第3話
「なんでって顔してるな、そりゃそうだ。俺はみんなの前で血を流して倒れたはずだもんな」
そうだ、ホムラは確かに撃たれた。それはエンブレイズも、民たちも全員がそれを目撃している。
エンブレイズの頭にはそもそもあの場からはどうやって来たんだ? それになんで目の前にいるんだ? という疑問が浮かぶ。
今のエンブレイズはこんな事すら分からない程に混乱しているし、冷静ではない。
「簡単なことだ、狙撃手には真っ先に俺を狙うように言ってあった。俺は胸のところに血糊でも仕込んでおけば死んだことを偽装できる。あの場で真っ先に俺達に駆け寄って生存を確認するような奴は普通はいない。な? 簡単だろ?」
エンブレイズが喋るよりも先にホムラが軽快な口調で話し出す。
そしてそのホムラが話したことは、まさに『自分が犯人です』と自白したようなものだった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
エンブレイズは自分の感情が分からなくなっていた。怒り、憎しみ、悲しみ、悔しさ、自分の感情が理解できずに訳が分からずただただ叫んだ。地面に拳を思い切り叩きつけて。
「なんだ? うるせぇぞ。まだ理解が追い付いてないのか? 神童って呼ばれてたくせに理解が遅いぞ」
「父上と…ッ…母上は…!?」
ホムラはエンブレイズの質問には答えずに二つの生首を地面に放り投げた。それは苦しそうな顔をしたエンブレイズの両親のエンとフレミアの顔だった。
「あとこいつらも邪魔だったんでな」
二つの死体がエンブレイズの目の前に放り出された。それはエンブレイズについてきた二人の護衛だった。
「なんで…こんなことを……!?」
「お前のせいだ!!」
エンブレイズの問いに、ホムラは間髪入れずに答えた。
その声はさっきとはうって変わって怒りに満ちている。
「全部…お前のせいだ……!! お前が十四年前のあの日…荷馬車の前に出なければ……!!」
十四年前のあの日、わずか三歳だったエンブレイズはホムラに助けられた。だが、ホムラは代わりに多くのものを失うことになった。
「俺があの日からどんな目で見られてきたかわかるか!? 地位も! 信頼も! 俺は全部失った!! お前なんかを助けたがために、俺は次期国王の座を失ったんだ!!! それだけじゃない! お前はあろうことか『天才』と呼ばれた俺を超えやがった! 勉強も格闘術も炎もだ!! お前は俺からすべてを奪ったんだ! 何が『神童』だ!! 何が国王だ!! お前ごときが国王の器なわけあるかァァァァァァ!!!」
ホムラは怒りが頂点に達したのか、空に向かって叫びながら体中から炎が噴き出した。そしてその炎はホムラの体の周りを包んだ。
エンブレイズは初めて見る兄の怒った姿に何も言う事が出来なかった。
ホムラは幼少の頃から『天才』と呼ばれ、僅か十一歳にして高校卒業レベルの難問を解くことが出来るようになっていた。体術や炎術は既に大人ですら手も足も出ないレベルになっていた。(炎術とは自身の炎を操って闘う術のことである。)元々王族は一般人よりも強力な炎をその身に宿すと言われている。そしてホムラはその王族であるシャーマ家の歴史の中でも一二を争うレベルの才能の持ち主だと言われていた。
だがホムラにとって不運な事に、その『天才』と呼ばれた自分を超える才能を持った者が同じ世代に生まれてしまったのだ。それがエンブレイズだ。
エンブレイズも幼少の頃から素晴らしい才能を発揮した。通常は大体五歳~七歳の期間で発現する炎も三歳と速く、学力も体術もメキメキと上達していった。そして十歳になるころには大学卒業レベルの学力を持ち、体術や炎術も王国兵士の中の精鋭達ですら手も足も出ない程に強くなっていた。
『天才』と呼ばれたホムラは、自分よりも優れた才能を持つ『神童』と呼ばれるエンブレイズを弟に持ってしまった。加えてホムラが十一歳、エンブレイズが三歳の頃の爆破事故。それによって国民の信頼を失ってしまった次期国王最有力候補のホムラは、長男であったにも関わらず国王にはなるための道は完全に閉ざされてしまったのだ。
「あ…兄…う…え……」
やっとのことでエンブレイズが絞り出した言葉はホムラには届かない。
いつも右目の下の泣きボクロが特徴的で、困ったように笑っていた兄上が。そんな思いがとめどなく溢れて、涙も止まらない。エンブレイズはただただ自分の兄を悲しそうに見つめる。
「だから俺もお前からすべてを奪う事にした。お前の恋人も、父上と母上も! 優しかった兄も! それと国王としての地位もだ! だからわざわざこの日まで待ったんだ」
ホムラの声は少しばかり落ち着いたかのように聞こえるが、怒鳴っていないだけで言葉の一つ一つに憎しみがこもっていた。
ホムラは炎を纏ったままエンブレイズにゆっくりと近づいてくる。
「そうだ、俺はお前のその悔しそうな顔が見たかったんだ。自分の無力を恨め!!」
ホムラはエンブレイズの襟をつかんで叫ぶ。
エンブレイズは怒りに満ちた自分の兄を、涙を流しながら見つめることしかできない。
ホムラは掴んでいたエンブレイズの服の襟を乱暴に離す。そしてエンブレイズから少し離れて、自分の弟の方を見つめる。
「エンブレイズ、俺と闘え。お前を倒して俺が国王になってやる!」
エンブレイズは涙を拭ってから立ち上がってホムラの方をゆっくりと見た。
「兄上は間違っている。いくら俺が憎いとは言え父上と母上まで殺すことはなかった。フーゴだって殺す必要なかった。城を燃やす必要だってなかった。……やりすぎだ」
エンブレイズは深呼吸をして、心と頭を落ち着かせてからホムラに向けて強く言った。
「言ったはずだ、お前からすべてを奪うと」
声を荒げてはいないが声に怒りが満ちている。
「来い。お前に絶望を見せてやる」
ホムラは両手とも拳をつくり、右足と右手を引いて半身に構える。
「………」
「………」
僅かの静寂。辺りからはパチパチと火花が散る音のみが聞こえる。
エンブレイズもホムラとは逆の構えをとる。両手は拳を握り、左足と左手を引いて半身に構えた。
城を包む炎の中からボォン! と爆発音が二人の耳に届く。その爆発音を合図に二人はお互いに向かって突っ込んでいく。