し冒険者が出会えば間違いなく殺される、死因ナンバーワンを争う恐ろしいモンスター。行動範囲が広く、自分の縄張りの外でフラフラと徘徊していることも多い、いつバッタリ出会うか分からない歩く悪夢である。

 そんなオーガが近くにいる、あるいはついさっきまでそこにいたと知ることができるアイテムがある。

 そう思うと、ついさっきまでガラクタに見えていたものが急に素晴らしい宝物に思えてくるから不思議だ。


「い、いくらなんだ!」

「これはね……」


 告げられた値段は意外と安かった。前回の報酬と貯金の一部を切り崩せば買えなくもない。


「……よし、買った! 一個くれ!!」

「はい、どうぞ♪」


 この一個がきっかけではないが、この後もポツポツと何個か探魔計は売れていき、駆け出し冒険者のお守りとして少しずつ広まっていくのだった。

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