最終話
「では、皆さん! 今日は花見オフin上野公園、お疲れさまでしたー!!
気を付けて帰ってくださいねー!!」
タヤの号令で公園から解散方向に動き出す。
タヤの周囲は結構な人が蠢いているから、このあとの予定もありそうだけど。
「じゃ、私はバイトあるから行くね!! 今日は楽しかったよー!!」
超爽やかな顔をして、ミヤは駅とは反対方向に去っていった。
やりたい放題してやがったからな、あいつ。間違いなくこのオフを最も楽しんだ人物じゃね。
つか、バイト前であんな飲むなや。
「ミヤさん、行っちゃいましたね……」
「だなぁ。……あれ、そういや…………」
あれからシュウヤを見てなかったな。
あいつどうしたんだろ。
「カリヤぁぁぁぁぁ」
「うぉっ!?」
背後から子泣き爺よろしく張り付かれた。
振り払うとシュウヤはべちゃっと地面に潰れた。軟体生物か。
「どうした。死んだか?」
「死んだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ」
死んだらしい。まぁ、こういうオフってのは、あくまでもその場のノリを楽しむもんなんだろうからしょうがない。
それでも、今日は一日こいつと一緒にいて情も湧いてる。
さすがにこの状態を放っておくのは忍びないな。
「飲みでも行くか。さんざん飲んだから飲まなくてもいいんだけど」
「行ぎだいいいいぃぃぃぃぃぃぃ。でもバイトの面接あるぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「おま……面接あるのにそんなんで大丈夫なのかよ」
すくっとシュウヤは立ち上がり、マジ顔になる。
「大丈夫かと聞かれたら、ガチで不安になりますね。
ねぇアヤちゃん、俺に大丈夫って言ってくれる?」
「だ、大丈夫です! 面接がんばってくださいね!!」
「ありがとうアヤちゃん! ところで俺と連絡先交換しない?」
「しません」
「ぐぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
こいつ馬鹿だろ。学習しなさすぎじゃねーか。
「面接何時からだよ」
「18時」
「間もなくじゃねーか。はよ行け!」
シュウヤに軽く蹴りをいれると、ヨロヨロと歩きだした。
と、シュウヤが止まって振り返った。
「カリヤ。俺バイトの面接受けるのこの近くなんだ」
「あぁ、今ならまだ間に合うんだろ。急げよ」
「うん。カリヤ、アヤちゃんも、じゃね!!」
シュタっと手を上げて、シュウヤが走っていく。
なんとなくそのままシュウヤを見送ってしまった。
時間は一分もしない程度だ。シュウヤはすぐに見えなくなった。
…………。
「帰るか」
「……ですね」
二人して歩き出す。
俺たちは来た時と同じ、上野駅公園口の改札を通過した。
◇ ◇ ◇
「あ、私、ここです」
駅構内の真ん中を過ぎたあたりまで来て、アヤさんは足を止めた。
「そっか。……一応下まで送るか?」
何が一応なのか自分でも謎だが、言ってしまった言葉は取り消せない。
だが、俺の謎台詞に、アヤさんは穏やかに笑った。
「じゃあ、お願いします」
「おう」
二人で並んで階段を一段一段降りていく。
「アヤさんはこの後、家に帰るだけ?」
「はい。カリヤさんは?」
「俺も。家帰って、風呂入って寝るだけ」
「私も同じです。あ、でも洗濯だけはやらなくちゃいけないですね」
「そっか。じゃあ俺は洗濯に加えて風呂掃除でもすっかな」
「ぷ。なんで張り合うんですか」
「なんでって。そりゃ年下に簡単には負けられんだろ」
「…………そうやって無駄に張り合う方が、子どもっぽいですよ」
「ほっとけ」
俺たちは階段の中程まで来た。
もはや早いのか遅いのか普通なのか、自分でもよくわからなかった。
「今日、楽しかったですね」
「そうだな。タヤには感謝だ」
「桜綺麗でした」
「桜にも感謝だな」
「感謝しきりですね。ラッパーですか」
「じゃあ親にも感謝しないとな」
「親はリスペクトですね」
「リスペクトはシュウヤだな。俺には真似できん」
「リスペクトはしませんけど、確かに真似はできませんね」
ひでぇ言いようだ。
今更ながら、結構いい性格してるぞこやつ。
「あはっ。楽しかったです」
アヤさんが最後の一段を飛ぶように降りた。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「はい。カリヤさんもお気をつけて」
「おお。じゃあな」
軽く手を上げると、アヤさんも手を振ってくれた。
俺は階段を上がり始めた。
相変わらず、早いのか遅いのか普通なのか、自分ではわからない。
ふわふわした足取りで、俺は階段を上り終えた。
…………。
一瞬だけ迷って、俺は目的のホームへと向かう。
何を迷ったかって?
そりゃ振り返るかどうかだよ。
向こうがこっち見てりゃ格好つくけどさ。
あさっての方見てたり、ましてや移動していなかったりなんかしたら目も当てられないだろ。
「……って、誰に言い訳してんだ俺はよ」
目的のホームは1つしか離れていない。
とんとんとん、と軽快に階段を降りる。
上るときはのったらしてるけど、降りるのは楽だ。肉体に負担がかかろうが降りる方が楽だ。
ホームに降りたところでベルが鳴った。
電車はすでに停車していた。もうすぐ動き出すのだろう。
中を見ると、立ってる人が散見された。
とりあえず前へ行くか。座れるかもしれないし。
いつものようにそう思って、早足になる。
ベルは鳴り響いているが、そろそろ終わりそうだ。
俺は駆け足に切り替えた。
電車内での移動は面倒だからな。車内には30分はいるし、どうせなら座って帰りたい。
走る。
走る。
俺は勢いのまま前に迫った階段に足をかけた。
一段飛ばしで一気に駆け上がる。
いつもなら息が切れるだろうに、まるでそんな様子はない。というか、そんなこと気にしている余裕は皆無だ。
俺は階段を駆け上がって、通路を走って、また一段飛ばしで階段を駆け降りた。
息つく間もなく、俺はそのまま真っ直ぐに走った。
…………。
「いねぇし」
は。笑える。
一瞬、ホーム全部を探そうかと思ったがやめた。
たとえそれで見つけたとして、なんつーんだよ。バカだろ、普通に引かれるわ。
俺はゆっくりと階段を上がり始めた。
最初に上ったときよりも糞疲れる。
「……なんだよ。彼女は幻でしたとでも言うんかよ」
誰に愚痴るでもなく呟いた。
ああ、まったくアホみてぇだ。
なにしてんだよ、俺は。
馬鹿だろ、どうせやるなら最初から行っとけよ。もはやワンチャンすらないだろ。マジ馬鹿だろ。
最悪の気分になりながら、俺は階段を上がった。
今更ながら息が切れてきた。疲れた。
「帰るか」
呟いて歩きだした先に、見えた。
…………え、なにしてんの?
道行く人はみんな目的地がある。
だからまっすぐ歩くのが普通だ。
でもその娘はキョロキョロと周りを見ながら歩いたり走ったりして、階段下のホームをのぞき込んだりしていた。
俺は全力で走って、その娘の肩を叩いた。
その娘が勢い良くがばっと振り返る。
「よ。さっきぶり」
「…………」
フリーズしておられる。
「なんでこっちいんの?」
「…………そっちこそ、なんでそっちから来るんですか」
「へ?」
「カリヤさん、さっき階段上がったときこっち方向に行ったじゃないですか。
それなのにどうして私がいた方から来てるんですか」
「ぐるっと回ってきただけだけど……」
なんだこれ。なんで俺怒られてんの?
「なんでそんな紛らわしいことしてるんですか。もう行っちゃったのかと思っちゃったじゃないですか」
「そりゃこっちの台詞だろ。俺だって向こうのホーム行って……」
言いかけて、俺ははたと気がつく。
あれ?
……なにこれ、そういうことなの?
「ま、まぁそれはいいとしてだ」
「……そうですね。考えてみればどうでもいいことでしたね」
「そう、それ」
互いに納得したところで、俺はポケットに手を入れた。
硬い、慣れた感触がある。
「……まぁ、なんだ。一応しておくか。交換」
俺はスマホを取り出して、ぷらぷらと振った。
やばい、意味わからん。
こんなこと言うだけでなんでこんな緊張しないといけないんだよ。
おおおお、なんだこりゃ足震えてんぞ。
「……そうですね。一応しておきましょうか。
番号言うのでかけてください」
11桁の数字の羅列を、俺はどうにか聞き逃さず打ち込む。
「かけたよ」
「……ん、来ました」
アヤさんがいつの間にか手にしていたスマホがぶるぶると震えた。
俺はすぐに電話を切った。
…………。
目的は達成した。
これで別れても問題ないのだが、俺の足は動いてくれなかった。
喉がカラカラに乾いている。
あれだな、飲みすぎたせいで水分飛んでるんだな。
俺はごくりとつばを飲み込んで、どうにか言葉を吐いた。
「なぁ、今日まだ時間ある?」
「えと、一時間くらいなら……あ、二時間くらいならまだ平気かも」
「マジか。じゃあ行かね?」
「これから、ですか?」
「ああ、ダメか?」
「……ううん。今ならまだ、間に合うかもしれませんよね」
彼女の瞳は、満開の桜のように輝いていた。
……はは、最高だわこの娘。
こんなん落ちるに決まってるだろ。
俺は彼女の手を取って走り出す。
「どっから回るか!? ファミレス? 居酒屋?」
「ファーストフードや喫茶店も外せません」
「っしゃ、全部回ってやろうぜ!」
「全部は無茶です。ちゃんと厳選しましょう。歩いてるときだって注意しないといけないんですから。
それにもう少ししたら特に南の方向は注意です」
「おま、急に冷静になるなよ。めっちゃ恥ずかしいだろ」
「やるなら全力ですから」
平然と答えながら、それでもアヤは俺の隣を走る。
まったく、ホントいい性格してやがるぜこの野郎!




