おさかなさん
ユキちゃんは、ぼちゃんという音をたてて、どこかに落ちました。
けれど、ユキちゃんは目を開けることができませんでした。水になって飛んでいくのは、雪だったころより、すごくはやかったのです。目の前がびゅんびゅんととおりすぎていくようで、ユキちゃんはすっかり目をまわしてしまったのでした。
「おや、これはめずらしい。雪のこどもじゃないか」
だれかが目の前でそういったので、ユキちゃんはおそるおそる目を開けました。なんと、目の前で、おさかなさんが口をぱくぱくさせています。
「きみ、名前はなんていうんだい」
「わたし、ユキです」
ユキちゃんはこたえながら足をふんばりました。
なにしろここときたら、ずっと強い風がふいてるみたいで、ふんばってないと流されてしまいそうなのですから。
「ここにくるのははじめてかね?」
おさかなさんは、なにもしゃべっていないときでも、口をぱくぱくさせています。
くせなのかしら……とユキちゃんは思いました。
「はい、はじめてです。ここはどこですか?」
「ここはね、川の中さ。ふんばってないと流されちゃいそうだろう?」
ユキちゃんは、うなずきました。
「じつはね、そのまま流れちゃっていいんだよ」
おさかなさんは、ユキちゃんに笑いかけました。
「ずっとずっと流れていくんだ。すると、海に行ける。ここよりもすごく大きくて、広くて、ふかくて、ちょっとしょっぱいところさ。そこに行けば、ともだちができるよ。きみとおんなじ、空から落ちてきて、海にやってきたこどもたちと会えるからね。ほら、流されてごらん」
でもユキちゃんは、こわくて足をはなすことができませんでした。
「いやよ、流されるなんてこわいもの」
「でも、そういうきまりなんだよ」おさかなさんはこまったように目をきょろきょろさせました。
「じゃあ、ぼくが付いていってあげよう。ほんとうはここをうごきたくないんだけど……それならどうだい? ゆうきを出さなきゃ、大きくなれないよ」
ユキちゃんはしばらく考えたあと、こくんとうなずきました。
「わかった、がんばってみる」
ユキちゃんだって大きくなりたいのです。おそるおそる、足をはなします。
そのとたん、ユキちゃんはいきおいよく流されはじめました。くるくる回りながら、ユキちゃんはこわくなってさけびました。
「おさかなさん、どこ」
「だいじょうぶ、ここにいるよ。ほら、目を開けてこっちを見てごらん」
おさかなさんは、目を開けたユキちゃんの横をすいすいと泳いでとおりすぎました。ユキちゃんはとてもはやく流れているのに、おさかなさんはそれにあたりまえのように付いてきてくれているのです。
ユキちゃんは、こわいのもわすれておさかなさんの泳ぎに見とれました。
「わあ、泳ぐのがじょうずなのね」
おさかなさんは、えへんとむねをはります。
「そうだろう」
ユキちゃんはすこしおちつきました。
びゅんびゅん流されていると、いろいろなものが見えます。
べつのおさかなさんだったり、石のおうちだったり。川の中はきらきらとかがやいていて、川底にある色とりどりの石のおうちは、まるで宝石のようです。
「きれいだろう」
おさかなさんは、またむねをはりました。そのあと、すこし顔をしかめます。
「おっと、水がしょっぱくなってきた。ごめんよ、ぼくはここまでしか行けない。あとはひとりでだいじょうぶかい?」
ユキちゃんはすこしこわかったけど、うなずきました。
「海についたら、ぼくのともだちがいる。赤い色の海草のおうちをたずねてごらん」
「赤い色の海草のおうちね、わかったわ」
ユキちゃんは手をふりました。
おさかなさんは、ひれをひょいひょいとふってくれました。
「がんばるんだよ、大きくなるんだよう」
「ありがとう、おさかなさあん」
おさかなさんのすがたはうしろに流れていって、たちまち見えなくなりました。
これで、ひとりぼっちです。少しこわいけど、これも大きくなるためなのです。
ユキちゃんは、どんどん流されていきました。