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エクセリオ・ワールド

作者: 小林 樹人

 エクセリオ・ワールド



 1



 ネット上のバナー広告に載っていたイラストが、好みの絵柄だった。

 懐に余裕のない高校生の身には、無料プレイが大前提だった。

 パソコンを家族で共有しているため、インストール不要のタイプが望ましかった。

 なんとなく暇だった。


 無理やり理由をつけるならば、こんなところだろうか。

 だが好みの絵柄の無料ゲームの広告を百度見せつけられても、全く関心を惹かれない日だってある。むしろ、そういった日の方が多い。


 総じてみれば、理由など無かったのだ。そういう気分だった、としか。


 ともかく、千佳子は『エクセリオ・ワールド』なるオンラインゲームを始めてみることにした。



 2



 数十秒のロード時間が終わると、タイトル画面が表示された。

 いきなり大音量のBGMが流れ始める。千佳子は焦ってイヤホンを挿入し、音量設定を下げてから装着した。

 よくよく聞いてみるとチープな音楽だ。演奏時間より作曲時間の方が早かったのでは、と思えるくらいに。

「事前に言っとけよ、不親切だなあ」

 呟きながら、ゲームスタートのボタンをクリックした。


 初回プレイなので、マイキャラクターの作成画面に移る。

 ゲーム内の世界で千佳子の分身となるキャラクターの名前、大まかな外見、職業設定を行う。

「名前……名前か……」

 十数分考えあぐねた後、キャラクターの設定が終了した。


 名前。フラン。

 外見。女性タイプ、茶色のロングヘアー。

 職業。騎士。



 3



 ゲームは城下町から始まった。

 何十人ものキャラクターが表示されている中心で、フランは棒立ちになっている。


 すぐそばにいた一人のキャラクターがよろよろとフランに近づき、チャットで話しかけてきた。

『フラン さん、はじめまして! ぼくはエクセルといいます。よろしく』

 エクセルと名乗るキャラクターは、銀色の鎧を纏った金髪の青年だった。

 チャットの使い方が分からず右往左往していると、エクセルは返事を待たず話し続けた。


『これから冒険のやり方をお伝えします。画面右上の移動タブから、モウゼスの森を選んでください』

 言われた通りにすると、背景が城下町から森林地帯へと切り替わった。それに数秒遅れてフランとエクセルの姿が現れる。

『パーティシステムの説明をします。ぼくをクリックしてください』

 マウスでポインターを動かし、エクセルの画像部分をクリックする。すると、『登録』『解除』『ステータス』といったメニューが表示された。

『登録をクリックしてください』

 そうすると、パキッという金属音と共に『エクセル とパーティを組んだ!』とのメッセージが画面上部に表れた。

『これで一緒に戦えるようになりました。パーティ登録は4人までしかできないので、ご注意ください』


 その後も、エクセルの言う通りにしていればゲームが順調に進められた。

『体力が少なくなってきました。ぼくが回復するので、防御を選んでください』

『戦闘で得られた資金は、ゴルドバの店でアイテムと交換できます』

『友達を紹介することでしか得られないアイテムがあるようです』


「でもこういう便利キャラって、大抵すぐいなくなるんだよね」

 フランを操作しながら、千佳子は苦笑した。



 4



『フラン さん! 6 日と7 時間ぶりですね』

『2 回目のログインですね。記念にこちらを差し上げます』

 一週間ぶりにログインすると、エクセルがプレゼントをくれた。攻撃力が32のホーリーナイフだ。今まで使っていたソードの攻撃力が12なので、大幅なパワーアップといえる。

 それだけ言うと、エクセルは何も発言しなくなった。しかし無反応ではなく、フランが移動すると律儀についてくる。


「チュートリアルが終わったってことかな?」

 ひとりごち、千佳子はレベル上げに勤しんだ。コツを把握したので、初回プレイ時よりも進行が早い。

「あ、さっきのソードを売れば……」

 ホーリーナイフが手に入ったためお払い箱になったソードを売却すると、少しは資金の足しになる。レベル上げの過程で入手した分と合わせ、魔道書レベル1を購入した。

 エクセルが説明した。『魔道書を消費すると、該当レベルの魔法を1つ使えるようになります』

 早速魔道書を消費し、ヒールの魔法を習得した。これで、自力で体力回復ができるようになった。

「なるほど! 魔道書が手に入るほど楽になるわけね」


 そこで千佳子は思い出した。

 ログイン画面に『友達を紹介すると魔道書レベル5をプレゼント!』と宣伝されていたことを。

「レベル5!? あ、これヤバイわマジで……」

 翌日、千佳子は友人の朋子をエクセリオ・ワールドに誘うことにした。



 5



『フラン さん! 0 日と11 時間ぶりですね』

『3 回目のログインですね』


「なんだ、今日は何もないのか」

 ため息をつきながら、千佳子はフランをアイテム画面を開く。

「お!」

 魔道書レベル5が振り込まれている。そこから、朋子が登録を済ませたことが推察された。

 一緒にプレイしようと思ったが、彼女のキャラクター名も姿も職業も分からない。

 千佳子は携帯電話を取り出し、朋子と通話することにした。


「あ、もしもしトモ? 今エクセリオやってる?」

『やってるんだけど全然何したらいいか分かんない〜。これ、何が面白いの?』

「そうだよね、最初はそうなるよ。ま、しばらくはエクセル通りでオッケーだから」

 そう言うと、朋子が怪訝そうな声で返してきた。『エクセル? エクセルなんて使うの? ゲームなのに?』

 朋子は何を言っているのだろうか。千佳子は少し考え、彼女のしている勘違いに気がついた。


「アレだよ、ワードやエクセルのエクセル、じゃなくってさ」

『ああ、そっちじゃないのね』

 どうやら朋子はキャラクター名のエクセルと、Microsoft Excelを間違えていたらしい。むしろ、『エクセル』と言われたらその方が普通だ。

「色々説明してくるエクセルっていうヤツがいるでしょ、金髪の」

『人がウジャウジャ多過ぎて、どれがそいつかわかんない』

「いや、ちょっと待ってりゃ勝手にメッセージ流れてくるから」

『もう5分くらい城下町にいるけど、誰も話しかけてこないよ〜』

「……え? そんなアホな」

 千佳子の背筋が、急速に凍りつく。


「……トモ、あんた職業何にした?」

『えっと、騎士』

 千佳子と同じ設定だ。

「じゃあエクセルって名前じゃなくてもいいや、色々ゲームのやり方教えてくれるモードなかった?」

『キャラ作ったら町に放り出されてそれっきりだよ……』


 理解できない。

 いや、理解したくない。

 だって、エクセルは、ほら、目の前のモニターに映っているじゃないか。

 これは、チュートリアル用のキャラクターでしょう?


 千佳子の虚ろな視線の先には、金髪の青年が立っている。

 先ほどのメッセージが表示されたままだ。


『3 回目のログインですね』

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