誤字報告
会話劇です。
ひとによっては刺さる内容かと思われますので、物書きの方はブラウザバックをして下さい。
拙作『契約は大事です』をお読みいただくと、より楽しめる仕様となっております。
「お、久しぶり。最近、どうよ」
久しぶりに会った元文芸部の友人が、片手をあげた。
「うん、まあ、ぼちぼち?」
「また、また、また。小説投稿サイトで、一位とってただろう」
「げ。読んだの、あれ」
「読んだ、読んだ。堪能させていただきました」
「……顔と名前、一致する人に読まれたくないんだけど」
「だったら、投稿すんな」
「それなー」
とりあえず黒ビールを頼んで、席に着く。友人のにやにや笑いが目に入る。
「まだ、苦いの苦手なんだ」
「あー、まあ。せっかく金払うんだし、美味しく飲みたいじゃん」
「確かに?」
届いた黒ビールでとりあえず乾杯した。友人は最初から焼酎割りだ。うん、変わってない。
グラスをテーブルに戻すと、首をかしげた。
「んで?」
「んでって?」
「なんで今日、わたし、呼び出されたかなーって」
「一位のお祝い?」
「その真意は?」
「んー、なんか、落ち込んでるって聞いたから?」
ちょっと真顔になる。誰だ、情報、流したのは。元部長か? 元部長だな?
ほれ、話してみ、という顔をしている友人をじっと見てから、テーブルにぐにょりと突っ伏した。
「落ち込んでるっていうか、考えてる」
「何を?」
「んー。一位になったってことは、それだけいろんな人の目にふれるわけ。だから、いろんな反応が返ってくる」
「ディスられてんの?」
「いや、今時ないでしょ、そんなの。文芸部の批評会じゃないんだよ? みんな、やさしいって」
「じゃあ、なに?」
問い返す友人の顔を、テーブルに頬をくっつけたまま見上げる。
ほんと、なんだろうな。
なんで、こんなこと、考えてるんだろう。
人生には役立たないのに、存在意義みたいに手放せない感じ。
「んー、どっからが間違いで、どっからが表現かって、そういうの」
「……もしかして、誤字報告?」
「だねー。いっぱい来た」
相変わらず、変に勘がいい。
焼酎割りをテーブルに戻すと、友人はちょっとためらった感じで聞いてくる。
「嫌だった?」
「いや、それはない。むしろ、ありがたいよ。誤字って自分でなかなか気づかないし。そんだけ読み込んでくれてるってことだし。作品、良くしたいって思ってくれてるんだろうし。愛されてるなあって思う」
んじゃ、なんで?という顔をしたので、答えてやる。
「ええと、読点の打ち場所で誤字報告きたんだよねー」
「へえ。でも、読点は作者の範疇だろう?」
「うん、わたしもそう思う。なんで、そこは直さなかったんだけどさ。読点の打ち方にルールってあったかなって思って、あらためて、文章書きのルールなんてものを調べたわけさ」
「初心、忘れるべからず?」
「いや、そういうのでもなくて。知らなかったから、調べてみただけ。そうすると、真っ先にでてくるルールがあるわけよ。……それが前から気になって、気になって、気になって! なんなら話の内容が、頭が入らなくなるくらい気になってて。それが表現なのかっていうね」
友人が首をかしげる。
「なんの話?」
「あー、ええと、ほら、段落一字下げないやつ」
「ああ、あれ」
「そう、あれ。ほんと、謎なの。あれって表現なの? それとも間違いって指摘していいの?」
「いやあ、さすがに表現なんじゃないの。小学生の読書感想文にだって使う決まりだろ?」
「だよねー。でも、そうするとさ、その表現の意図がよくわかんなくてさ」
「どういうこと?」
「だから、文章の基本ルールも知らないのかな、この人、って思われるリスクを負っても、大事にしたいこだわりってことじゃん?」
「……まあ、そうなる、か?」
「んで、投稿する全員が商業化ねらってるわけじゃないと思うけどさ。商業化したら、絶対縦書きじゃん? 文章の一般的なルール、詩作でもないかぎり、守ることになるじゃん。なのに、今ここで、あえてルールを守らない意図って、なんなのかなって」
友人が固まった。何か考えを巡らせている感じがする。
「なるほど?」
「もし、もしもよ? 出版なんてことになって、プロの校正さんに『段落のはじまりの文章は、一字下げます』なんて、コメント書かれてみ? 恥ずか死なん? それとも、これがわたしの表現ですって、校正さんと戦うの?」
友人が苦笑した。
「いやあ、それはさすがに無理なんじゃないか」
「だよねー。出版物で段落一字下げしてないの、見たことないもんね」
体を起こして頬杖をつく。卵焼きを口に運ぶ。だし、うますぎ。
「これはわたしだけかも知らないけど、段落の具合で、文章のリズム変わるからさあ。商業化ねらうなら、なおさらルールの逸脱はなしだろうし、ルールにのっとった文章書くのに、慣れておいたほうがいいと思うわけ」
友人がぐびりと焼酎を飲んだ。その喉が動くのを、なんとなく見つめる。
「そういうのを考えると、一字下げずに書く意図って、なんだろうなと思ってさ」
「なるほどな」
「商業化なんてねらってません、これがわたしの表現です、は、ありだとは思うんだけどさ」
黒ビールをあおって、テーブルに置く。
「ぶっちゃけ、単純に読みにくい。これはほんとに個人的意見だけど。文のまとまりが感覚的にわかんなくて、読んでてしんどい」
「まあ、既存文に慣れてると、違和感あるよな」
ふたたび、テーブルに突っ伏す。
「ということを、つらつら考えてたら、疲れた」
「おまえ、いっつも考えすぎなんだよ」
「それ、設定のこと言ってる? 設定つめずに人間なんて書けないでしょ?」
「そうでもないんじゃないの?」
「そういう人はそれでいいよ、別に。わたしは設定考えるのが楽しいの」
「すねんなって。ほら、焼き鳥やるから」
「そっちの肉がいい」
「はいはい」
肉の最後の一切れを取り皿にのせてくれる。面倒見がよくて、やさしいのは、変わらないなあ。
「ところでさー、ほんとになんで今日、呼び出したわけ?」
「んー。元部長にそろそろケリつけろって言われた」
やっぱり、あいつか。ランキング一位とか、友人にバラすんじゃねーよ。
「けりってなに?」
「んー、外堀ばっか埋めてないで、あたって砕けろってさ」
「うん? 砕けること前提?」
「いや、砕けたくはないんだけどさ」
「なに言ってるか、わかんないんだけど?」
テーブルに突っ伏したまま、友人を見上げる。頬杖をついた友人がじっと見つめてきた。
「おまえの作品、読んだって言ったよな」
「言ったね」
「んじゃ、これでいいか」
友人はテーブルに身をのりだすと、耳元に顔を寄せてきた。
「早く俺を好きになってね。愛してるよ、空さん」
耳を押さえて、後ずさる。
信じられない。信じられない! いま、なに言った、こいつ!
「とりあえず、抱きしめても?」
元の位置に戻って、友人は両腕を広げる。
「ば」
「ば?」
「ばっかじゃないの!?」
「あれ、趣味じゃなかった?」
「だから、あんたには読んでほしくなかったのに! 趣味嗜好が丸わかりじゃん!」
「参考にさせてもらいます」
「ああ、嫌! ほんとに嫌!」
「まあ、そう言わずに。それで返事は? やっぱり婚約が先?」
「いや、今時、婚約なんてしないでしょうが!」
「俺はしてもいいけど?」
思考が止まる。
それから、ぐるりと思考が回り出す。
いままでの友人の台詞を要約してみる。
「け、結婚を前提に付き合いたいと思ってるって思っていいの?」
「いいけど。まあ、順当にお付き合いからお願いしますか。どう?」
「どうって」
にこりと笑う友人の顔が、本当に嬉しそうで。
悔しい。
「ねえ、わたしに誤字報告、送った?」
「さあ、どうだろう」
友人のはぐらかしに確信した。
ああ、もう、ほんとに悔しい。
――男主人公のレンは、本当は漢字名じゃないんですか、なんて。
「観念して、俺のものになって」
息が止まるような報告、送らないで欲しい。
悔しいけど。ほんとに悔しいけど。
嬉しくて仕方ないから。なんとか声をしぼりだした。
「うん。よろしくお願いします。――――蓮さん」
この日、友人は恋人になった。
物書きなので、誤字報告の所感を物語ってみた次第。この物語はフィクションです。
特定の誰かを非難する意図も、貶める意図もありません。せっかく話が面白いのに、表記が気になって楽しめないー! という、未熟な読者である私の心の叫びです。老眼では、印がないと、段落が即座に判定できません。
読点の誤字報告をしてくださった方、本当にありがとうございました。おかげさまで、物語が一つ書けました。
誤字報告、いつもありがとうございます。大歓迎で、お待ちしております。




