第6章 風の出立
数日後、驚いたことに、僕のもとに彼女からメッセージが送られてきた。
書店のイベントのお知らせだった。
「好きそうだから」と添えられていたが、確かに気になるイベントだった。
でも他の用事があったため、参加できないと返事をした。
問いかけに吹き抜ける風本棚の古き記憶の灯りがゆらめく
風がまだ吹いているのかもしれない。
僕は思い切って彼女に問いかけた。
「あなたの人生で一番良かった本も、教えてください」
しばらくして送られてきた回答に、僕は息を呑んだ
「万葉集」
僕は自分が歌人であることを、彼女に告げていなかった。
「古代の人が読んだ三十一文字が、グッとくるのってすごいよね」と添えられていた。
時空を超えて人の心を打つ歌。
僕は、彼女からまた大きな宿題を受け取ったような気がした。
言の葉の風に吹かれて星巡り千歳百歳君が微笑む
言の葉のそよそよと吹く森の風胸に寄り添いひらけし扉
宇宙へと放った言葉が弧を描き億光年経て君と交わる
彼女の「万葉集」という答にインスピレーションを得て、僕は言の葉の短歌をいくつも詠んだ。
その年のクリスマス、僕は彼女とのささやかな約束を果たした。
「約束の一冊、今年読んだ中で、もっとも深く心を揺さぶられたのは、折口信夫の『死者の書』でした」
万葉集の研究家でもあり、国文学者で歌人の折口信夫が書いた、當麻寺を舞台とした幻想小説。
僕は、紅葉の當麻寺の境内で、この小説を読んだ。
彼女はこの本を読んだ時、何を思うのだろうか?
そして、僕は、退職を決意した。歌人だけでやっていく。
善き風だ今だ帆を張れ漕ぎいでよあの王国の城をめざして