「ここでは、誰もわたくしを『冷たい令嬢』とは呼びませんもの」証拠もなく辺境送りにされたら、まさかの理想郷でした!?~殿下が謝罪にいらっしゃいましたが、もう戻る気はございませんの!~
「セレスティア・アシュフォード! 貴様との婚約は.......本日をもって破棄する!」
婚約者だったアルフォンス殿下がそう宣言した日、わたくしは証拠もない不貞疑惑を理由に、公衆の面前で断罪された。
「あら、随分と一方的な断罪ですこと。証拠の一つでもお持ちですの?」
「証言者ならここにいる!」
促されて進み出たのは、令嬢マチルダだった。涙ながらに「セレスティア様に脅されて、殿下との仲を裂くよう命じられました......」などと訴えている。あまりに白々しい演技に、わたくしは思わず苦笑した。
「ふふ、随分と説得力のある涙ですこと。演技指導でも受けられましたの?」
「な、なんですって.....!?」
「いえ、独り言ですわ。それより、脅されたという証拠.......お持ちですの?」
「わ、わたくしの言葉が証拠ですわ......!」
「あら、それは証拠とは呼びませんことよ? 単なる“主張”、と申しますの。あなたもしかして......あまり勉学に身を入れなかったですのね」
淡々とした指摘に、マチルダ様は顔を赤くして黙り込んだ。だが、既に結論を決めていたらしいアルフォンス殿下は、聞く耳を持たなかった。
「――なるほど、そういうことでしたのね」
反論しても無駄だと悟り、わたくしは静かに沙汰を待った。下された処分は、辺境の地フェアヴューへの下賜。体の良い追放である。
「あら、辺境ですって....? それは素敵ですこと」
にっこりと微笑むわたくしに、周囲は拍子抜けした顔をしていた。追放される娘がこれほど嬉しそうにしている光景など、誰も想像していなかったのだろう。
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フェアヴューに到着したわたくしを待っていたのは、想像とは全く違う光景だった。
「セレスティア様、遠いところをようこそ!! さあさあ、こちらへ!!」
村長らしき老人が満面の笑みで出迎えてくれる。青々とした畑、澄んだ空気、朗らかな村人たち.......王都の息苦しい社交界とは、まるで別世界である。
「まあ、随分と歓迎してくださるのですね」
「そりゃあ、王都の貴族様が来てくださるなんて、滅多にありませんから!」
素朴な喜びを隠さない村人たちに、わたくしは思わず頬を緩めた。
「あの、セレスティア様。追放されてこられたと伺いましたが、その......落ち込んでたりなどいらっしゃらないようですが……?」
村長が恐る恐る尋ねてくる。
「あら、落ち込む理由がございませんもの。証拠もなく断罪する方々のもとにいるより、よほど清々しい気分ですわ」
きっぱりと答えるわたくしに、村長は感心したように何度も頷いていた。
数日後には、村の子供たちに読み書きを教えたり、老朽化した水路の改修を提案したりと、わたくしはすっかりこの土地に馴染んでいた。
「セレスティア様、教えていただいた計算のおかげで収穫の分配がずっと楽になりました!」
「あら、それは何よりですわ。役に立てて光栄ですこと」
「王都の貴族様は、こんなに気さくなものなのですか?」
「ふふ、全員が全員こうというわけでもないですわ。わたくし個人が特別なだけかもしれませんわね」
王都では『冷たい令嬢』と陰口を叩かれていたはずのわたくしが、ここでは誰からも慕われている。実に不思議な感覚だった。
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数ヶ月が経った頃、王都から届いた手紙で思いがけない知らせを受け取った。
「――まあ、随分と面白いことになっていますこと」
手紙によれば、マチルダ様の証言は捏造であったことが露見し、社交界を追放されたという。それだけではない。わたくしが去った後、水路の管理や税の計算など、地味だが重要な仕事を一手に担っていた事実が判明し、王都の財政が急速に傾き始めているらしい。
「セレスティア様、何か良い知らせでも?」
「あら、良い知らせというより、随分と愉快な知らせですわ。かつて、わたくしの働きを『地味で見栄えが悪い』と切り捨てていた人々が、今になってその重要性に気づいたようですの」
くすりと笑いながら、わたくしは手紙を折りたたんだ。因果応報とは、実によくできた言葉である。
「セレスティア様........! 王都からお客様がいらしております......!」
村長の言葉に振り返ると、そこに立っていたのはやつれた様子のアルフォンス殿下だった。以前の堂々とした佇まいは見る影もなく、旅装も随分と質素なものである。
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「セレスティア.......頼む.......!!! 王都に戻ってきてくれないか......?」
震える声で懇願する殿下に、わたくしは静かに首を傾げた。
「あら、随分と虫の良いお話ですこと。証拠もなく断罪しておいて、今さら何をお求めですの?」
「そ、それは……国の財政が、お前のいない間にすっかり傾いてしまってだな……!」
「それはご愁傷様ですこと。ですが、わたくしはこちらでの暮らしに、随分と満足しておりますの」
「し、しかし....! 王都には便利な暮らしが――」
「便利さより、ここでの暮らしの方が、わたくしには合っておりますようですわ。それにーーー」
わたくしは辺りを見渡した。青々とした畑、笑顔で挨拶をしてくる村人たち、心地よい風......
「ーーーここでは、誰もわたくしを『冷たい令嬢』などとは呼びませんもの」
きっぱりと告げるわたくしに、アルフォンス殿下は反論の言葉を失っていた。
「マチルダ嬢の証言.......捏造だったと分かった今、もう一度――」
「殿下、証拠もなく断罪なさった件、まだ謝罪の一つもいただいておりませんけれど?」
「そ、それは、すまなかった……」
「謝罪と復縁は別のお話ですわ。わたくし、証拠もなく人を切り捨てるような方の隣に、戻るつもりはございませんの」
「わ、分かった........では、せめて、この地の統治顧問としてでも……」
「あら、殿下も随分と諦めが悪くていらっしゃいますことね? この村の運営は、既にわたくし一人で十分回っておりますわよ」
淡々とした拒絶に、殿下はがっくりと肩を落とした。
「それに.....」
わたくしは一言、前置きをした後、一拍を置いてからその言葉を殿下に告げた。
「今のわたくしを雇いたければ、一千万......いや、一千億は要求しますわ!!!」
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「――殿下、お帰りの際は、お気をつけてくださいませ」
丁重に、しかしきっぱりと送り出したわたくしに、村長が心配そうに尋ねてきた。
「セレスティア様、本当によろしかったのですか。王都に戻れば、また元の暮らしが......」
「今更戻りたいとは思いませんもの。ここでの暮らしの方が、よほど性に合っておりますわ。それとも.....村長はわたくしに帰って欲しいのでしょうか?」
わたくしが冗談めかしてそんなことを言うと、焦ったようにしながらも、村長は笑いながら話し始めた。
「い、いえ....! そ、そんなことは滅法もございません!! こ、こんな貧相な村にお恵みを施してくださったのはあなた様が初めてなのですから......!セレスティア様がいてくださって、この村は本当に助かっております!」
「ふふ、随分とお褒めになるのが上手なようで。こちらが恥ずかしがらされるとは、思いもしておりませんでした。こちらこそ、随分と居心地の良い場所をありがとうございますわ」
「王都の方々は随分と勿体ないことをなさいましたな。こんなに素晴らしい方をあっさり手放すとは」
「本当にお世辞がお上手ですこと。ですが、その通りだと思っておりますわ」
冗談めかしつつも、わたくしは本心からそう思っていた。証拠もなく人を裁く場所に価値を置くより、こうして自分の力を素直に喜んでくれる場所にいる方が、よほど幸せなことなのだ。
夕暮れの空を見上げながら、わたくしは静かに微笑んだ。追放から始まった辺境暮らしはこうして、思いがけず理想的な人生へと姿を変えていったのである。
「――さて、明日は建設途中の水路の続きを見に行きましょうかね!」
穏やかな風に吹かれながら、わたくしは新しい一日への期待に胸を膨らませていた。
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王都のその後の混乱や、フェアヴューでの新たな出会いなど、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




