第5章 風の約束
初めて参加した同窓会の夜は、あっという間に時間が過ぎた。
次があるとしても10年後。別れ際、LINE交換をして、握手やハグで名残を惜しんだ。
駅からの帰り道、スマホの通知が次々と鳴る。同窓会のグループLINEに、「ありがとう」「楽しかった」のメッセージやスタンプが溢れていく。
私はそれら一つひとつに、静かに“いいね”を押していった。
彼が送ってきたのは、柴犬がしっぽを振るスタンプだった。
彼らしい可愛いそのスタンプを、私はそっと撫でながら、「ありがとう」と呟いた。
家に帰ると千佳からメッセージが届いた。
「お疲れ様、楽しかったね」
「ありがとう。参加してよかった」と返した。
彼との再会は、それだけのはずだった。
たぶんもう10年後は無いし、二度と会うこともないだろうと思った。
一期一会の同窓会。隣の席になったこと自体が奇跡だったのだから。
温かな思い出を胸に、いつもと同じ日々を繰り返すはずだった。
数日後、私はお気に入りの独立系の小さな書店のイベントのチラシを手に入れた。
そのチラシを見たときに、ふと彼も好きそうだなと、そんな風に感じた。
既読スルーされたらどうしよう。そんなことを思いながら何度かスマホを閉じたり開いたり。
結局、これが最後と、同窓会のグループLINEから、彼個人にイベントの情報を送った。
思いがけず、彼からすぐに返信があった。
「情報ありがとう。面白そうなイベントだけど、あいにくその日は予定があって」とがっくり肩を落としている柴犬が送られてきた。
私は「返信ありがとう。素敵な書店なので機会があればぜひ」と、本当にこれが最後だと、それだけを返した。
ところが、彼から返信が来たのだ。
「年末に、今年一番良かった本を教えてください。僕も教えますから」
その一文だけで、私の心は弾んだ。
そして、それから年末までの間、いくつかの短いメッセージを交わした。
読んだ本やお薦めの本、イベント情報など。
日常の中で、言葉少なに本を通してだけ繋がるやりとりは、ささやかでここちよい風の吹く時間だった。
この風を絶やさない、この機会をもう逃さない。
私はどこかで、そう心に決め始めていた。