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第1章 風の光るとき

会場となった講義室には、思いのほか多くの同窓生たちが集まっていた。

面影の残る人、全く誰だか分からない人、顔は覚えているけれど名前を思い出せない人。


空いていた席に着き、恩師の模擬授業が始まるのを待つざわめきの中、私はそっと息を吐いた。

さっき図書室の窓辺に見えた人影は、やはり彼だったのだろう。そして彼は、私が到着したことを見ていたにちがいない。なんとなくそんな気がして、それだけで、今日は来てよかったと思えた。


恩師の模擬授業は、まさかの「40年前の夏休みの宿題として提出した短歌の講評」だった。

「短歌は入試に出ないけれど、私は昔から好きでね。みんなの短歌の短冊、捨てられなくて」

あの夏の終わりに、先生が一首ずつ無記名のまま短冊にして、教室の後ろの壁に貼ってくれていたものだ。

「今日のこの授業のために、40年ぶりに読み返して、とても懐かしくて」


そして短歌の授業が始まった。

少し色褪せた短冊の束の中から、何枚かを取り出して、読み上げていく。

最初は、当時、流行った歌の歌詞やドラマのセリフをもじった短歌。



恋なんて してる暇など ありゃしない 

模試の点数 夢より現実

  


生徒諸君 あぶない夏だ ときめいて 

ギザギザハートの ロックンルージュ



風の谷 メーヴェに乗って 飛んでみたい

腐海の謎を 解いてみたい


笑いと懐かしさが渦のようにはじける。

笑い過ぎたのと懐かしさで、少し涙がこぼれそうになる。

先生も笑いながら続ける。


「では、次は、もう少し短歌らしい一首を紹介しましょう」



放課後の 昇降口の 雨宿り

吹き抜ける風 君と待つ虹


思わず息をのむ。私の短歌だ。

なぜ今まで忘れていたのだろう。

あの頃流行っていた、さだまさしさんの「雨やどり」から、イメージを膨らませて、彼との雨宿りを妄想して詠んだ歌。

気恥ずかしさに、一人机の下でハンカチを握りしめていた私を置いて、先生は深堀せず、最後にもう一首と、先へ進んでくれた。


「これは、ずっと印象に残っていた歌です」



蝉の声 図書室の窓 風光る

消しゴム拾う 君の横顔


一瞬、時間が止まった。教室のざわめきが、ふっと消えていた。

あの夏の日の、図書室の窓の外で啼く蝉の声を、今、その教室の全員が思い出していた。


「音と光と、優しいまなざしに現れる、とても繊細な誰かを想う気持。高校生が初めて詠んだとは思えない、素晴らしい短歌です。この作者が、今も短歌を詠んでいることを、私は願っています」と先生は締めくくった。


結局、誰が書いたのか明かされなかったけれど、私の中の記憶のページがゆっくりと開いていく。

あの夏の日の、あの窓とあの風と。

この歌は彼の作品だ。私は確信していた。


全8章予約投稿済。毎日8時10分と20時10分に投稿します。

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