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スライムのち、魔王さま?

 昼なお暗い、魔界の深部にそびえる魔王の居城。石柱の立ち並ぶ、魔力の満ちた広大なホール、細部まで禍々しい装飾の施された玉座に、幼い少女が腰掛けていた。愛らしくも蠱惑的な顔。肩にかかる、毛先に軽いくせのある漆黒の長い髪。細く繊細な体を包む、露出度の高い闇色のドレス。


「クククク、ついに、ついにこの時がきたか」


 と少女、大魔王マオ・ルシフェールは言った。


「十四年ですか……。意外と早かったですわね」


 と玉座のそばに控えていた、魔界の宰相にして魔王ベル・ゼブルスが答える。黒髪のストレート、ふくよかな体を包むシャツにリボンタイを巻き、プリーツスカートに黒いストッキングというかっちりとした服装で、秘書、あるいは委員長といった雰囲気をまとっている。


「ふふん、待ちくたびれたわ。お母様の仇、このマオが晴らしてくれようぞ。ベル! 残りの七魔王を召集せよ」


 とマオが右手を振り上げて言った。


「すでに知らせは届いているはずですわ」


 とベルが謁見の間の入り口に目をやると、扉が開いた。


「ほら、いらしたようです」


「おまてせにゃー。ベル、なんの用かにゃ?」


 と言ってあらわれたのは、七魔王の一人アシュリー・デウスだった。フリルがあしらわれたノースリーブのシャツにミニスカート。無造作なショートカットに大きな瞳の童顔が目を引く少女だ。


「アシュリー、他の魔王たちはどうしたのですか?」


 とベルはアシュリーに訊ねた。


「さあ? 知らないにゃ」


 とアシュリーは首を傾げる。


「やれやれ、ついに我々魔族の宿敵たる勇者が現れたというのにこの体たらくですか。先が思いやられますわね」


 とベルは首を振りながら言った。魔王たちの集まりが悪いのはいつもの事だった。魔力に適応した種族である魔族は、魔法という超常の力を扱い、個々の能力が極端に秀でている。そのため高位の魔族ともなると、自分の力に絶対の自信を持ち、協調性を無視した個人主義にはしるのだった。


「ふふん、まあ良い。ではさっそく勇者の顔を拝ませてもらおうか」


「はい、仰せのままに。ほら、アシュリーも早くこっちに来てください。勇者ですよ勇者」


 とベルはアシュリーに手招きをする。


「はいにゃー」


 とアシュリーは玉座の近くまで走り寄る。


「それでは映します」


 とベルは玉座の正面に浮かぶ巨大な鏡に向かい、小さな声で呪文を呟いた。鏡に映し出されたのは、金髪の少女だった。これが勇者? 


「…………」


 と、勇ましい青年の姿を想像していたマオとベルは、言葉を失い真顔で鏡を見つめている。


「かわいい女の子にゃー」


 とアシュリーが脳天気な声で言った。


「ベル」


 とマオがふるえる声で言った。


「はい、マオさま」


「勇者というのはこの娘か?」


「ええ、腰の聖剣は紛れもない勇者の証。彼女で間違いないかと」


 とベルは落ち着かない声で答える。


「なんと……」


「我々も舐められたものですわね。代替わりして新しく王位についたばかりとはいえ、こんな少女を勇者として差し向けるとは……」


「アシュリーは男よりもかわいい女の子のほうがモチベーション上がるにゃ」


 とアシュリーは両手を上げて笑う。


「ええ、まあ、それはそうですが……」


「くく、くくくく」


 とマオが下を向き、不敵に笑う。


「マオ様?」


 とベルはマオの表情を伺う。


「わははははは、おもしろい! おもしろいぞ勇者よ! ベル!」


「は、はい!」


「われは昔から疑問だったのじゃ、なぜ旅だったばかりの未熟な勇者に最大戦力を送り、即抹殺しないのかと」


「あ、あの、マオ様……、それには理由が――」


「ふふん、今の勇者は生まれたての雛も同然、このマオ様が直々に可愛がってやろうぞ!」


「ちょ、マオ様? まさか――」


 ベルはいつになく張り切っているマオに、胸騒ぎを覚えた。


「では行ってくる。留守は任せたぞ!」


 と言い残し、マオは転移魔法を発動した。空間を跳躍するというでたらめな魔法だが、天才であるマオは魔法陣も呪文の詠唱もなく発動させることできる。そのため、


「ちょ、ちょっと待って下さい、いけません、マオ様! アシュリー! マオ様を止めるのです!」


 とベルが慌てた時には、もう手遅れだった。マオの体は青白い光りに包まれ、ドレスの裾が膨れ上がる。


「無理だにゃー」


 とアシュリーが玉座の上の光の軌跡を眺めながら言った。


「ああ、なんてことを……」


 とベルが力なく床に蹲る。


「ベルは過保護すぎるにゃ。あれでもマオ様は魔法の天才。勇者に負けるなんてありえないにゃ」


「違うのです。マオ様だからこそダメなんです。ああ、マオ様――」


 どうかご無事で、とベルは膝を抱えて言った。


 ◆


 旅に出たユーシャは、さっそく一つの危機を迎えていた。魔物との初戦闘である。彼女の行く道を塞ぐのは、ゼリー状の青白い物体。俗にいうスライムだ。


「むう、どうしようかしら……」


 ユーシャは実際に魔物を見るのは初めてだった。勇者は魔物を倒すのが使命。しかし目の前のスライムは、とても人に危害を加えるようには見えなかった。


「これ、倒しちゃってもいいのよね?」


 とユーシャは腰に下げた革の鞘から、折れた聖剣を抜く。なんとなくこちらから斬りかかるのは申し訳なく思ったので、しばらくスライムを観察してみることにした。水風船のような体に、卵のような目が浮かんでいる。外見の奇天烈さは、まさに魔物と言えた。ユーシャはしゃがみ、スライムに顔を近づけてみると、スライムの体が沸騰したように泡立ち始め、ユーシャに向かって飛びかかってきた。


「きゃっ」


 とユーシャが小さく悲鳴を上げて聖剣を突き出すと、


「ぶぎゅるるるる!」


 と聖剣の刃に触れたスライムが蒸発した。


「あ、ごめんなさい」


 とユーシャはドロドロに溶けたスライムに向かって言った。さすがは折れても聖剣、魔物相手には無類の強さだ。スライムはすっかり溶けてしまった。後には水たまりのような染みと魔力の残光が残された。魔力の光は空中を漂い、ユーシャの体に染み込んだ。これが魔物を浄化するということだろうか。


「この調子なら案外何とかなりそうね」


 と初めての戦闘を終えて、ユーシャが一息つこうとした時、


「――――それはどうかな?」


 と、どこからともなく声が聞こえた。


「え、だれ?」


 とユーシャは周囲を見回す。次の瞬間、空から落雷とともに、一人の少女が現れた。紫電を纏いなびく漆黒の髪、はためく闇色のドレス。


「くっくっく、はじめましてだな、勇者よ。われこそは大魔王マオ・ルシフェール。貴様を倒しに来た!」


 と突如現れた謎の少女は、その愛らしい顔を上げ言った。


「笑えない冗談ね。わたしはその魔王を倒しに行くの」


 とユーシャは淡々と答える。


「だからわれがその魔王なのじゃ!」


 と自称魔王は両手をぴんと伸ばして訴えた。


「…………。ほんとなの?」


 たしかに幼い外見をしてはいるが、あれだけ派手な登場をしたからには、それなりに高位の魔族と考えても間違いはないだろう。まさかスライムの次に、魔王とエンカウントするとは夢にも思わなかった。


「いかにも!」


 とマオは胸を張る。


「へえ、それは好都合。さっそく倒してあげるわ。さっきのスライムみたいに!」


 先手必勝。ユーシャは聖剣を固く握り、マオに向かって突っ込んだ。


「わははははは、バカめ! われを誰と心得る。偉大なる大魔王なるぞ! われをスライムのようなか弱き魔物と一緒にするなど片腹痛いわ! さあ、わが魔法に恐怖し驚嘆し戦慄し震え慄き命乞いをしながら無様に怯え蹂躙されるがいい! 喰らえ! ケイオス・カルネージ――――」


 とマオは一撃で千人殺すと恐れられる、最凶の魔法を放とうと右手を掲げ――――。


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