第25話
「修行しようと思う」
エンブレイズは唐突にそう宣言した。
その言葉を聞いていたのはフタバだけだったが、エンブレイズは宣言をした。
「どうして?」
フタバは読んでいた本を閉じてエンブレイズの方を向いた。
「今のままでは…ホムラに…勝てない。だからもっと力をつけたい」
エンブレイズはホムラを過大評価している。あんな事があったのであればしょうがないとも言えるが。それゆえにエンブレイズは自身の力不足を感じている。フタバにもダイジロウにも勝てない。炎が出せなくなったから、なんて言っても言い訳にしかならない。エンブレイズはルールのある試合をするのではない。ルール無用の命を危険に晒す可能性だってある戦いなのだ。
それに早く国に戻らなくてはならない。だが今のまま戻ったところで前回と同じ結果になるのは火を見るよりも明らか。だからこそ一刻も早く強くならなければならない。生半可な修行ではいつ国に帰れるのかわからない。
結果が全てなのだ。
「そっか。具体的にどうするの?」
「確か沖に進んだところに島があったよな? あそこで生活する、勿論一人で」
つまりサバイバルだ。
「ダメ」
フタバは即答だった。
「あの島がどういうとこか分かってるの? 地元の人ですら絶対に近づかない人一人住まない島だよ」
エンブレイズは勿論知っていた。自身の力不足を実感して、修行しようと考え、その島が厳しい環境にあると知っている。
「凶暴な猛獣や植物、それだけじゃない、噂じゃ実体のないゴーストだって出るって話だよ!!」
フタバはエンブレイズの身を案じ、そんな危険な島には行かせられないと強く止める。
エンブレイズはフタバの肩を掴み、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「俺の目的は兄であるホムラの暴走を止める事。俺のせいで壊れてしまった兄を元に戻す事。どんな手段をとるにしろホムラと、その仲間たちが俺の前に立ちはだかるのは間違いない。それは俺の知る限り、かつての俺を凌ぐ最強の力を持った者とホムラ程ではないにしろ強力な力を持つ兵隊達。恐らく敵は全国民か恐らくそれ以上。つまり何千何万、何億と言う人間が犯罪者である俺を殺しにやってくる。だからもっと力をつけないといけないんだ」
エンブレイズの強い言葉には強い覚悟を感じる。
「敵は……殺すの?」
フタバは目を逸らして、小さく呟いた。
「殺しは…好きじゃない。例え向かってくる者を殺したとしてもその後には虚しさが残るだけだ」
まるで過去に人を殺したことがあるような口ぶりにフタバは僅かに動揺する。が、そこを追及することはフタバにはできない。
「……みんなには私が説明しておく。だから……死なないでね」
フタバにはもうエンブレイズを止めることは出来なかった。だから、『死なないで』なんて言葉しか言えなかった。
「俺は死なない。絶対に」
エンブレイズは三日後に島に向かうと言っていた。浜辺から島までの距離はおよそ二十㎞、エンブレイズはその距離を小舟で向かうらしい。持っていくのは小さなナイフ一本のみ。
ハナコやサクラは危険だと止めたが、タロウとダイジロウは口をそろえて『男が一度決めたことだ。他人が口出しすることじゃない』と言った。
同じ男として何か通じるものがあったのだろう。
サクラとハナコはエンブレイズの心配をしながらも、もう口出し出来なかった。
そして三日後、出発の朝。見送りはサクラとダイジロウ以外の全員。
「お願いだから、絶対帰ってきてね」
「勿論だ」
エンブレイズはフタバに向かって右手の親指を立てた。
「一応言っておくけど、帰ってきてってのは死なないでって意味と国に帰んないでちゃんとここに戻って来てって意味だから」
「うっ……」
エンブレイズの考えなんてフタバはお見通しなのだ。
「もし勝手に国に戻ったら今度は私が反乱分子として国に攻め込むから」
フタバが笑顔で言う冗談は、エンブレイズには冗談には聞こえなかった。
「おい」
タロウがエンブレイズに向かって何かを投げた。エンブレイズはそれを難なくキャッチする。
「持ってけ、きっと役に立つ」
「ありがとう」
エンブレイズは笑って船に乗った。




