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『変色と色核』1

 真っ白だった空が一瞬のうちに水色に変わった。


 空は水色一色。それは澄み切った青空のようだけれど、太陽も月もなく、辺りは薄暗いままだ。


 まるで影絵の中に居るような感覚。世界をつくる色画用紙一枚一枚には何の感情も含まれていないけれど、空の色が違うだけで、世界はこんなにも違って思えるんだ。


 夢なんかじゃない。まぼろしなんかじゃない。

 これがこの街で起きている現実。破壊活動をともなう異常現象《変色》の始まり。


 そしてこの対処を行うことが、あたし達に課せられた《任務》。


 ゴゴォ。ゴゴゴゴォ。地響きが近づいてくる。

 それとともに、空が海面のように波打ちはじめた。


「さぁ! はじまるよ!」

 あたしは湧き上がる高揚感を抑えきれずに叫んだ。


 そして次の瞬間。


 ドゴォーン。大きな爆発音とともに、噴水の枠内から水色の《何か》が勢いよく噴出した。

 それは水ではなく、無数の光線の集まりだった。

 高さ十数メートル。スパゲティみたいな細長い線の一本ずつが、あたし達の直上に放物線を描く。


 視界は一気に眩しくなった。

 薄闇に描かれたそれは、巨大な花型のイルミネーションのようだった。あたしは思わず見とれて、目をキラキラ輝かせた。


「わぁ! すごいね! 綺麗だね!」

 なんて感動してる場合でもないけれど。


 Y軸上に高く上がった線分のうち、あたし達の頭上を越えることができなかったいくつかが、あたし達めがけて落下してくる。

 加速度的に、槍のような鋭さを伴って。


 すると背後のキミがスッと右手を掲げた。

 キミの右手首にはきつく結ばれた一本のミサンガと、その周りで輝きを放つ小さな《環》。


 変色とともに起きた変化は、噴水だけじゃなかった。キミの右手首に現れたその環は、キミに能力を授ける。


 水色の槍があたし達を串刺しにする寸前、眩い光の円盤があたし達の真上を覆った。

 衝突の金属音が連続で鳴る。同じ数だけの波紋が円盤に描かれる。その勢いは爆発的に増すけれど、光の障壁が破られることはない。


 そう、破壊活動からあたし達を護るこの光は、キミの意思によって生み出されたもの。

 変色中、キミは《光》を操る。


「わぁ……」

 その光景をぽーっと見上げながら、あたしはハッと思いついた。どこかで見たような光景。そうこれは。


「相合傘みたいだね! ユウくん!」

 素のあたしじゃとても言えないような言葉を、あたしは何のためらいもなく、イキイキとした表情で言い放った。


 そう、キミに起こる変化が右手首の環なら、変色中、あたしに起こるのは《ココロの変化》。


 変色の《色》に応じて、あたしの性格は補正される。

 今夜は水色だから、夏の海の元気いっぱいな女の子。内気で恥ずかしがり屋のあたしはもう居ない。

 無敵になっちゃった気分だ。


 とは言っても記憶は鮮明に残るから、勢い任せにとんでもない行動をして、素のあたしに戻ったときに後悔することも多々ある。


 でも今はそんなこと気にしてもしょうがない。

 この《無敵時間》を利用して、あたしはキミとのココロの距離を一気に縮めるんだ!


「ねえ、ユウくん、相合い傘〜!」

 あたしはキミを覗き込んで言った。

 でもキミは右手を掲げたまま目を閉じている。まるであたしを遮断するように。


 ムスッ。光の生成と維持には集中力が必要だとか言ってたけれど、あたしのコトを無視するのは許せない。


 仕返しにガラ空きの横腹を木刀で突っついてやろうか、それとも容赦なく顔面にお見舞いするか。

 性格が変わっても、あたしの根本的な性格の悪さは直らない。


 あ、そうだった。あたしは行動を決めると、短く助走を取って地面を強く蹴った。

 ちなみに変色中は身体能力も飛躍的に向上するから、キミを飛び越えることだって容易い。


 あたしは背面跳びの要領で、キミの右手の真上で身体を捻ると、両手で持った木刀を目前の円盤に振り下ろす。

 夏の海と言えばスイカ割り。一度やってみたかったんだよね、なんて思いながら。


 ーーバァァァン‼︎


 あたしが思い切り打ちつけると、凄まじい音が鳴って、キミの円盤は粉々に砕け散った。

 その破片は消しゴムのように飛び、あたし達の真上から水色の光景を消し去っていく。


 ……んーっ! スイカ割りって楽しいっ!

 あたしは満足感を覚えながら再度身体を捻り、着地体勢を整えた。「しゅたっ」。そして両手を広げて着地を決めると、すかさずキミを振り返った。


 ☆★☆


 キミは右手首を押さえながら、地面に倒れ込んでいる。

 それもそのはず、キミの生み出した光への衝撃は、少なからずキミに痛みをもたらすからだ。


 衝撃に比例して痛みも強くなり、今みたいに木っ端微塵になった場合なんて、それはもう右手首が砕けてしまうほど痛いはず。


「もう……たまごちゃん、何回言ったら分かるの……」

 キミは身体を起こしながら、どうにか声を搾り出した。


「え? なんのこと?」

 目を閉じてたキミが悪いんだから。あたしは笑みを堪えながら、知らんぷりで乱れた髪を手ぐしで整える。

 そしたらキミはあたしを見て、全然見当違いなことを言い出した。


「スカートの中に……ショートパンツを穿くのは反則だって、何回言ったら、分かるの……っ!」


 ……そうだった。あたしはスカート姿だった。

 それすら忘れかけていたのだけれど、素のあたしはこうなることを見越して、ちゃんと対応策を取っていた。


 一か月前、キミにぱんつを見られて以来、あたしはスカート姿で任務に就くときは必ず、ショートパンツ(何の色気もない黒い布地で作ったもの)を着用している。


 任務中は活動的になるから当然といえば当然の措置なのだけれど、そのことに対してキミはかなりの不満を抱いているようで、初めてその事実を知ったときのキミの落胆っぷりは想像以上だった。


「ズルいよたまごちゃん、毎回毎回そんなので覆い隠して。あーあ、つまんないの。もう帰ろうかな……」

 今回も同様で、キミは深くため息をついた。


 周りは水色の格子で囲まれていて、すっかり檻の中に閉じ込められてしまっている。


 そんな状況なのにキミは何を考えているの? まったく不純にもほどがある。


 いったい何のための任務だと思っているの?

 この街の異変を解決して、世界を救うため……なんかじゃなくて……あたしとの《デート》ためなんだから!


 あたしは再び木刀を構えた。あたしの木刀は黄色いリボンをなびかせて、白く光り輝いている。


 あたしの木刀は、キミの生み出した光に触れることで、光を付着させて、変色に対する武器とすることができる。


 もちろんキミに鉄槌を食らわせることだってできる。


 本当なら、目を閉じてるフリをして、こっそり目を開けてあたしのスカートを覗いていたキミを、罵倒して叩きのめすところだけれど、よかったね、今夜のあたしは解放的で、挑戦的だ。


「じゃあ、あたしを捕まえられたら、イイよ!」

 あたしは夏の笑顔でいうと、檻に向かって木刀を振り下ろした。


 木刀から輝かしいキセキが描かれ、あたし達を閉じ込める格子を打ち破っていく。パリンパリンパリンと爽快な音がさらに気持ちを高ぶらせる。


「駆けっこね! よーいどん!」

「よしっ、絶対に捕まえる!」


 そしてあたし達は本来の任務なんて放棄するように、檻の外へと駆け出していった。

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