午後 世界は穴だらけ
ワイバーンの背中に乗れるなんて夢みたいなこと、体験できると思わなかった。
掴まれるように手綱と鐙をかけてある。
マーシェ達がややげんなりしたような表情なのが気になったが、それは飛び立ったらすぐ分かった。
たとえるなら、高速道路をぶっ飛ばすオープンカーに、帽子も風防もなしで乗るような。セスナの全力曲芸飛行のような。
ファーツェの城壁の外に出て、三頭の飛竜の背に分かれて乗ったけど、サラはどうやら魔法で空気の層を作って風を防いでいるらしいし、後ろに乗っているリズベルとファラはその恩恵を受けている。マーシェとアティスはゴーグルみたいなのを持っていて、口元はバンダナで覆っている。リオンは俺の後ろに陣取って、俺を風除けにしている。ひどい。まともに風を食らう。目も開けられない。
最初は「俺が前でいいんスか?」なんて喜んでいたりしたが、すぐ後悔した。
あのでかいコモドドラゴンもひどかったけど、こっちもひどい。二度とワイバーンの背中になんか乗らない。二度目があればだけど。
「どっちに飛んでるんっスか!」
風に巻かれながら何とか叫んだが、龍神様はげらげら笑いながら
「面白い顔ー!」
とか言っているだけ。
大丈夫なんか、こいつ。
ただ行先は飛竜が心得ているらしく、特に指示がなくても三頭そろって飛んでいく。
やがてどこかの山の上に到着した。空気が薄くて、岩だらけだ。
「ここだよ。早く早く。ヒロキをくくって。」
「ヒロキ、降りろ。早く。」
「うう。」
飛竜の背中のうろこが痛い。登るときはよかったが、うろこが引っかかって滑り降りられない。
マーシェが手を貸してくれた。
「早く。穴が移動する。」
植物でできているっぽいロープでがっちりくくられる。
リオンがにこにこしながらロープの締まり具合を見る。
「100数えたら、こっちからひっぱるからさ。元の世界だったらそれまでにロープ外してね。」
「違ってたら?」
「とにかく引っ張られるまで生き延びて。」
ひぃぃ。
全員でロープを握った後、右とか左とか微調整して、突然突き飛ばされた。
よろけて膝をついたら、砂だった。
顔を上げると、砂丘。砂漠?
帰ってきたんだろうか。
期待を込めて立ち上がると、見渡す限り砂だった。せめて知っている砂漠だったら嬉しい。鳥取砂丘ならなお嬉しい。
しかし少なくとも鳥取ではなかった。
ていうか月が出ていた。三つも。
だめだろ。
砂の上には誰もいなかった。
少なくともここではない。よかった、すぐわかるところで。
でもすごく蒸し暑い。こんなに百秒が長く感じられたことはない。こんなところに置いて行かれるぐらいなら、飛竜で股ずれしたってあっちのほうが良い。
自分でロープを手繰って戻れるんじゃないかと思ったけど、いまいち手ごたえがない。妙な感じに先が宙に消えているが、それを伝っても指先がはじかれる。
そこはやっぱり神様でないとどうにもならないみたいだ。
あー蒸し暑い。百秒ってどれぐらいだ。
いきなり引っ張られた。ぐぇぇ。
つんのめって転んだ。
「やあ、やっぱり違ってたね。」
リオンに顔を覗き込まれて、思わず言葉にならない安堵のため息。
もうなんか、この世界でいいのかも。
しかし神様は容赦ない。
「じゃあ、次行こう!」
またワイバーンに乗って、今度も結構飛んだ。
どこかの浜辺に降りる。寒い。
そしてまた、えいやと突き飛ばされた。
今度は森の中だった。
ええー。元の世界か分かりにくい。
日本の森には似ていない、気がする。じゃあ、アマゾンか?ロシアか?オーストラリアか?と言われても分からない。
とりあえずロープを切るためのナイフを用意しようとして、ボディバッグを探る。
そこでスマホを見て思いつく。
ここが日本なら、電波拾うんじゃね?
電源オン。立ち上がるのに時間かかる。早く早く。
あ、だめだ。百秒来る。
と、思ったら、いきなり目の前をすげぇデカい鳥が横切った。
で、か、い。
さっき乗ってたワイバーンぐらいある。
無理無理無理。
ここじゃない。違う。しかも俺、狙われてる?
ずざざっと木の間から影が降ってくる。よけ損ねて吹っ飛ばされる。
やべぇ!スマホを拾う。
その鳥のくちばしがバックリ開いて迫ってくるのを、あ、もうだめだ、と見ていると。
急にまた引っ張られた。
た・・・助かった~!
砂浜にごろっと転がされて、思わずうぎゃっと声が出た。
「生きてるー?元の世界だった?」
リオンに聞かれて、とても返事ができない。
「いや、あの、違った・・」
「そう。じゃあ、次に行こうか。」
「ちょ、ちょっと。俺、なんかもう心折れそう。」
正直な気持ちを思わず口走ったら、リオンは眉を寄せた。
「それって、もうやめたいって事?」
「休憩したいって事だろ。昼飯の時間だ。」
マーシェが割って入った。
「俺だって、腹減った。近くの町でメシにしようぜ。」
そうだそうだ、とファラが後ろで応援している。
「だから、リオンが話しかけてきたときに、愚痴とか冗談とか厳禁なんだって。言っただろうよ。」
歩きながらマーシェに説教された。
「ふぁい」
我ながら情けない返事しか出ない。
近くの町まですぐだというから、歩いて移動している。
ワイバーンも三頭いると、乗り降りに広めの場所が必要になるので、どこでもは降りられないらしい。
「手段は確かに、安全面でどうかと思うが、今唯一元の世界に戻れる方法なんだから、余計なことを言わない。分かったな!」
「ふぁい」
だけどほんとに死ぬかと思った。




