なんかの神さま
水曜洋画劇場は夜中の九時から絶賛放映中だけれども大体放送されるのは洋画でなく邦画で、つまるところ僕は居間でだらりだらりと映画『半落ち』を観ていた。
男二人でテレビを観てた。家族じゃなかったらやらないよね、隣は父さんです。
さて中盤に差し掛かり、HPがゼロに近い寺尾聰の背中を指すってあげたくなったところで、
「明後日ついに十五だな。悟はなんの神様になるんだ?」
と父さんが突然声をだした。
寺尾に集中していたはずの僕の思考が父らしからぬトリッキーな発言に一瞬で奪われて僕は首を傾げた。
「は?」
「決めてるんだろ、教えろよー。なんの神様?」
「いやだから、……は?」
「え? ……十五になれば、ウチはみんな神様になるでしょ」
僕は耳を疑った。そして実父の頭を疑った。
「父さん、最近眠れないの?」
「いや父は病気じゃないよ真剣だよ!」
父さんは馬鹿にして、とぷりぷり怒った後、はっと目をしばたいた。
「言ってなかったろうか。父は悟に、うちが神様だって話をしていなかったろうか」
まじまじと僕をガン見しながら父は真剣な表情を作って、
「実は悟に話があるんだ。真面目な話だ。実はね、うちは神様の家系なんだ。
十五になると、自分がなんの神様になるかを決めなくちゃならない。
だから十五になるまでに、自分がなんの神様になるか、決めておきなさい」
勘違いした不細工ナルシストのような不気味きわまりない決め顔で長台詞を言いきると、父はまた何も考えてなさそうな顔に戻った。
「はー、ごめんなさいね。言ったとばかり思っていたよ。で、なんの神さ」
「父さん、最近お腹痛いの?」
「信じてないね! さては信じてないね!?」
「信じられるかぁああああッ!!」
父の言動に『半落ち』に向けたい意識を泣く泣くぶつける。今まで映画に注いだ感情が醒めた罪は重いのだ。
しかしながら父さんは、僕の魂の訴えに全く動じなかった。そればかりか、
「父怒った。怒ったぞう、みておれ。お前の左腕のほくろ毛を」
突然両手を広げて、父さんは天を仰いだ。
「まさつぐさぁん!」
誰やねん、と一瞬つっこみ、そういや天国にのぼったおじいちゃんマサツグじゃね?
「おじいちゃん。この忌々しき次男坊のほくろ毛を伸ばしてください!」
瞬間、全身をべろべろ舐められるような感覚に襲われた。
ほくろ毛という言葉に思わず、左腕をみる。左腕のちょうど肘の裏に、僕はほくろがあるのだ。そしてそのほくろから、周りよりちょっと濃い毛がたまに生えて抜いている。
はたして、そのほくろから、まさかのほくろ気が伸び始めた。それも尋常な太さじゃない、髪の毛の様だ。それもただの髪の毛じゃない、シャンプーのCMも青ざめるような艶やかなほくろ毛が。
「うわっ、うわわわわあキメええええええ!」
「どうだっ。祖父・ほくろ毛の神の力は!」
父さんは、いや糞親父はアイドルのようにウインクをしてから、
「……信じた?」
僕はしたり顔の父を殴りたい右手を抑えて、そっと左腕の毛を引っ張った。しっかりと毛根に根をおろしたほくろ毛は、ちょっと気持ちいい痛みとともに、抜けた。快感なのが悔しい。
そして僕は信じざるおえないだろう。父の発言を。うちは神様の家系なのだ。百万歩ハイステップムーンウォークして神様の家系だと信じようじゃないか。
だが突っ込ませてください。
「なんなのその地味な力!」
「地味だから良いんだよ、分かってないなぁ」
そう、その顔むかつく!
人を小馬鹿にしたような表情に、やれやれと肩をすくめて父さんは口を開いた。
「神様の家系は沢山あるんだよ。
大体の力は古い神様が所有しているけどそれ以上に、一人が調子こいて巨大な力を持つと、戦争になるんだよ。
イスラム教とか仏教とか、目立ちすぎてるのあるでしょ。ああいうのは駄目なの、争いのもと」
なるほど、それも一理あるかも。納得しようとして、僕は首を振った。
納得できないことがある。
「だって、献血も便検査もできるじゃん!」
「体は人間だからさ。幼虫みたいなもんなの。死んだら、神様になるの。まさつぐさぁん!」
そうじゃよ~、と何処からか死んだ声がした。懐かしい声なのに苛立つのは何でだろう、心狭いですか僕は。
「じゃあ!」
「じゃあ?」
噛みつこうにも上手く考えが浮かばず、僕は少し考えてから、
「……神様なのに何でイケメンじゃないのさ」
そう。僕と父さんはイケメンじゃない。兄さんは母さんに似てイケメンだけど。
「……目立ちすぎるとダメって言ったろう? キリストの惨劇というものがあってだな」
「キリストの惨劇?」
父はまるで百物語を語りだすように神妙な顔になった。
「キリストの惨劇……。
キリストはジョニー・デップ似のイケメンだったから変に人気が出てしまう。
ある日、若干ストーカーっぽい気質のあった友達がネタに小説書いちゃう。
死んだあとに神様だったから何となく外に出たら大盛り上がり。
小説はリレー小説に発展、その後紙芝居なり本となり大ブレイク。
それが聖書と呼ばれて大事になってしまったんだよ!」
……うわぁ。
あまりの下らなさに言葉を失っている僕に何を勘違いしたのか、父さんは
「イケメンは罪なんだよ……。
だから知広はね、
幸せ☆
父に感謝☆」
――殴りたい、すごく殴りたい。
パッションを抑え込み、僕は平静を装った。同じ土俵に立つなどごめんだった。
「……そうなんだ。キリストは何の神様なの?」
「なんでもないものに浮かびあがる神様だよ」
なんでもないもの?
最初は疑問に感じたが、そういえばキリストの奇跡の中に、白い布に浮かび上がるものがあったと思い出す。
聖骸布、だっけ?
「あー……よく布とかに出る……意外と地味なんだね」
「最近ではパソコンとか、iPADなんかもキリストの仕事だよ」
「地味だけど凄いな!」
「先を読んでるよね」
はっと息をのむ。キリストの凄さにいつの間にか僕は父さんのペースに呑まれていた。
「信じてくれた?」
戸惑う僕に、父さんが微笑んだ。
悔しいけれど、さっきのほくろ毛のことやマサツグの件もあるし、信じるべき事実なんだろう。僕は神様になるのだ。
割り切ってしまえば、なんだか楽しみになってきた。僕は神になるんだ!
「そういや父さんは何の神様なの?」
「聞いて驚くなよ!」
おじいちゃんがおじいちゃんだからきっと、地味なんだろうな。そう思いつつ、父さんの発言を待つ。
父さんは薄目で、ミリオネアの如く溜めに溜めて溜めまくる。
そしてついに、カッと目を見開いた。
「エロいと髪がすぐ伸びる神様さ!」
………………え。
「……もしかしてウチ、体毛関係じゃないと駄目なの?」
「うん」
意外と有名だけど地味極まりない神のしたり顔を見ながら、俺はその場で号泣した。
テレビの向こうでは、パトカーに乗った寺尾聡も泣いていた。
5分大祭で書こうか迷ってやめたお話です。こっち書けば良かったかも。