第10話
エンブレイズが目を覚ましてから一ヶ月が経った。
怪我も治ってきて体力も順調に回復してきていたが、エンブレイズは自身の体に違和感を覚えていた。
怪我が完治していないせいなのか分からないが、体が異様に重く感じるのだ。そして今まであんなに自由に使えていた炎が出ないのだ。
エンブレイズはこの一ヶ月自分で歩く事も出来ずに車いすで移動していた。何とか自力で車輪を押せるまでには回復したが。そのためほとんどの事が自力で出来るようにはなったが、炎を出すことはしなかった。体がなまらないように訓練はしようと決めたが、自分自身に言い訳をし続けていた。
怪我が治ってないから、とかもし炎が暴走したら危ないからとか。なんてことない理由だ。実際のところは怖いだけなのだ。炎を出すとあの夜の出来事を思い出してしまい、沢山の死を思い出してしまう。
いくら過去に『神童』と呼ばれた少年でさえ、心は年相応。僅かとはいえ国王になったのだから周りの人間達からは大人扱いされ、自分たちの上に立つのにふさわしい人間か見られる。そのため大人として行動するが、心の中の根っこの部分はまだ十七歳の子供。
人の死や裏切りをそう簡単に乗り越える事なんて出来ない。ましてや死んだのは両親と恋人、裏切ったのは実の兄。そして地位を失い国を追い出され、やっと心の整理がついて出そうとした炎すら何故か出ない。
そして頼れる人物だっていない。
エンブレイズは自分が無くしたものの多さを改めて知ってしまった。
そして炎すら出ないのでは、あの強大な力を持った兄を止める方法なんてエンブレイズには思いつかなかった。そもそも国に戻る方法すらない。
「どうしたら…いいんだろう」
エンブレイズは弱気になっていた。当然と言えば当然だが。心の整理がついたといっても、それはあの出来事を乗り越えたということでない。自分の中で心の中の端っこの奥の方に一旦移動させているだけなのだ。
ふとしたきっかけでそれが表面に出てくることだってある。
コンコン
突然ドアを叩く音が聞こえてきた。
「どうぞ」
ベッドに仰向けになっていたエンブレイズは、上半身を起こしてから返事した。
ガラガラとスライド式のドアが開く音がして、病室に入ってきたのはフタバ・ムラマサだった。
「起きてたんだね」
「うん、さっきね」
フタバ・ムラマサは時々エンブレイズのお見舞いに来てくれている。花瓶の花の世話をしてくれたり、エンブレイズの話し相手になってくれている。でも、エンブレイズに気を使ってか重要なことは聞こうとはしなかった。
「はい、新聞持ってきたよ」
「ありがと」
フタバ・ムラマサの持ってきてくれる新聞紙は今のエンブレイズにとってひそかな楽しみになっていた。
勿論情報収集のために読んでいるが、それ以外のこの国の情勢などに興味を持ち始めたエンブレイズにはこれ以上に勉強になる物はなかった。
「昨日ね、お父さんが四メートルもある大きな魚とってきたんだよ。なんて魚かは忘れちゃったけど」
フタバの父親は漁師をやっている。地元では有名な漁師で、自慢の父親だと彼女は言っていた。彼女自身は現在学者になるための勉強中らしい。年齢はエンブレイズよりも年上の十九歳。
エンブレイズは彼女から、フタバと呼んでほしい。と言われた為にそう呼んでいる。
彼女がする話は他愛のないものばかり。でもそれが今のエンブレイズには心地よい。
だが、この心地の良い時間は終わりにしなければならない。例え今は国に戻る方法が無くても、いずれは方法を見つけ国に戻らなければならない。そしてエンブレイズは、兄の暴走を止めなければならなかった。
身内のゴタゴタに他人であるフタバ達を巻き込むことはできない。いくら親切にしてもらおうが、いつまでもそれに甘えていてはならない。傷だらけのエンブレイズを病院に運び、そして時々お見舞いに来てくれているだけでも十分ありがたい。だからこそ、ここから先ははエンブレイズが一人でやらねばならないのだ。
もう少ししたらエンブレイズは歩けるようになる。自分の力で動けるようになる。そうしたら病院を抜け出すと、エンブレイズは決心を固めた。




