最初の町を出る
三日目。
トイレはボットンだった。
地味にツライ。
まあ、こんなインフラ整ってない田舎に期待する方が間違っているんだろうけど、この先もし元の世界に戻ったとしても、ファンタジー小説とか突っ込まずに読む自信ない。
今日も夜明け前に起こされて、びっくりしたのは、宿の客はみんな夜明け前に発つということだった。朝メシを昨日買っておいたパンとかで済ませてさっさと出発して行く。俺たちも支度して、荷物も積み込んだが、大変なのはエルフだった。
寝起き、めちゃ悪っ。何をどうしたって起きない。
エルフだからか? 光合成してるとか。日が当たらないと力が出ない~的な。
結局ファラとマーシェとで担ぎ下ろして、四人がかりで馬車に乗せた。
あんなに早く寝たのになぁ。多分八時過ぎにはベッドに入っていたと思う。おかげでなかなか寝付けなかった。あんな時間に寝たの、小学生以来だ。
馬車の手綱は、昨日と同じくアティスが取った。他のメンバーも昨日と同じ配置だった。決まってんのかな。
それにしても、町には「ヒト」しかいなかった。昨日の買い物の時に一人だけ旅行中らしいドワーフっぽいのがいたけど、それだけだ。
もっとエルフとかコボルトとかホビットとかぞろぞろいるのかと思ったけど、そうでもないらしい。
エルフのお姉さんがいっぱいいる飲み屋とかないかなぁ。憧れるな~。
サラも綺麗だけど、胸がぺったんこだからちょっと寂しい。リズベルはもちろん子供体型だし。
王道ファンタジーラノベとか、ここいらでボンキュッボンなお姉さん剣士とか出てきそうなものなのに。
くそー。
町を出ると、やがて街道はゆっくりと上り坂になった。するとファラが手まねで馬車を降りろと言ってきた。
何だろうと思ったら、どうやら馬の負担になるから歩けという事らしい。
え。歩くのか。
サラはまだ寝ている。ちなみにマーシェも馬車の上で寝ていた。
何か俺だけ歩くとかちょっと納得出来ないが、ファラが言うんなら仕方ない。
道は上ったり下ったりしながら、だんだん山道になっていく。キツイ。
明るくなってきたし、だいぶん上がってきたと思って今来た道を振り向いたら、昨日泊まった町がちらっと見えた。
ええ!!!まだこんだけ?うそだろ。いや小さくはなってるよ。離れてはいる。だけど思ったより近かった。車なら十分で来れるかも。いやいやいや。本当にがっくりきた。
昨日と同じように、日が昇ってきたぐらいにサラが起きた。辺りを見回して状況を把握すると、大あくびを一つして、服を整えてから馬車を降りた。
この人たち、やっぱり歩くの慣れてるんだろうなぁ。
アティスが振り向いて、何か言った。多分おはようとかそんなだろう。
「シオンコーリケイシ」
俺も同じように言ってみたら、全員が俺を振り向いて笑顔になった。いつも無表情なサラまで、ふふっと笑ったのでびっくりした。美人が笑うと、ドキドキするなぁ。
少し元気出た。
その後がんばって歩いていたが、足痛くなってきた。もう二時間以上は歩いた。絶対マメ出来てるに違いない。昨日の分の筋肉痛もある。辛い。どこまで歩くんだろう。
なんかもう、あんまり物が考えられない。痛いとか辛いとか、はやく次の休憩にならないかなとか。そんなことばかりがぐるぐる頭を回っている。
やがて昼近くなって、馬車は止まった。何にもないただの山の中だが、少し開けた草地の広場があって、ピクニックにちょうどいい感じだ。
あー、休める~。
馬車が止まったので、マーシェが目を覚ました。眠そうに目を瞬きながら馬車から降りてくる。
「しよんこりけいしー」
とりあえずさっきと同じ言葉をかけてみる。一瞬間があって、マーシェは苦虫を噛み潰したような顔になった。
うわ。何だろう。怒らせたかな。おはようじゃなかったのかな。
言葉が分からないって辛い。
ビクビクしていると、ファラが手招きして火を起こせと言ってきた。
はいはい、なんでもやります。やらせて下さい。
基本、火打ち石で火をおこして火種を作り、それを焚き木に移していくやり方だ。キャンプとかでやったりするやつ。知識はある。経験はない。
かちかち火打石を鳴らして四苦八苦していると、横からサラが指先を焚き木に突っ込んだ。
何だろうと見ていると、そこからチロチロと炎が見え始めた。
えええ~~、何だそれ。指先チャッカマン?
あーやっぱ、エルフって基本魔法使いなんだな!
すげえ。
長々と詠唱したリズベルと違って、一瞬で火の魔法を使った。うおぉ。俺もやりてぇ〜!やっぱ無詠唱って事は、上級の魔法使いなのかな。
火が起こると、湯を沸かしてお茶っぽいものを作る。リズベルがパンを切り分けたが、これが固いのなんの。石みたいだ。噛みきれない。
みんなどうしてるんだろうと思って見たら、パンを丸ごとお茶のカップに突っ込んで、スプーンですくって飲んでいた。なるほど。クルトンとかの要領だ。
石に腰掛けてしばらく休んで、出発だというんで立とうとしたら、足が動かない。
「う〜」
昨日から歩き過ぎだ。力を入れると、足がプルプルする。足の裏も痛い。絶対マメ潰れてる。
すると、ファラがしゃがみ込んで靴と靴下をぽいぽい脱がし始めた。足の裏をくるっとひっくり返すと、やっぱりマメ潰れてる。うえぇ。皮がベロベロ。
何かマーシェと話して、ファラはそこに手を当てた。痛えぇ。痛いって。
しかしファラがぶつぶつ呟くと、だんだん痛みが薄くなってきた。うぉぉー。ヒーリング?ヒーリングの魔法?すげえ。凄すぎる。あ、もしかして左手の傷、ファラが治してくれたのかも。
ていうか、この世界って、魔法使い普通にいるんだな。みんなデフォルトで魔法使えるのかな?
だったら空飛ぶ箒とかあったらいいのにさ。この馬車は飛びそうにないけど。
そしたら、楽にあちこち行けるのに。
ファラがパッと手を離すと、ベロベロだった皮が、きれいに引っ付いていた。おお〜治ってる。
靴下と靴を渡された。そして馬車に乗るように示される。
やった・・しばらく休める。
サラみたいな女の子を歩かせて、男の俺が歩くってちょっと後ろめたいが、背に腹はかえられない。
みんな元気だな。へとへとになっているのは俺だけで、他のみんなは割と平気そうだ。
昨日だってそうだ。ファラが武器屋に連れてってくれて剣を買ってくれようとしたのだ。でも店で一番細そうな剣でも、振り回したらたたらを踏んだ。だって重い。普通に鉄の塊だった。
コンビニのビニール傘みたいに無造作に木箱に突っ込んである剣を見て、すげぇテンション上がったのに。
もしかして、もしかすると実はすげぇ剣士の才能があったりなんかして、「聖剣が俺を呼んでいる」みたいなことが、この期に及んであるんじゃないかとか、ちょっっとだけ期待したんだけど。
無理だった。
結局、果物ナイフみたいな小さいのを買う羽目になった。だせぇ~。
だらだらと山道は続いていて、皆黙々と歩く。いい天気だから日向は暑いぐらいだが、木立の陰は涼しい。時々ファラとマーシェが何か話したりしているが、サラは基本的に無言。アティスは鼻唄まじりに馬車を操っている。リズベルはたぶん日焼けを気にしているんだろう、布を頭からすっぽり被っている。
俺は取り敢えず、足をマッサージする。でも痛みはさっきに比べて大分いい。もう少ししたら、歩けるかも。でももうちょっと馬車で楽してぇ。どうしようか。
迷っていると、馬車が止まった。
え?降りろってか?
アティスが何か言った。マーシェが応じる。
何か居づらいし、降りようとすると、マーシェに怒鳴られた。
何だよ、どーすりゃいいんだ。
馬車の上で、中腰のまま固まっていると、ファラが手で座れと指示してきた。マーシェとファラがすらりと抜剣する。いつの間にかサラも弓を手にしている。慌てて座る。
どうした。
なんか襲撃でもあるのか。