エルフに会う
かなり高い所から声がした。
高めの、ちょっと鳥っぽい甲高い声だけど、何言ってるかはわからない。響きがどことなく偉そうだってのだけが分かる。
声の出所を探すと、少し先に立つ木の枝の上に、葉叢に隠れるように人が立っていた。人・・だと思うけど、雰囲気が微妙だ。
マーシェとファラが顔を見合わせて、それからアティスに何か言った。
アティスが声の主に向かって叫び返す。
返事が返ってくると、マーシェ達はげっそりした表情になった。アティスがもう一度何か言ったが、短く「り!」みたいな声が返ってきただけで、木の上の人影は消えてしまった。
今度は全員で顔を見合わせて、相談し始める。ファラが辺りを見回して、かぶりを振る。リズベルが肩をすくめる。彼女が何か言うと、マーシェがうーんと唸って、その肩をファラがポンと叩いた。
話は決まったらしい。
アティスが馬車から降りて、馬具を馬から外す。ファラは桶を持って、荷台に積んであった樽から水を注いだ。サラは長い髪を三つ編みにした後、もう一度マントを頭から被り直した。
え。何だ、どーなってんだ。まさかここで野宿?こんな道の真ん中で?
午後。やや日も傾いている。
一体何がどうなったのか、俺が途方に暮れていると、リズベルが例の長い詠唱の後、事情を説明してくれた。
「エルフに通せんぼされたの。さっきお昼休憩した所まで引き返すわ。」
エルフ!さっき木の上にいたの、エルフだったのか。ちょっと、イメージと違う。もっと何というか、ヒトっぽいと思っていた。いや、エルフなんだからそもそもヒトじゃないんだけど。微妙。宇宙人っぽいって言ったら怒られそう。
「エルフってさっきちらっと見えたと思うけど、森の住人ね。ヒトの言葉を使うけど、融通効かせるとか、話を通すとか無理だから、うまく折り合うしかないの。羊の群れと一緒。」
リズベルの言葉は容赦ない。羊の群れって酷くないか?
あれ?じゃあサラは?サラはすごくヒトっぽい。普通にイメージするエルフって感じだ。変わった雰囲気があるが、耳が尖っている以外あんまり違和感ない。
「足、大丈夫なら、歩いてね。あと、こっちの言葉をなるべく覚えてちょうだい。あんまり足手まといじゃ、いざという時置いて行かなきゃならないし。それとサラの耳ちらちら覗くの#&@$」
魔法の効果が切れると、リズベルは大きく息をついた。やっぱり魔力を結構使うんだろう。
耳。俺、そんなにサラの耳を見てるかな?確かに尖ってるから、気になるっちゃ気になる。今はフードに覆われて、見えない。
それにしても今、さらっと怖い事言われたぞ。足手まといなら置いて行くとか。ひでぇ。俺だって役に立ちたいと思ってるし、今だって好きでこの世界に来た訳じゃないし。そもそも足手まといなら、前の町に置いといてもらってもよかったんだ。
向かっ腹を立てていると、マーシェ達が戻って来た。一抱えほどの草を馬の前に積み上げる。
馬が草をはみはみしている間、ファラと二人でしばらく相談して、やっぱり戻る事になったらしい。狭い山道で何とか馬車をUターンさせて、元の道を進み始めた。
俺は馬車の後ろを歩く。俺がむくれているのに気がついて、ファラが不思議そうに俺を見る。説明したいが、どう言っていいのか分からないのが、またムカつく。
大体リズベルの魔法が中途半端なんだよな。あっちからは何でも言えるのに、こっちの言いたい事は伝えられないって何だよ。俺も魔法を覚えろってか?
サラが、しばらく進んだ所でマントを脱いだ。あの尖った耳が見える。
可愛い。めっちゃ無愛想なの差し引いても、サラは美人だし特にこのエルフっぽい耳が超アガる。
あ、リズベルに見るなって言われたっけ。
そのサラが、何かしらリズベルに話し掛けた。道はやや下りで、リズベルもアティスも馬車を降りて、馬の轡をマーシェが取っている。
女子二人でしばらく話し込み、時折ちらっとこちらを見る。何だ。また耳見たとかって怒ってんのかな。
結構下った辺りでさっきの空き地が見えて来た。馬車を入れて、馬を馬車から外してやると、嬉しそうに全身をぶるっと震わせた。
あー疲れた。何かすごろくで「二つ戻る」が出た気分だ。ていうか、俺は一体何してんだろう。ついて来たのはいいけど、ホントにこれでよかったのかな。今ならまだ、俺が出てきた森に戻れるかもしれない。もしかして、実はそばに帰り口があったかも。
イヤイヤイヤ、仮にそうだったとしても、あの山犬みたいなオオカミみたいなヤツがいる所に戻るなんて、命がけじゃん。
ぐるぐる悩んでいるうちに、野営の準備は整っていく。
なんか手伝った方がいいよな。でも何したらいいんだろ。
するとまた、ファラに火打ち石を渡された。もう一度やってみろということらしい。カッカッと打ち付けると、火花は飛ぶ。それを何とか枯れ草のかたまりに移そうとするが、難しい。それでも何回も何回もやっているうちに、火がついて燃え始めた。
「やった!」
思わず声が出て、急いでそれを小枝の山に放り込んだ。
今回は手を出さずに見ていたサラが、何か唱えながら手を踊るように動かした。なんだろう。
リズベルが何か言った。それが頭の後ろでこだましたので、びっくりする。それが詠唱に変わると、二重に言葉が聞こえて、気持ち悪くなる。電話をかけた時に時々なるヤツ。あれになると、一回こだまが止むまで会話が止まるけど、リズベルは片耳に指を突っ込んで詠唱を続ける。眉間の皺がすごい。うえぇ。精神力ヤバイ。
やっと止んだ。
「どう?ヒロキ。何か話せる?」
「え?」
話すって何を?
急に言われて、言葉が出ない。
「しょうがないわね!じゃあさっきの続き。勘違いしてるかもだけど、鼻の下伸ばしてサラ見るの、やめて。サラは男だし。ゲイじゃないし。」
「えっ!えええ!男!男か!マジで?」
声が出た。
リズベルはやっぱりね、という顔になった。後ろでマーシェとファラが爆笑している。




