鉄塊を担いだ皇女
どしん、と。
どこまでも澄み切った吸い込まれそうなほど爽快な青い空の真下から短い地響きの音が鳴り響く。
どしん、と。
再び間隔を空けて重苦しい地響きが辺りを鳴り響かせる。
その空の下、石畳の道に木やレンガの屋根で出来た石膏の簡素な家や色とりどりの果物の並ばれた屋台が脇に退くようにまるで垣根の横壁のように並んだ道。
ある国の城下町の城下町の民家や屋台の並んだ道。
その道のど真ん中といっていいほどの位置取りを一人の小柄な少女が歩いていた。
あどけなさに混じった凛とした力強さ、どこか意志の強そうな表情の整った顔立ちに、長い長い腰の辺りまで伸びた金色の滝のような金髪の髪、14,5歳ほどに見受けられる外見に肉付きの少ないほっそりとした体つきに小ぢんまりとした低い背丈、真っ白な汚れ一つ見られない純白と言ってもよい程のスカートの長いドレスに頭には高価そうな銀色のティアラを付けている。
上品な雰囲気の漂う少女である。
その少女が足をゆっくりと上げ、踏みしめるように足を下ろし、一歩前へと進む。
どしん。
再び、大地を鳴らす音が響く。
音はその少女を中心に辺りへ波のように広がり鳴り響いていた。
どしん
また、少女が一歩を踏み出したとたん僅かな揺れと大きな地鳴りが響く。
地響きの発生源は間違いなく、その少女である、しかしどう見ても少女は小柄で細身であり、地鳴りなど起こせそうもない体形である。
原因は少女の手に持たれた物にあった。
巨大な灰色の塊。
大きさは少女の体が10つ分ほどはあり、全体が丸太のように太い巨大な棒状に先端についた真横に寝た巨大な短い円柱、金槌のような形状をした天高くそびえたつ塔のような威圧感さえある塊。
所々、赤く錆びてはいるが、大部分の黒味がかった灰色の単調な全身の色が重圧感を引き立てている。
巨大な鉄の塊である。
そんな巨大な塊を細身な少女が汗ひとつかかずに肩に担ぎ、一歩一歩、石畳の地面を踏みしめ、辺りを揺らしながら歩いている。
民家の窓からひょこりと外を覗くような顔半分が見える、恐らく城下町の人々は鉄塊を担いで歩いている少女に驚き、隠れてしまっているのだろう。
少女は顔色一つ変えず、呻き声一つ上げず、涼しい顔で前だけを向き、地響きとともに城下の道を悠々と歩いていく。
突如、前だけを向き、歩いていた少女が立ち止まる。
そして、くるりと、右を向き地響きをさせながら方向を変える。
まだまだ先へ続きそうな城下の道の途中、枝分かれするようにもう一つの道がそこにあり、少女はそこへ体を向けていた。
少女が再び、歩を進め、地響きを起こし前進していく。
少女があいも変わらず地響きを起こし石畳の道を歩いていく。
少女は変わらないが辺りの風景には変化が起こり始めていた。
先ほどとは違い高い壁に囲まれ、辺りは暗く、先ほどとは違う意味で人一人見当たらない道。
この城下の裏路地である。
道端にはネズミが這い、壁からは蔦の垂れ下がる部位もあり、不気味さを感じさせる路地であるが少女はものともせずに進んでいく。
ずんずんと突き進んでいくと、少し広けた場所に少女が行き着く。
見る限りでは行き止まりであり、その先に道は見当たらない。
その広場のような行き止まりの先には煙突の付いた木で出来た小屋がぽつりと立っていた。
少女はその小屋をめがけてずんずんと突き進んでいく。
ぴたりと、小屋の2,3歩前で立ち止まりその小屋の中へと続く扉へと手を伸ばした。
「おっと、待った」
小屋の中から、制止を求めるような怪しいしわがれた老爺の声がはっきりと扉を挟んで聞こえた。
その声が聞こえ終わると、少女の手もぴたりと止まる。
「そのような馬鹿でかいものを持ち込まれちゃ、この小屋なんかひとたまりもありませんて」
小屋の中の老爺が再び何を考えているのかわからないねとりとした声で小屋の中から少女へ向けて言う。
「これはこれは、珍しいお客さんだ」
「本日はどのようなご用件で ?この国のお姫様」
「貴方、こちらが見えているのかしら」
老爺が立て続けに言葉を綴っていき、少女が表情を変えずに質問をぶつける。
「ええ、よく見えていますとも、貴方はこの国の皇女様の三姉妹の末妹、そして、貴方の持っているものはこの私めが大分昔に作り上げた『武器』にございます」
相変わらずの声色で言う老爺に眉をひそめる少女。
「ご名答よ」
そして、表情を戻し涼やかな声で扉の向こうの老爺へと言い放つ。
「貴方が『魔法使い』かしら ?」
少女改め皇女が無感情な声で言い放つ。
「いいえ、私はただの鍛冶師でございますよ」
それに対し、間延びした声で老爺が言う。
「巷ではね、貴方はどんな武器も作り出してしまうほどの腕を持った鍛冶師、まるで魔法を使う『魔法使い』だと言われているわ」
「実際の所、貴方はこんなにもあり得ないほどの大きさの戦槌を作り上げてしまったのだから」
皇女が自分が担いだ、鉄の塊を見上げながら呟くように言う。
「それが弟子もとらず妻子も持たずこんな不健康な所で引きこもっているとは、ね……」
皇女が呆れたように言葉を放つ。
「それで、今日はあたくしにそのような事を伝えに ?」
扉の向こうの鍛冶師が小馬鹿にしたような口調で言う。
「そんなわけ無いでしょ」
再び呆れたように呟く皇女。
「今日はちょっとあんたに『これ』をぴかぴかに磨きなおして貰いたくて来たのよ」
そして、きっぱりとした口調で言う。
「私のお父様……今は亡き前国王が貴方に『それ一つで戦に勝てる武器』を注文して作ったのがこれよね ?」
無感情な声で問う皇女。
「ええ、その槌が一本あれば数多の兵をなぎ払い、拠点の砦さえもものの数分で陥落出来ましょう」
「尤も、それを自由自在に振り回して風のように走り回れる人間ならばの話ですがねぇ……ひひっ」
皇女の問いに答え返し不気味な短い笑い声を発する鍛冶師
「貴方の父君は大層気に入られていましたよ、お陰で多額の報奨金までいただいてしまって……」
「思い出話はそこまでにして頂戴、とりあえずこの錆付いた武器では戦うことが出来ないから早いところ修復して」
鍛冶師の話を早々に切る皇女、少しイラ付いたような語調である。
「『戦う』……つまりお姫様はこれから戦に出陣のご予定で ?」
そんな皇女の言葉に不思議そうに問いかける鍛冶師。
「に、しては兵は見当たりませんし、そのようなお召し物ですが」
続けざまに疑問をぶつけていく鍛冶師。
「戦、というよりも私個人の恨み晴らしの喧嘩といったところかしらね」
そんな鍛冶師の疑問に答える皇女。
「私の父が死んだのはつい3日も前の事よ」
「北の領地の国の王が、どんな内容かは忘れたけれども申し出があると、向こうの国のお姫様とともにこちらに度々《たびたび》訪問して来たのよ」
ぽつりぽつりと話し始める皇女。
「それは美しいお姫様だったわ、父はそんな綺麗なお姫様に会いたいが為に北の国の王の申し入れを先延ばしにしたのよ、そしてその国の王様はお姫様を連れて何度も訪問しに来たわ」
「そのお姫様、父と会うたびに一緒にお城で食事をしていたの、そして父の食事に弱い毒を混ぜていたのね」
「父は日に日に弱っていったわ、そのお姫様が次々に毒を追加するものだから悪化が加速して、ついに病床に伏せてしまった」
小さく一息吹き出し話を切る皇女。
「そして先日ついに父は死んでしまった、謀殺が成功して隣国の王も万々歳でしょうね」
再び口から言葉を吐き出し話を終える皇女。
「それで、復讐を ?」
老爺の鍛冶師が短く皇女へと質問する。
「そんなところ……かしらね」
皇女が無感情な声で答える。
「娘の貴方には言いづらいのですが」
皇女の返答に続くように言葉を紡いでいく鍛冶師。
「貴方のお父君は大層な浪費家でした」
「その上に民のことを全く考えていない独裁気味な政治、無茶苦茶な増税に急な納税、気に食わない家臣や国民の処刑と……」
「領地の国民からの支持は正直、思わしいものでは無かったようですな」
静かに言う鍛冶師。
「もちろん知っているわ、無類の武器好きで女好きの成金趣味でグルメ、物凄い自己中心的で短気、おまけに頭も悪い……」
「ふふっ、こんな人間のクズみたいなのそうはいないわね、しかもそんなのが皇帝だなんて」
父の悪態を思いつく限りいい終わり、皮肉っぽく小さく笑いながら言葉を発していく皇女。
「貴方様の姉二人は聡明でいて美しく政の知識もある、そして民からの支持もある」
「きっと良い女帝様になられてこの国も良い方向に変わっていくと、民たちも囁いております、そして、失礼ながら私もそう思っておりますよ、ひひっ」
怪しく笑いながら言う鍛冶師。
「そうね、城中の人間も『馬鹿なあまり毒に気づかなかった』とか『姉二人もわざと毒殺されるのを見ていた』とか囁いているわ」
少し弱めの語調で言う皇女。
「何故、そのような復讐を ?」
鍛冶師が再び不思議そうに問いかける。
「まあ、普通の人ならばそういうでしょうね
」
ため息をつきながら言う皇女。
「今まで国を悪くしていた言わば疫病神がいなくなったって言うのにそいつの敵討ちをしようって言うのだからね」
またきっぱりとした口調で鍛冶師へ言い放つ皇女。
いえいえ、そのようなつもりではなく純粋に理由を聞いただけですよ」
怪しい声色で言う鍛冶師。
「いいわよ、別に取り繕わなくても」
そんな鍛冶師の言葉をきっぱりと切り捨てるように言う皇女。
「確かに私の姉は統率者として優秀よ、政の知識や支配者としての才能や気品の欠片の無い私と違って、ね」
「確かに、民やあんたの言うとおり姉に任せておけばこの国が良くなると私も思う、そして私にはその手伝いになることは何一つ出来ない」
「武術も知恵も容姿もカリスマ性も全てにおいて劣っている私だけれども父はそんな姉二人と変わらずに私に優しく接してくれたわ」
はっきりとした口調でどんどんと語っていく皇女。
「『お前は私に良く似ておる』ですって、冗談じゃないわ」
はき捨てるように父が言ったであろう言葉を口にする皇女。
そして、辺りがしんと静まる。
3匹のネズミが列を成して、壁際を沿うように走り去っていく。
「お姫様は態度には表してはいないが今、胸のうちでは大層お怒りになっているようだ」
鍛冶師が沈黙を破るようにゆっくりと言葉を出していく。
「感情は時として人知を超えた力を発揮させたり、その感情を何かしらの像として相手に見せることが出来ると、東の国の友人から大昔に聞いた覚えがあります」
「お姫様がそのような成りで巨大な武器を持ち上げているのもその感情のせいかもしれませんねぇ」
少し考え込むように言う鍛冶師。
「そして、何よりも私にはあなたの背後から燃え滾る巨大な『炎』が見える」
「全てを焼き尽くすかのような『怨念』の炎が、ね」
息を吹きかけるようにゆっくりと小さく言葉を一言一言吐き出すように言う鍛冶師。
「よござんす、その仕事引き受けましょう」
言い終わると怪しい口調に戻り、仕事を引き受ける旨を急に伝える鍛冶師。
「恩に着るわ」
そして、そんな鍛冶師に高圧的に言い放つ皇女。
「ええ、どこに出しても恥ずかしくないように立派に磨き上げていただきます」
鍛冶師がいつもの口調でゆっくりとそういった。
銀の鉄塔。
しばらくの時間のたったそこには銀色に輝きそびえたつ塔のように光り輝いた鉄の塔が小さな少女の手中にあった。
赤茶けた錆の付いた黒い体はどこへ行ったのやら、威厳すら感じる戦槌に磨き上げられた鉄塊。
「見違えたわ、褒めてつかわす」
「お気に言って貰えて光栄ですよ」
高圧的に言う皇女に怪しい声色で言う鍛冶師。
「恐らく、馬鹿でかい鉄の塊を担いで単身で敵国に乗り込んだ父親似の馬鹿として私は語り継がれるんでしょうね」
くるりと振り返り皮肉めいて呟き足を前へ突き出す。
どしん。
足を地面に踏み下ろすとともに、再び巨大な地響きがあたりへ響く。
そして、再び皇女は鉄塊を担いだまま路地の向こうへ地響きとともにゆっくりと歩いていった。
隣国へ単身で攻め込んだ皇女。
彼女は鉄塊で130もの兵をなぎ倒し、城壁の三分の一程を叩き壊した後、糸が切れたようにぷつりと倒れこみ、死んだという。
その死体はまるで小さな鉄の塊のように冷たく硬くなっていたそうだ。




