闇の翼
勇者と魔王という奇妙な取り合わせの二人は、なだらかな草原をはしる道を、ゆっくりと歩いていた。少女二人の足では、どうしてもゆったりとしたペースになってしまう。それでも、モナの街までは後一日といったところだ。
「ユ、ユーシャよ。そろそろ疲れてきたのではないか?」
とユーシャの後ろを歩くマオが言った。
「え、わたしは別にだいじょうぶだけど」
とユーシャは後ろを振り向き言った。
「そ、そうか、わはははは、元気いっぱいじゃな。それでこそ勇者、倒しがいがあるというものよ。せいぜい鍛えておくがいい、このわれに倒されるその日までな! わはははは」
とマオは虚勢をはるが、目はうつろで、がっくりと肩を落とした彼女が、疲労しているのはあきらかだった。無理もない。昨日からずっと歩きっぱなしなのだ。スライムを食べて魔力を補給できるとはいえ、魔族の体では必要以上に体力を消耗するはずだ。逆にユーシャは、マオのペースに合わせているおかげで、必要以上に体力を使わずに済んだ。もし一人旅だったなら、逸る気持ちから、どんどん先を急いで、体力を無駄に消費していたかもしれない。
「ねえ、マオ」
とユーシャは訊ねる。
「む、なんじゃ?」
「疲れたなら、少し休みましょうか?」
「そ、そんなことはないぞ! 偉大なる大魔王であるこのわれが、この程度で音を上げるなどありえん。われはユーシャの身を気遣ったのだ!」
大魔王としてのプライドか、マオはあくまで強がる。
「はいはい、ありがとう」
ユーシャはせめて気晴らしになる話題を考えた。
「ねえ、魔族って具体的になにができるの?」
この質問には、マオに得意なことを話させて、元気を出させる狙いがあった。
「へ?」
突然の質問に、マオは目を丸くする。
「魔法の他に、何かできることはないの?」
今ではすっかり弱体化したとはいえ、登場時にみせた転移魔法は本物だった。大魔王というからには、なにかすごい切り札があるに違いないと、ユーシャは確信していた。
「クククッ。よくぞ聞いてくれた」
とすっかり魔王としての自信を失いかけていたマオは、少しだけ偉そうな威厳を取り戻した。
「おお、すごい自信ね」
どうやらユーシャの考えはうまくいったらしい。しかし、ユーシャは少しだけドキドキした。もし巨大な龍の姿にでもなられたら、どうしよう?
「ふふん、ユーシャよ、見るがいい、魔王の恐るべき真の姿を!」
マオが叫ぶと、黒い閃光が彼女を包む。空間が歪み、雷が地面を抉る。吹き荒れる風に舞う、漆黒の羽。
「きゃあ」
とユーシャは荒ぶるマオが引き起こす衝撃に、髪とスカートの裾を抑えて叫んだ。これはもしかして、本当にやばいパターンかも知れない。
「フフフッ、どうじゃ? われの真の姿は!」
とマオは胸を張り、両手を腰に当てて言った。変身を終えたマオの姿は、頭部にはリボンのようにカールした短い角、大胆に露出したドレスの背中、その腰のあたりから、小さな黒い翼が生えていた。それらは彼女が着ている、たくさんのフリルがあしらわれた闇色のドレスと調和して、マオの可愛さを一層引き立てていた。
「うわー、すごーい」
とユーシャは想像したよりも、地味でプリティな変化に安心して言った。魔王というよりは、小悪魔や妖精に近い愛くるしさだ。もしかして魔王とは、強さや恐ろしさではなく、外見の可愛さを重視して選ばれるのではないだろうか? とユーシャは思った。
「でも、絶対に人前では変身しないでね」
「なぜじゃ?」
「それは……」
なにも知らない人間からは、怖がられるかもしれないからと言ったら、マオを傷つけてしまうかもしれない。
「乙女は秘密が多いほど魅力的なの。魅力っていうのは、アピールするものじゃなくて、内に秘めておくものよ」
とユーシャは精一杯乙女思考を働かせて言った。ついでにウインクまでつけたからか、ユーシャの言葉は、マオに深く感銘を与えたらしい。マオはキュンとときめいた顔をした。
「ユーシャ……、うん、わかったー!」
と言って、羽をバタつかせながらユーシャに抱きつくマオ。ユーシャはそんな彼女の頭をなでて、
「それじゃ、もう少しで日も暮れることだし、そろそろ休みましょうか」
と言った。
いつの間にか太陽は西の果てに沈みかけている。緑色の草原に、真っ赤な夕日が覆いかぶさり、除々に闇が広がっていく。
ユーシャは危険な夜は極力歩かず、そのかわり朝は早めに行動を開始するようにしていた。二人は近くを流れる小川のそばに、腰を落ち着けた。