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炎罪  作者: お終い
第1章
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第7話

「起きて、起きて、エンブレイズ」


 目を開けるとそこにはエンブレイズの恋人のフーゴがベッドの横に立っていた。

 腰まで垂らした長くて栗色のサラサラの髪、少しつりあがった他人の心の奥底まで見透かすようなブルーの瞳。ピンク色のセクシーな唇の間から覗く白く美しい歯が魅力的な女性。女性にしては少し身長が高い、エンブレイズの恋人のフーゴ・ケイマーその人だ。


 エンブレイズはベッドから上半身を起こし、フーゴにハグをする。


「ちょっと、痛いよ。そんなに強く抱きしめないでよ」


 フーゴは少し嬉しそうに、そう言った。


「そんなに強く抱きしめたら………」


 突然眩しい程の朝の陽射しが消える。そしてパチパチと言う音と共に二人の周りの景色がさっきまでの気持ちのいい朝から、熱い程の燃え上がる炎の中へと変わっていた。


「私の体…なくなっちゃうよ」


 エンブレイズがさっきまで強く抱きしめていたフーゴの柔らかい体は、硬くフーゴの体とは別物の木の棒へと変わっていた。エンブレイズはフーゴの頭の後ろに回していた左手にヌルッとしたものを感じた。


「ねぇ、なんで助けてくれなかったの?」


「あ……ぁ…」


「すごく痛かったんだよ? 恋人のピンチにどうして駆けつけてくれなかったの? 私の事嫌いなの?」


 生首になったフーゴは頭から血を流し、口から血を垂らし、異様なまでに大きく見開いた目でエンブレイズに迫ってくる。


「神童なのに恋人の一人も救えないのか?」


 白髪の交じった黒く短い髪に右目の上から二本の傷跡、口元には短い髭を生やしたしわの多い生首が突然出てくる。


「ち…父上…」


「その上家族の一人も救えない」


「は…は…うえ…」


 エンブレイズは言葉を失う。


「お前なんか生きる価値などないのだ」


 ホムラが現れてエンブレイズを踏みつけて見下した。


「死ね死ね死ね死ね死ね」

「死ね死ね死ね死ね死ね」

「死ね死ね死ね死ね死ね」

「死ね死ね死ね死ね死ね」


 やめろ…やめろ………


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「わっ!」


 エンブレイズは呼吸を荒くして上半身を勢いよく起こした。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 エンブレイズの視界に一番最初に入ってきたのはイスに座った一人の若い女性だった。

 その女性は真っ黒の髪を腰あたりまで伸ばし、切れ長の目からは真っ黒な瞳。ぷるんとした綺麗なピンク色の唇の間からはいたずらっぽく八重歯が覗く。


「だ…大丈夫?」


 女性がエンブレイズに恐る恐る話しかけてくる。

 エンブレイズは女性の質問には答えずにあたりを見渡す。見たことのある人物も、見覚えのある風景も当然ない。自分の下半身にかかっている真っ白な布団を乱暴に振り払って、ベッドから降りる。立ち上がって歩こうとしたが、うまく体に力が入らずによろけてベッドの上に倒れこむ。


「落ち着いて下さい、あんな大怪我してたんだから普通は動けないですよ」


 女性のその言葉を聞いて、エンブレイズは記憶がフラッシュバックする。恋人の生首、地面に倒れた自分の父上と母上。そして激しく燃える城に怒りに震える兄であるホムラ。


「ア……アァァァァァァァァァァ!!」


 エンブレイズは布団を投げ、花瓶を割り、壁を殴りつける。


「キャッ」


 女性は暴れるエンブレイズに怯えてしまい動くことができない。


 ガラガラとドアの開く音と共に白衣を着た男性と筋骨隆々な中年男性が部屋に入ってきた。

 中年男性は暴れているエンブレイズを見るなり、ゆっくりと近づいていく。そして暴れているエンブレイズの腹部を殴った。

 中年男性の行動に、女性も白衣の男性も言葉を失っていた。

 エンブレイズは苦しそうな声を出して、そのまま気絶してしまった。




 次にエンブレイズが目が覚めた時に視界に入ってきたのは、真っ白い天井だった。

 エンブレイズはゆっくりと自分の体を起こし、辺りを見渡す。

 そこにはエンブレイズにとって一度見たことがあるような気がしている女性がいた。


「あ、起きたんだ?」


 エンブレイズには彼女の声から彼女がなにか恐怖を感じていることは分かったが、何故恐怖を感じているのかは分からなかった。


「ここは?」


「病院です。あなた海に浮かんでたみたいなんですよ」


 エンブレイズの記憶では怪鳥に空から海に落とされたところで途絶えている。自分がどうしてここにいるのか、どうして生きているのか分からなかった。


 エンブレイズは自分の腕を見て、包帯が巻かれていることに気づく。

 そして、やっとエンブレイズは自分が理由はどうであれ助かったと言う事を理解できた。

 エンブレイズは自分の状況を理解できた途端に激しく喉の渇きと飢えを感じた。式典から何も飲まず食わずだったから当然と言えば当然だが。


「あっ…あれから何日経った!?」


 エンブレイズは当然式典から、と言う意味で聞いた。が、目の前にいる女性はエンブレイズがシャーマ王国の王族である事も、エンブレイズの名前すら知らないのだ。


「あれから…ですか? 貴方の言うあれがどれの事か分かりませんが、父が海で傷だらけの貴方を見つけてから一週間が経っています」


 少なくとも式典から一週間以上経っていることを知り、更に疑問が出てくる。


「あの…すいませんけどいつまでも貴方じゃ不便なのでお名前教えてもらっていいですか…?」


「うん? あぁごめん。俺はエンブレイズ、エンブレイズ・シャーマだ」


「私はフタバ・ムラマサって言います。あの…シャーマさんは外国の方ですか?」


 エンブレイズはフタバ・ムラマサと名乗った女性の言葉を疑った。まずは『外国』と言った事。そしてもう一つは自分の事を知らなかったこと。


 大陸に住む者なら一般常識として四大国に住む四つの民と、それぞれの王族の名くらいは知っている。そもそも彼女がエンブレイズの名前を聞いた時点で自分の事を知らないと分かるはずなのに、エンブレイズはまだ冷静にはなりきれていないようだった。


 彼女が無知なだけの可能性もあるがここは大陸ではない可能性が浮上してきた。


「ここはなんて国だ?」


「ここは東の海に浮かぶ小さな島国、江戸国(えどこく)です」


 エンブレイズは自身の知識をすべて使い、どこかで聞いた江戸国という名前を思い出す。そうして真っ先に思い出したのは江戸国はエルプサン海に囲まれた、うかつに近寄れない天然の要塞に囲まれた小さな島国だと言う事。そしてそのおかげで独自の文化を持ち、他国にはない技術を持った国である事。


「あの、シャーマさんはどうして傷だらけであんなところに……?」


 エンブレイズは言うべきか迷った。正直に話すとなれば少なくとも自分の身分を明かし、兄の愚行を打ち明ける事となる。エンブレイズは正直なところ彼女を完全に信用できていない。兄の手の者である可能性だってゼロではない。医者に連れてきてくれてその後看病してくれたことには感謝しているが、それだけだ。エンブレイズにとってひ弱な彼女の目を盗んで逃げだすことなど容易い。


「あ、別に言いたくないならいいんです。言えない事の一つや二つくらいありますよね」


 フタバ・ムラマサは少し申し訳なさそうにそう言った。


「………」

「………」


 フタバ・ムラマサの言葉を最後に気まずい沈黙が続く。

 するとその沈黙を破るかのようにエンブレイズのお腹からぐぅ~と気の抜けるような大きな音が鳴った。


「ふふふ、一週間も寝てたんじゃお腹すきますよね。今お水とお食事を持ってきますね」


 フタバ・ムラマサはそう言ってドアを開けて部屋を出て行った。


 エンブレイズはクスリと笑ったフタバ・ムラマサを見て一瞬フーゴを思い出した。何故あまり似ていない彼女を見てフーゴを思い出したのかエンブレイズ自身も分からなかった。


「……ん?」


 エンブレイズは自分の頬が濡れていることに気が付いた。何故か拭いても拭いても頬は濡れる。頭の中でフーゴの顔が浮かんで消えない。


「フーゴ……」


 例え神童と呼ばれようとも悲しみを失くす方法と、涙を止める方法は分からないのだ。

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