第28話
お互い武器なしの素手での戦闘。奥の手は隠しておく。
エンブレイズはモチの腹部目がけて右手で思いっきりパンチを繰り出す。モチはそれをその場から動かずに軽々と左手で受け止める。
「所詮は人間ですね…」
モチは掴んだエンブレイズの右手を自分の方に勢いよく引き寄せる。自分が引き寄せたエンブレイズにぶつかる紙一重のところでモチはかわし、足を引っかける。そしてエンブレイズがよろけたところを、モチは体を半回転させてエンブレイズの背中を右手で強く殴りつける。
エンブレイズはそのまま吹っ飛び闘技場の壁に激突する。壁にエンブレイズの形がくっきりと残る程強くぶつかり、エンブレイズは地面に倒れこむ。
モチが鬼の中で小柄とはいえ、それでもエンブレイズよりも一回り程大きい。人間であるエンブレイズよりも力が強いのは当然だ。
「僕ごときにこのザマとは…貴方は一体何しに来たんですか?」
モチにはまだ余裕がある。エンブレイズもまだ奥の手を隠しているが、まだ出したくはない。
それにかなりのダメージだが想定内だ。まだまだ戦いようはある。
エンブレイズは立ち上がり、もう一度モチに向かって走っていく。
「ウラァ!!」
モチの顔目がけ右の拳を繰り出す。それはガードされる。が、エンブレイズは続けて逆側からも拳を繰り出す。そして腹部目がけ蹴りを繰り出す。もう一度蹴りを繰り出す。拳、蹴り、絶えず攻撃を加えていく。
が、モチはそれを全て的確に防いでいく。
「思ったより速いんですね、力も強いです。さっきのは本気じゃなかったんですか?」
エンブレイズは無視して攻撃を続ける。が、このままでは恐らく先に自分の体力が尽きる。そう思ったエンブレイズはプラータを使う事にする。モチに見えないようにプラータを広げ、上空に向かって静かに羽根を放つ。エンブレイズはモチの意識を空から逸らすためになるべく足元や腹部を狙い続ける。
そして上空に十分な羽根が放たれた時、エンブレイズはモチと距離をとる。そしてすぐさま羽根をモチの上にだけ降らせる。
「銀色の雨」
モチは羽根に気づかなかったようで、避けられずに上空から降り注ぐ銀色の羽根に体が切りつけられていく。
観客席からは『あの人間羽根がある』といった言葉が聞こえてきたが気にせず攻撃を続ける。
「銀色の連装矢」
モチに向けて大量の羽根を勢いよくとばす。
上と正面、二つの方向から鋼鉄の硬さの羽根を受けるため、モチは防御で手いっぱいだ。それでも完全には防御出来ずに、ダメージを受けている。
そしてエンブレイズは銀色の連装矢に紛れてモチに走って向かって行く。
モチに手の届く距離まで詰めた時、羽根の上と横からの羽根の発射を止める。そして小さな羽根の一つ一つが右手を覆い隠していく。
「銀色の鋼鉄拳」
鋼鉄の硬さの羽根で覆った拳をモチの顔面目がけて思いっきり放つ。
「ぐぁっ!!」
モチは避けられずに吹っ飛び、ドゴォォォンと大きな音をたてて壁に激突した。
ガラガラという音をたててモチは瓦礫の中から立ち上がる。
「やっぱり本気じゃなかったんですね。さっきは何しに来たとか言ってごめんなさいね」
モチは体勢を低くし、大きく深呼吸をした。
そしてモチの足元から砂埃が舞ったと思った次の瞬間、いつの間にかそこにモチはいなくなっていてエンブレイズの目の前にいた。
「くっ…!!」
何とか体をひねり一瞬で目の前に現れたモチを避けようとしたが、避けきれずにエンブレイズは脇腹を切り付けられた。
エンブレイズの後方で激しい音と共に石の壁が崩れ落ちた。
「でもその程度じゃ所詮下位止まりですよ」
モチは自身が崩した壁の瓦礫の中から立ち上がって、静かに言い放った。
エンブレイズは立ち上がったモチの角がさっきよりもかなり長くなっている。見た感じ五センチにも満たなかった角が三十センチほどにまで長くなっている。
「蒼鬼槍。この小さな体は僕にスピードを与えてくれた」
確かに速かった。だが見えなかったわけではない。
「次は外さないよ」
モチはそう言って体制を低くした。エンブレイズは瞬きせずプラータを広げ、モチを見つめる。
「………」
「………」
二人の間に沈黙が流れる。
びゅん、という風を切る音を出して最初に動き出したのはエンブレイズだ。上空高くに飛び上がる。高く高く、モチや観客が豆粒ほどの大きさに見えるくらいに。
「鋼鉄の銀槍」
そして空中を蹴って、地上にいるモチ目がけて高速で落下していく。肩甲骨から生えている二枚の翼を頭の先で槍のように包み、もう二枚の翼は体に巻いて防御力を高める。
地上ではモチが地面がえぐれるほど強く蹴ってエンブレイズに向かって跳び上がる。
高速でお互い向かって行く二本の巨大な槍は、真正面からぶつかり合い大きな音をあげた。
二人ともほぼ同時に地面に向かって頭から落下していく。
エンブレイズを包んでいた銀色の槍はかけらとなって落ちて行く。モチの長くなった鋭い角も真っ二つに折れ、落ちて行く。
ドサッと言う音と共に大きな砂埃が舞い、二人は受け身など出来ずに地面に横たわった。




