男とか女とかモテない奴とか死神とかヤンデレとかのバトルロイヤル
クラス全体が騒ついている理由は、ごく単純なものだ。
今まで不登校だったクラスメイトが初めて学校に来て、しかもそれが“見た目は”美少女であるからだ。
そしてその美少女が、元々俺の隣だった小林君の席を蹴っ飛ばして、自分の席を隣接させるパワープレイを平然とやってのけるのだから、そりゃ嫌でも騒つく。
吹き飛ばされた小林君はと言うと、律儀に元々霧館が座るはずだった不登校生徒の席があった場所に、自分の机を移動させて座った。せめて、自分の席の隣に用意されていた空きの机に座ればよかったのに。
「霧館さん、登校初日からいきなり飛ばしてるね」
「ふふ、まこ君。ここでは私の事は蓑部花乃理と呼んで」
蓑部花乃理と言うのが彼女に自分の席を売ったとんでもない野郎の名前なのだろう。入学した時から不登校であった為、名前すら俺は知らなかった。
朝っぱらから絶好調な霧館は一方的に俺にいちゃいちゃする。騒めきが強まった。主に男子の騒めきだ。
「あの子は真の彼女か?」「馬鹿な、モテない四天王である奴に彼女だと!?」「あまりの馬鹿さ加減から校内中の女子から人ではなく珍獣扱いされていると言うのに!!」
ふふ、皆んな説明ありがとう。後で覚えておけよ。
だが、悲しいかな彼らの言葉は事実だ。俺はこの学校のモテない四天王と呼ばれている。
その理由は何故だかわからないが、俺は入学当初から女子に避けられており、それでもめげずに輝かしい高校生活の為に躍起になっていたら、周りからモテない四天王などと呼ばれていた。
顔はそんなに壊滅的じゃないんだけどな。むしろイケてる方だ、多分、きっと、おそらく……
「蓑部さん、俺の顔ってイケてるよね?」
「うふふ」
おや、ますます自信がなくなってきたぞ。
そうだよな。このヤンデレは前世の記憶を頼りに俺の元へ辿り着いた設定だった。
もしかしたらそういう電波を受信しただけで、俺の顔や正確については一切考慮していないのかもしれない。こいつはただ、恋人ごっこをしたいだけだ。
「蓑部さんは俺の事本当に好きなの? 実は誰でも良かったんじゃない?」
「何言ってるのよ。まこ君じゃなきゃダメに決まってるじゃない」
「マジだな! その言葉マジで言ってんだな! 信じるからな! デタラメ言ってたとしたら今のうちに白状してくれよ、そうしないと俺は人を信じる心を失ってしまうからな!」
俺の必死さにドン引きする事もなく、霧館は力強く頷く。
ああ、そうか。そうか。良かった。俺も捨てたもんじゃないんだな。
それがわかったのならやる事はたった一つだ。
「ばぁーか!! 俺にだって彼女の一人や二人は出来るんだよ!! 悔しかったらてめぇらも彼女作るんだな!」
男子達の眉間に見る見る内に皺が出来ていく。何処からともなく、プッツンという音が聞こえて来そうな具合だ。
ふぅ~、気持ちいいぃ~。彼女いない奴煽るの気持ちいい~。
こうやって調子に乗る分には霧館さんも、頬を赤らめてどことなく嬉しそうにしてるし、これからはどんどん煽っていくぞ。
「見損なったぞ!! 珍獣富芽真!! 同じくモテない道を歩んだ男が、その様な無残な姿を見せるとはッ!!」
「その声は!!」
男子共から吹き出た憎悪を切り裂いて教室に響いた声は、間違いなく奴の声だ!
扉や窓を開けて勢いよく入ってくる男達は、登場に合わせて名乗りをあげる。
「モテない四天王、不毛の飯野!」
「同じく、作画崩壊三室!」
「加齢臭藤原!」
「そして、その他大勢!!」
「馬鹿な……!! モテない四天王が勢ぞろいだと!!」
クラスにぎゅうぎゅうに現れた総勢23名の男達は、俺と同じくモテない四天王の称号を持つ者達だ。彼らが現れたせいで教室中にモテないオーラが満ちている。その言葉では説明する事はできない不快感に、クラスメイト全員が顔を顰めた。
しかし、モテない四天王の1~6軍メンバーが勢ぞろいする事など、修行と称されて行われる傷の舐め合いの時ぐらいのものだ。
だが、所詮はモテぬ男共。どれ程束になろうとモテる男となったこの俺の相手ではないわ!
「ふん! わざわざ全員で押し寄せて、僻みに来たか。だから貴様らはモテぬのだ!」
「馬鹿者が!! 我々がその様な事を言う為に全員でやって来たと思っていたのか!」
モテない四天王のリーダー格の飯野が叫ぶ。その声には妬みなどと言うよりも、純粋な怒りが込められており、その迫力に不覚ながら気圧されてしまった。
「我々はモテぬ。しかしだな、モテぬ事にプライドを持っておるのだ」
「そして、そのプライドの裏にはモテたいと言う渇望が存在している」
その後に三室と藤原が続く。
「その矛盾を持つ故に、我々は浅ましくモテようとは思わぬ。しかし、今のお前はどうだ!!」
ビシャーン、と俺の中に雷が奔ると同時に、俺は席から立ち上がって膝から崩れ落ちた。
増長していた。幾らメンヘラサイコヤンデレ女とは言え、彼女が出来た事に舞い上がってしまった。今までモテた事がないし、霧館さんは通常時は美少女だとは言え、俺はなんと無様な姿を晒していたのだろうか!
「すまぬ皆んな……俺は、溺れていた……。モテたと言う事実に溺れていた……。許してくれ……モテる俺を許しておくれ!」
頭を下げる俺はどの様な仕打ちも覚悟していた。
だが、そこには激しい叱咤も、強烈な仕打ちもなかった。
「ふっ……わかれば良いのだ。富芽、君に彼女ができた事、我々は心から祝福するよ」
そこにあったのは、心温まる友情だ。
「飯野……」
言葉と共に差し出された手を俺は、しっかりと握りしめる。まるで友情を確かめる様に。
「でも、とりあえず一発殴らせろ!」
「甘いッ!!」
飯野の拳を躱して、顎にカウンターを入れる。飯野はそのまま床にひっくり返った。
「フン。モテぬ男のやりそうな事よ」
「こ、殺す……ッ!殺してやるッッ!!」
あるとあらゆる負の感情をブレンドしたオーラを纏って、飯野は起き上がって四つん這いになる。血走った赤い目にふっーふっー、と短く音を立てる呼吸はもはや人間ではなく、獣のそれだ。
「殺してやるよォ!!」
オーラにより飛躍した筋力により跳ね上がった飯野は、そのままの勢いで拳を俺の顔面に叩き込む。
だが、拳は俺の顔面を捉えられても、それ以上の現象を起こす事は出来ない。俺は顔面に張り付いた手を静かに払う。
「無駄だ。貴様の拳ではこの俺を倒すことはできん。愛のない拳ではな!!」
「愛のない、拳だと?!」
「左様!!! 愛がなければスーパーヒーローにはなれない!!!!!」
「うばぁー!!」
俺の放ったアッパーカットにより飯野は空高く舞い上がった。
「無念!」
断末魔の叫びと共に、飯野は空中で爆発四散する。俺はその光景を見て、彼と過ごした時間が一瞬のフラッシュバックの様に駆け巡った。
頬に涙が一滴、伝った。
「飯野……今思えば、悲しい戦士だった」
「ねぇ、まこ君。盛り上がってるとこ申し訳ないけど、多くない?」
「え? 何が?」
「何が、じゃなくって数よ。数。一人二人オーバーしてるならまだしも、四天王ってレベルの人数じゃないでしょあれは」
「最初は四人だったんだけどね、モテない奴って星の数いるから。今では6軍まで出来上がってるんだ」
「えぇ……うざっ……減らしていい?」
「ダメです」
「お~い、お前ら~。馬鹿やってないで席につけ~。違うクラスの奴はさっさと自分のクラスに戻れよ~」
騒めきどよめきで満たされていたクラス内に先生の声が混じると、皆素直に解散していく。
その中には、モテない四天王に担がれる飯野の姿もあった。生きとったんか。爆発したのに。
「さ~て、え~、今日はな~、転校生が来たからな~、まずはその紹介だ」
やる気ない感じに語尾を伸ばすのが特徴的な俺らの担任、鷲羽つつじ先生がこれまたやる気なさそうに扉の方へ目配せする。
そう言えば空きの席が用意されていたが、その為だったのか。霧館のパワープレイのインパクトでそんな事を考える余地もなかった。
さて、転校生はどんな一人だろうか。こんな妙な時期に転校だと言うのだから、よっぽどやんごとなき事情の持ち主なのは明らかだが、あんまり接しにくい人じゃないといいな。もう既に俺の真隣の奴が扱いにくさマックスなんだから。
ガララっと、扉を開く音とともに、ようやく正常に戻ったクラス内が再度どよめいた。それは無理もないだろう。俺だって驚きで声を上げたいぐらいなのだから。
転校生は、純白の髪を後ろで結び、大きな赤い瞳が特徴的な美少女だった。
「どうも。今日からこのクラスに転向して来た宍戸セツナです。よろしくお願いします」
「チッチッチッチッチッチッチッチッチッチッチッ」
見覚えのある白髪が挨拶するのに被せる様に、霧館が舌打ちのマシンガンを乱射する。凄いなそれ、後で教えてもらおうっと。
「宍戸は~、え~、親御さんの都合で急に転校になったらしい。だから、仲良くしてやりなよ~。あ~、そんで~宍戸の席は小林の隣に~、ん~?」
ようやく霧館が小林君の席を強奪した事に気付いたらしいつつじ先生が、座席表と眼前の風景を何度か見比べる。
「おい、小林。いつの間に席替えした」
「蓑部さんに席を取られました」
「なんだ~、弱いなお前」
「強い弱いの問題なんですか?」
「宍戸~、とにかくお前の席は~、真ん中の列の一番後ろだ~」
小林君の正論を無視したよあの先生。
小林君もそれ以上の反抗を行う事なく、グッと何かを堪えている。俺はあの子の腸内環境が心配になってくよ。
セツナはクラスメイトの視線を奪いながら、此方に何のためらいもなく近づいてくる。
「初めまして。私は蓑部花乃理。よろしくね」
先制攻撃をしたのは蓑部(霧館)だ。
「セツナです。よろしくお願いします、蓑部さん」
二人は俺の命を取り合った仲だ。恐らく相当の禍根が存在しているだろう。しかし、両者共にそれを感じさせない態度で自然とニコニコしている。
プロだ。こいつら、プロってやがるぜ。
目には見えない激しい攻防の中、セツナは自分のために用意された席に腰掛けようとする。そこで俺は気付いた、既に『攻撃』は『始まっていた』事にッ!
それは巨大な釘だった。
セツナの椅子を突き刺した無数の釘は、明らかに悪意を示す様に座る面に鋭利な部分が突き出る様に椅子に突き刺さっていた。まるで剣山かの様だ。
こえぇ、せめてそこは画鋲にしろよ。
セツナは椅子を引いたまま、ニコニコとするだけで座ろうとはしない。その様子を見て、霧館は勝ち誇った様に、
「どうしたんですかぁ? セツナさぁん? 座らないんですかぁ?」
妙なテンションで煽る。周りもセツナの様子がおかしいのを感じ取ってどよめき始めた。てか、誰も釘について気付かんのか。
俺はこの事態を先生に報告してもよかったが、ぶっちゃけこいつは俺の命を狙う死神だし、この状況をどうやって突破するか見届けたい気持ちがあった。
どうする、セツナ。自ら釘が刺さっている事を報告するのか! それは暗に負けを意味するぞ! でも、それが一番賢い選択だぞ!
プライドと理性の狭間でゆるれるセツナは一度大きく息を吸って、吐くと同時に椅子に座った。
その瞬間、俺は何か光が奔ったのを視界の隅に捉えた。セツナの椅子の足元に釘が転がる。セツナはこれでもかと言った具合のドヤ顔を披露した。
「死神をあまりなめないでください。鎌の速度は人の目では捉える事ができな――」
椅子の座がぱっくりと割れると、セツナはそのまま椅子の崩壊と共に床に倒れこんだ。
まぁ、そりゃあんだけ釘を打ち込めば、木製の椅子ぐらい割れるわな。
「今回は私の勝ちみたいねぇ、死神さぁん?」
その後、セツナはドジっ子転校生としてクラス内で人気者になりました。