『戦いの前』1
時刻は20時16分。辺りは薄暗くて少し肌寒い。
大通りの交差点。ずっと消えたままの信号の前で一時停止すると、あたしは左右を確認してから横断歩道を渡る。
車がもう通らないことくらい知っているけれど。
長い横断歩道の途中、右側の道にはアーケード街への看板が見える。《梨山商店街》。
中には映画館に洋服屋さん、ファーストフード店にお菓子屋さん、楽しそうなお店がたくさん並んでいるけれど、もう全部閉まってるから立ち寄らない。
左側の道は緩やかな上り坂。15分くらい歩くと小さな公園に着く。《梨山公園》。
そこにはブランコや滑り台、鉄棒や砂場なんかが設置されているけれど、もう誰も遊んでない。
どれも、夜だからって理由じゃない。
この街、《梨山地区》にはもう誰もいないから。
大通りの両脇にはおっきなゼンマイみたいな街灯が並んで、ぼんやりと頭を光らせている。
それはこの街に残された唯一の明かりだったけれど、それすら罪人達がこうべを垂れて斬首刑を待ってるよう。
街灯の背後に並び立つのは、真っ暗な高層ビル。
いくつもの窓は、まるで淀んだ《眼》のよう。処刑台に送る罪人を選別しようと、冷酷な視線を浴びせてる。
一歩踏み出せば、足もとの罪人なんて簡単に踏み潰せそうだけど、彼等はそうはしない。
だって彼等はただの宣告人に過ぎないから。
そんなことは気にせず、あたしは大通りの真ん中を真っ直ぐ歩き続ける。
編み上げのサンダルの足音をコンコンと鳴らして、足取りはとても軽やかだ。
今夜はとっておきの舞台があたしを待っている。
会場は、もう少し先にある噴水広場。
今夜のあたしの服装は、この日ために用意した水色のフレアワンピース。3時間かけてココア色の長い髪にもゆるふわウェーブをかけてきた。
右手には斬首刀さながらの木刀。少しでも可愛くしようと思って、黄色いリボンを巻いてある。
「ユ、ユウくん……待っててね、いま行くからね……」
あたしはヘンテコな空を見上げてつぶやいた。
夜なのに空は真っ白で、平坦で、やけに明るい。
月も星さえも一つも見えない。だから願い事を唱えることはできないけれど。
でも大丈夫。だってあたしはこのまっさらな画用紙に、キミへの想いを描くから。
「へへへ……」
あたしは恋の病を抱えながら、大通りを歩き続ける。
☆★☆
今日の日付は10月6日。キミと再会を果たしてから、一ヶ月が過ぎようとしている。
その間にあたしの《E計画》、キミと《お別れの時までに両想いになる計画》は、着実に進みつつある。
一番大きな進展は、「ユウくん」ってキミを名前で呼ぶようになれたこと。まだ少し恥ずかしいけれど、お互い名前で呼び合うようになって、あたし達の距離感は一気に縮まった気がする。
キミは結局、あたしのあのココロを犠牲にした言葉の通り、あたしと毎晩デートをしてくれている。
昨日までで27日連続。とは言ってもキミにデートだという認識は無いし、時間だって5分とかそんなときも多いし、挨拶くらいしか会話がないときだってある。
正直、そんなのでデートだって胸を張って言えるのかは微妙だけれど、キミと毎晩会えると思うだけで、あたしは嬉しさ恥ずかしさを募らせて、充実の毎日を過ごしている。
で。今夜は記念すべき28回目のデートの日。
まぁ、毎日が記念日なわけだけれど、今夜はほんとにほんとの特別な日。
4回目の《E計画の進展日》。
一言でいうとあたし達の恋仲が、大きく進展する日。
この日を迎えるたびに、あたしはキミに《新しいあたし》を知ってもらえるんだ。
……もちろん、変な意味じゃなくて。
そのキミが今どこに居るかと言うと、もうすぐそこの噴水広場で……あたしを待っている。




