メイドのいる朝
カーテンを引き開けて朝の陽ざしを部屋の中に入れる。
ベッドの上にはシーツに丸まった山が一つ。
陽ざしを避けるようにモゾモゾと動く白い山を抑え込み、めくってみると中から銀色の輝きがこぼれだす。
朝の光にキラキラと輝く銀糸の髪。艶やかな長い髪を手に取ればサラリと逃げてしまう。
その白銀の髪の持ち主はいまだに目が覚める気配はない。少しでも光から逃げようと背を向けて丸くなってしまう。
十代前半の美しい少女だ。胸元や裾をレースで飾った純白のネグリジェを身にまとった、透けるような肌の白い少女。まるで光の中に溶けて消えてしまいそうな儚さがあった。
至高の芸術品のような少女の寝姿であったが、このまま座して鑑賞しているわけにはいかない。
温めておいたミルクをカップに移し、金色の蜂蜜を一滴垂らす。白と金が混ざり合い、部屋の中になんと言えない幸せな匂いが広がっていく。
「んにゅ……みるく……」
ベッドの上の調度品と化していた少女が眠たそうに眼をしょぼしょぼさせながら呟いた。
焦点が合わない少女の前にミルクのカップを差し出せば、それは幸せそうな微笑みを浮かべた。
火傷をしないようにぬるめに温められたミルクを、少女がこぼさない様に支えながら飲ませる。
「おいしい……んくんく……」
母親が我が子に乳を与えるように、慌てることなく、ゆっくりと、少女にミルクを与える。
それが終われば身支度だ。
ネグリジェを脱いで着替えるのは漆黒のワンピース。服の端々につけられたフリルがワンポイント。
白銀の髪にも丁寧に櫛を入れる。うっとりと目を閉じて気持ちよさそうにしている姿は可愛らしく、一層しなやかに輝きを増した髪は極上の手触りでサラリと手の中を滑る。
名残惜しく感じながら、櫛を入れ終えた髪を黒と赤のリボンで飾る。
髪をとかし終え、リボンを結んだところでようやく少女は両の眼をしっかりと見開いた。
極上の紅玉のような真紅の色彩で煌めく少女の瞳。
紅い瞳と薔薇色の唇が楽し気に、大胆に、不敵な笑みを描き出す。
この年頃の少女だけが持つ透明な無邪気さと、日向に微睡む子猫のような愛らしさと、生まれ持った誇り高さと。
自らがこの世界の主役であると、この世界に恐れるべきものなどありはしないのだと、そう信じているものだけが浮かべられる笑みを浮かべ、少女は立ち上がる。
姿見の前でふわりと一回転。身だしなみに乱れがないことを確認し、少女が最後に手に取ったのは赤いエプロン。
それを腰に着けて準備は完了。大きな姿見に覆い被せて後ろを振り返る。
朝の身支度を手伝ってくれた相手に少女は深々と頭を下げた。
「――おはようございます、ご主人様」
白銀と漆黒と真紅の少女――メイドのリリィの一日は、こうして始まるのだった。