お堅い勇者の口説き方(2)
「よしっ!ちょっくら、魔王討伐とでもいきますか!」
息を深く吸い込み、これでもかという程の大声を張り上げて気合いを入れなおす。空元気だとは自分でも分かっていたが、これから魔王と一戦を交えようというのだ。こうでもしないとやってられない。
――ギギィ……
観音開きの扉に両手をかけ、一気に押し開ける。その際の金属と金属が擦れ合う耳障りな不協和音に思わず顔をしかめる。
地味に精神的ダメージを与えてくるなんて、魔王よ。なかなか小賢しい奴め。
頭の中で適当に愚痴をこぼしながら、クロウは十二分に周囲を警戒しつつ魔王宮の間へと足を踏み入れた。
中に入るとそこはだだっ広い空間になっていた。部屋の奥の中央にはいかにもな玉座が置かれており、この部屋の機能としては人間界の城でいう謁見の間と同じ機能を果たしているようだった。
「おい、魔王!この俺、勇者ことクロウが貴様の野望もろとも打ち砕いてくれよ……う……あれ?いねぇ……」
しかし、その玉座の主は現在不在のようで寂しく空いていた。
いざ覚悟を決めて部屋に入ったまではよかったのだが、肝心の魔王がいないのでは何だか拍子抜けしてしまう。
「いやいや……まさかとは思うが流石に不在という事はないだろ……。あ、もしかしたら部屋の中央まで進んだら大げさな高笑いと共に現れるとかそういう演出なのか……?結構面倒臭い奴だな、魔王……」
多少訝しみながらも部屋の中央まで歩を進める。しょうがない、奴のお遊びに付き合ってやるとするか。
「……」
「…………」
「………………」
いくら待てど、一向に現れる気配無し。
いやいやいや、仮にも俺は勇者だぞ!?勇者が自分の城を攻めて来てるんだぞ!?それなのに魔王不在ってなんだよ!!
予想外の事態に軽く取り乱してしまうクロウ。
「そういえばこの城、まったく魔物がいないような……いや、それはないよな。確かに魔気は嫌ってほど感じているし……。それじゃここに来るまでに魔物にまったく出くわさなかったのは単なる偶然か……?いや、もしかしたら何らかの罠かもしれないよな……。はっ!もしや、この部屋に全魔物を集結させているのか!?くそっ!ならば早く出てこい!!この勇者クロウが我が愛剣アブソリュートをもって全て錆にしてくれる!!」
――シーン
「……」
まさか本当に誰もいないのか……?
と、その時何処からかパタパタと軽い足音と共に声が響いてくる。
「あぁ~、すみませ~ん!お待たせしてしまいまして誠に申し訳ございません!」
「え?あ、はい?」
後ろの扉から軽い足音と共に謝罪しながら入ってきたのは、黒い侍女服に身を包んだ女性だった。歳はクロウとほとんど変わらないように見える。何故かその腕には赤ん坊が抱かれており、こちらに駆け寄りながら器用に右手でその赤ん坊にミルクを飲ませている。
「えっと……私が推測するに貴方は勇者さんですよね……?」
「え、あ?そ、そうだが……」
「やっぱり!よかった……ようやくお越しいただけたのですね!」
そう歓喜の声を上げると、人懐っこい笑みをこちらに向けてくる。その表情に若干どぎまぎしてしまうあたり、クロウの対人関係に対する免疫の無さが窺えた。
フレア達が仲間になってからはだいぶ改善されたと思っていたんだが……。
若干緊張していることに気付いたクロウは思わず苦笑を漏らした。
とりあえず、一旦状況を整理しようか。俺は魔王を倒す為に魔王城に乗り込んだ。それも仲間の信頼を裏切ってまでして単身で、だ。しかし魔王城内部は不気味なほどに静まり返っており、代わりに待ち受けていたのは数々の罠。それもほとんどが致死効果のあるもので、中には当たればおそらく即死になるであろう物も含まれていた。結局一匹の魔物とも遭遇することのないまま、俺はこの魔王宮の間にたどり着き、そして現れた侍女服姿の女性と赤ん坊。……うん、一通り整理し終えたが相変わらず意味が分からないな。しょうがない……。
このままでは埒が明かないと判断したクロウは自分から彼女に働きかけてみることにした。
「あの……喜んでいるところ悪いが、ちょい待ってくれ。いまいち状況を理解出来ないんだが……」
「はい?」
そう言うと侍女らしき女性は首をかしげて、こちらを不思議そうな表情で見つめてくる。きょとんという表現がぴったりだった。
しかしよく見てみるとこの侍女さん、なかなかのスペックをお持ちになっておられるようで。
艶やかな金色のロングヘアー。
くりくりぱっちりとした海色の双眸。
胸部にたわわに実った胸。
細くしなやかな腰。
同じく細い、力を加えれば折れてしまうんじゃないかと思えてしまう長い足。
どこを取って見ても非の打ちどころのないような完璧な容姿の持ち主で、容姿端麗という言葉をそのまま目の前に突きつけられたような感じだった。
そして何よりも目を引いたのはお尻で可愛く、くねくねと揺れ動いている黒く細い尻尾。
…………尻尾?
「うん、やっぱりちょっと待て……うん……よし。侍女さん、あんたにちょっと聞きたいことがあるんだが」
「私の事はレイラで構いませんよ」
「あ、はい、レイラさん……っじゃなくて!あの、ここって魔王城で合ってるよな?間違いないよな?」
「はい、泣く子も黙る魔王城ですね」
「そんな俺は勇者だよな?」
「はい、まごうことなき勇者さんですね」
「そしてそんなあんたは魔物だよな?」
「それは少し違います。魔界の中でも理性を持って己を御することの出来る者を魔族。一方で本能の赴くままに生きる者を魔物と言います。人間界で言うところの人間と犬くらいの違いですかね?」
「へぇ、なるほど……っじゃなくて!あーもう面倒臭ぇっ!!勇者が魔王城に攻めて来てんだよ!!ならやる事は自ずと一つ、戦闘だろ!?何を先程から和やかムード展開してんだよ!!」
しびれを切らしたクロウは気付けば語気を荒げて叫んでいた。
彼女の正体も気にはなったが、おそらく魔王城で働いている侍女だろう。それも尻尾が生えていることから悪魔の……ということでひとまず結論づける。
そんなことよりも、俺はこの魔王城に魔王を倒しに来たのだ。あくまで魔王と命の奪い合いをしに来たのであって、少なくとも侍女悪魔と世間話をしに来たのではない。
そこをはき違えてもらっては困る。
しかし、そんなクロウの心境などお構いなしにレイラと名乗った侍女悪魔は尚ものんきに語りかけてくる。
「まぁまぁ、そんなにカリカリなさらずに」
「だからなんでさっきからそんなに落ち着いてんだよ!?あぁ、もういい!あんたここで侍女やってんだろ?あんたのご主人様に勇者が来たと今すぐ伝えろ!」
そう言って腰に携えた鞘から剣を抜いたクロウを彼女は不思議な物でも見るかのような眼差しで見つめて来る。
なんだ?俺今何か可笑しな事言ったか?
「あの……魔王様なら先程からこちらにいらっしゃるではありませんか」
「…………は?」
言われた事を瞬時に理解することができず、思わず間抜けな声が漏れてしまう。
なんだ?こいつは何をふざけた事を言っているんだ?魔王がすでにこの部屋の中にいるだって?ははは、馬鹿言え。いったい何処にいるっていうんだ?……まさかっ!
「くそっ!まんまと騙された!!姿を消してずっと俺を狙ってたというわけか!くそっくそっやられた!!こそこそ隠れてないで正々堂々と勝負したらどうだ!!魔王っ!!」
剣を四方八方に振り回すというもはや剣技も糞もない方法で姿の見えない魔王に切りかかるが一向に手ごたえは得られない。
数分間そんな無益な事を繰り返し続けたクロウはあっという間に息を切らし、肩で息をするほどに疲労していた。
「ぜぇ……く、くそ……はぁ……卑怯だぞ魔王……ぜぇ……こうやって俺が疲弊するのを……はぁ……待ってから倒そうなどと……はぁ……ぜぇ……」
「あ、あのぅ……勇者さん」
「な、なんだ……今はお前の相手をしているところではない……」
クロウは深く息を吸い込みゆっくり吐き出すことで呼吸を整えると、再び両手で剣の柄を強く握りしめ周囲に目を配る。
今この部屋の中にいるのは俺と侍女とその腕に抱かれている赤ん坊。そして未だ姿を隠している魔王の計“4”人。
あるのは扉向かって中央奥にある飾りっ気のない石造りの玉座のみ。しかし、あれはただの安物の石ではないな。俺はあれを見たことがある。確か“大理石”とかいうやつだ。セイクリッド王国の国王の玉座も同じ大理石でできていたはずだ。フレアが言っていた事を信じるとするなら、あれは相当高価な物なのだろう。……って、何を冷静に分析しているんだ俺は。宝飾商ではあるまいに。
「あ、あのぅ……勇者さん」
「だから俺は今それどころではないと言ってるだろう!」
まったくしつこい侍女さんだな。この部屋で俺一人だけ真剣なのが馬鹿らしく思えてきてしまう空気の抜けたような声で何度も俺を呼ばないでほしい。
「あのぅ……勇者さん」
こちらまで空気が抜けてきそうだった。