午後 異世界から帰ってくる
もう一度飛竜に乗って、今度は荒れ地に降りた。
最初にマーシェ達に会った場所に似ている。もしかしてここじゃないか?すごく期待する。
「さー行くよ。」
くくられて、またドンと突き飛ばされた。
今度こそ、頼む!
東京っぽい街の、ビルの屋上に立っていた。
あ!東京・・・ぽい。すごくそれっぽい。
でも、スマホを取り出したら圏外だった。どうするか迷う。
スマホを信じるべきか?
屋上の隅に階段があった。注意書きっぽい白い札が脇にかかっている。
近付いて読む。そしてがっかりした。読めない。
日本語でもハングルでもアルファベットでもない。あえていうなら、楔形文字とか?
エジプトとかあっち方面なんだろうか。
もっとちゃんと色々勉強しておけばよかった。
下を見たら、何人か人が歩いていた。
おお!
そしてその歩いている人には、どうやらもふもふの耳としっぽが生えていた。
ぐは。今それは求めていない。
「また違った?」
「違った・・」
「うーん、なかなか当たらないなぁ。」
「そんなに世界の穴ってあるんだ。」
ファラの突っ込みに、リオンはうなずく。
「今日中に行けるとこって、あと二つかな?全部で十五ぐらいあるんだけど。」
「穴だらけだな!」
「ヒロキみたいにこっちに来た人って、もっといるんじゃない?」
「あー、いるいる。空につながってて、落ちて死んだのもいたよ。それはさすがにかわいそーだった。」
リオンはさらっというが、俺は心臓がきゅっとなった。
「そんなこと、あるんだ。」
「助けてもらえる異世界人って稀なの。君、幸運なんだよ。自分で思うよりもね。」
「肝に銘じます。」
全部で十五もあると聞いて、今日中に帰るのは無理だと腹をくくった。
これ、もし龍神様の申し出を断っていたら、本当に死ぬまで帰れなかっただろうと思う。
そしてまた次の穴へ。
リオンは変わらずケロケロ笑っている。アティスは鼻歌を歌っている。ファラも楽しそうに飛竜に乗っている。マーシェは変わらず仏頂面。
ただ、サラは無表情だが明らかに飽きていて、リズベルは疲れている。一番小さいもんな。申し訳ない。
飛竜は今度も結構な時間飛んで、もう日が傾くころに、見渡す限り草原の中に降りた。
「大分来たなぁ。もう少しでスーナルの領域だ。」
ファラがそんな話をするが、こっちはそれどころじゃない。飛竜から落ちないようにするのに必死だった。
体、カチコチ。
「寒い・・」
ぶるぶる震えていると、仕方ないなぁとつぶやいたサラが、二つ三つ呪文を唱えた。
俺の周りがほんのり暖かくなる。助かる。嬉しい。
「はいはい、いいから。こっちだよ。早くしないと、穴が移動する。」
リオンに引っ張られて、くくられて、皆がロープを持ったのを確認して、これで四度目、突き飛ばされて穴に飛び込んだ。
気が付くと、半分田んぼに足を突っ込んでいた。あぜ道っぽい場所に立っている。
それから、遠くにホンダのカブ?
み、見に行きたい。でもある程度からロープに引っ張られて近づけない。
どうしよう。急いでボディバッグからスマホを取り出す。
あっっ!アンテナ立ってるー!!!
圏内!
アンテナ!
d〇c〇m〇さん!ありがとー!!!
あ、百秒!急いで震える手でロープを切る。そしてそこにペンケースを括りつけた。
シュッとそれが消える。
ああ、もうあっちには戻れない。
ロープが切れたので、しばらくその切れ端を持って茫然としていると、ホンダのカブの持ち主が帰ってきて動かそうとする。
わあ。
急いで近寄って「あの!」と声をかけた。
ナンバープレートに変な鳥が書いてあるのが見えた。
「あの、ここどこですか?」
おじさんはけげんな顔で俺を見た。
「ああ?」
あ、日本語通じないのかも。あ、外国だったら、異世界だったらどうしよう。
「ここがどこか分からんの、あんた。」
おじさんがものすごく怪しむ顔つきになる。
に・・・日本語だった。日本語だった。日本語だったー!
「ま、ま、迷子になってしまって。」
そこまで言った途端、自分でも思ってもみなかったけど、突然泣けてきた。
「ズマボも電池切れで。」
地図アプリを立ち上げる前に切れた。
悪友に車で連れてこられて、置いて行かれたのだ、とぐっしょぐしょに泣きながら説明するのを、おじさんはあきれて聞いていた。が、可哀そうに思ったんだろう、俺をカブの荷台にのっけて近くの駅まで送ってくれた。
すげぇ快適だった。
アスファルト万歳!ゴムタイヤ万歳!
ただめちゃめちゃ怖かったのは、連れていかれた駅が「新三田駅」となっていたことだった。
新・・三田?
俺の知っている三田じゃない。
やっぱり間違ったのか。青ざめて呆然としていると、おじさんが駅の入り口を指さした。
「大阪駅まで千円ぐらいかな。にーちゃん、金持っとんか。」
お、大阪。ああ、大阪。ここ大阪の近くなんだ。よかった。ちびりそう。確かに、おじさん、すげぇ関西弁だった。大阪かー。あー大阪かー。
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げた俺に、おじさんは
「まあ、頑張れよ、兄ちゃん。」
と軽く手を振って去って行った。
よくよく駅を見ると「SANDA」と書いてある。さ、ん、だ。サンダ。ああー。これ、ミタじゃなくてサンダって読むのか。何だよ。寿命が縮んだ。
新三田駅から、Suicaとクレジットカードを総動員して、東京までの切符を買った。途中コンビニを見つけて、スマホのバッテリーを買って繋ぐ。留守電めっちゃ入ってる。ほぼバイト先だった。
日付みたら、今日はゴールデンウィーク最終日。ああ、俺の連休は終わった・・。バイトも多分終わった。
中に数件、実家からと友達からも入っていた。あ、合コンの約束。
だんだんと日常が戻ってくる。
新幹線に乗り換える時に、コンビニでTシャツ売っているのを見つけて、買って着替えた。
背中にでかく「ほんまでっか!」と書いてあったけど気にしない。あー懐かしい肌触り。
なんか夢みたいだ。すごく普通だ。
普通をしみじみ噛みしめる。
つい三時間前に飛竜の背中にしがみついて飛んでいたなんて信じられない。
でもボディバッグに入っているナイフの鞘が、ファスナー開けるたびに目に入るし、今も着ているズボンの膝の所は、ファラに言われ、マーシェに針を借りてチクチク縫った縫い目が見える。何なら裸で入っているあっちの銅貨が、バッグをゆするたびにちゃりちゃりと音を立てる。
俺、異世界行ったんだよな?なんか大きな声で、この車両に乗っている人達に言いたい。俺、剣と魔法の世界に行ってきたんです!
まぁ頭のおかしい人だと思われるのがオチだから言わないけど。
それに、なんか思ってた異世界と違ってたし。異世界無双にはほど遠かったし。
結局もうほぼ終電近くなってから、自分の部屋に辿り着いた。鍵も合う。
俺ん家だよな? これで実はすごーくよく似た別世界でした、なんてオチはないよな?
恐る恐るドアを開ける。よかった。杞憂みたいだ。出てった時のままだ。カビ臭い。あー。やれやれ。
急にまた泣けてきた。
よかったー。とりあえず風呂入って寝よう。あったかいシャワー浴びて、たっぷりのお湯に浸かって、ふかふかの布団で寝よう。
あとのことは、また明日。
【完結】そして答え合わせ編へ




