大魔法使いになれるかも
ほとんど寝られなかった。
元の世界に帰れるが、即死の可能性がある、と言われたら、俺はどうしたらいいんだ。
安全に帰れる方法ってないのかよ。
買ったばかりの服を着て、暖かいベッドで寝ていたら、もうなんかここで暮らしてもいい気がしてくる。
ファラのいびきももう慣れた。魔法学校に入って、魔法使いになるってのもありかも。
案外、大魔法使いになったりして。手からファイヤーボール。いいよなぁ。
神様だったら、お願いして「俺を大魔法使いにしてください」とかアリなんじゃね?
え、なんかいいかも。
そんで、美人の女剣士といっしょに旅をして、ヒトの領域を、古代王国の頃と同じところまで広げる。きっとみんなに感謝される。
窓の外が明るくなってきて、人が外を歩く気配がする。
ベッドから起きだして、ファラを起こさないようにそっと部屋を出て、下に降りた。
ションベンしてぇ。
ここもぼっとん便所。ほんとにこれは辛い。魔法でなんとかしないのかな。
いやいや。俺が大魔法使いになったら、こんなの、すぐにでも水洗に。
てか、しょぼっ。魔法をそんなことに?なんか夢もロマンもない。
でもやっぱり温かい便座が欲しい。
外で話し声がする。それと水音。
誰かが風呂を使っているか、洗濯しているみたいだ。
俺が昨日着ていた服も、夜に洗って暖炉の前に干してある。
食堂を覗くと、この宿の主人が朝食の準備をしていた。
なんか声をかけられたが、聞き取れない。
「シュレッ・・?」
「ジュネッテッテルウー。」
いや、やっぱり無理。これ、いつか通じるようになるのか?
とりあえず、料理を運んだり手伝っていると、外から兄弟っぽい二人連れが入ってきた。
おー。なんかすげぇイケメンだ。二人とも髪が蜂蜜みたいな色にキラッキラしている。
大きい方が俺を見て、ちっと舌打ちした。
なんか怒られてる?
小さい方が笑い出した。
「シュレフメルテ!ヒロキ!」
あ、アティス?
びっっくりした。びっくりした。
いつも顔や髪を煤で真っ黒にしているし、上着の襟を立てたり目深に帽子みたいなのかぶってたりするから、全然分からなかった。小汚いなあとは思っていたけど。
じゃあ、こっちの大きい方はマーシェか。スゲー。見ほれるような美青年だ。どーすんだこれ。でも仏頂面は変わりない。
手振りで、朝飯を食べろと示したので、席に着く。
うん。確かに顔立ちや仕草は同じだ。なんでいつも真っ黒にしているんだろう。もったいない。
しばらく無言でパンをちぎって食べていたが、あんまり俺がまじまじ見つめているのが気に障ったのか、うるさそうにマーシェが手を振った。
「シュディエルフト。」
はい?
「ウーシュレフメルテ、シュディエルフト。メイレフテリソーリン。」
すみません、わかりません。とりあえず繰り返す。
「シュレフメルテ?」
確かアティスがそう呼びかけたっけ。
「ニ!」
「シュディエルフト?」
「ヤ!」
マーシェがうなずいた。
おおー。なんか通じたっぽい?意味は分からないけど、シュレフメルテではなくて、シュディエルフトと言え、という事だろう。
ずっとぶすっとしているから、嫌われてんのかなと思っていたけど、意外にいいヤツなのかも。
リズベルが下りてきた。俺たちが飯を食っているのを見て、ちょっと立ち止まる。
「シュッレフト」
いや速っ。こんなの聞き取れるわけない。
何か少しマーシェと話して、食堂の床に昨日と同じ魔法陣を描く。
あれ。やっぱり見覚えあるなぁ。昨日も思ったけど、どこで見たんだっけ。
「それで、決心ついたの。」
リズベルに聞かれて、俺はうっかりうなずいた。だめだ、この流される性格。
大魔法使いになれるかもしれない未来と、私大文系三年の、なんかブラック企業の歯車になって使い捨てにされるかもしれない未来。そりゃ前者の方がいいに決まっている。
だけど、魔法使いになれなくて、こんなド田舎っぽい町で一生暮らす未来と、もしかして何かで起業して素敵に世界を股にかけるかもしれない未来って考えたら、そりゃ後者が良いに決まっている。
リズベルは、ピッカピカのマーシェを見ても驚かない。たぶん前から知っているんだろう。仲間だもんな。
「昼にリオンと待ち合わせてる。それまでに身支度しておけよ。」
ああ、そうか。これがうまくいったら、もうお別れなんだ。晩飯は一緒じゃないんだな。
少し感傷的になる。
「あのー。お世話になりました。」
「まだ早い。それから、リオンが何を言っても『帰れるならお任せします』って言えよ。相手は神様だから。見た目そうは見えなくても、怒らせたらホントろくな事ないから。嘘は絶対だめだ。」
「分かった。」
俺は神妙にうなずいた。
ファラが食堂に降りてきて、お、と声を出した。
「帰る方に決めたのか。」
「その方が良いだろう。」
「&$%&#。」
ファラを振り向いたら、足でチョークの線を消してしまったらしい。急に話が聞き取れなくなった。
割に不便だ。リクスはどうやってたんだろう、と考えて急に思い出した。
「この魔法陣、木に彫っておくとか出来ないんすか?」
そうだ、なんか見覚えがあると思ったら、リクスがいくつか着けていたアクセサリーの中に、これと同じ模様のがあった。他のと比べて結構大きかったから、気になっていたんだ。
全員顔を見合わせて、リズベルが消えたところを書き直した。
「何ですって?」
俺は、エルフに飛ばされた後、リクスと名乗る男に助けられたこと、リクスのつけていたペンダントの事を話した。
「これってどこかで買えないのかな。」
そうしたら会話が格段に楽になる。
食堂の中がしんとした。マーシェの顔から血の気が引いている。
「どんな感じの人だった?」
「ファラより少し背が高くて、少しやせてて、髪が茶色で目が青くて、すごくイケメン。」
続けようとして、ちょっと言葉に詰まる。そういや、リクスってマーシェに似てる。
「こっちに剣を二本下げてて、こっちにナイフを一本持ってて。」
「分かった。その人に何か言われたか?」
「え?別に。いい人だったよ。近くまで送ってもらった。あ、毛布を持ち主に返しておけ、って言われたっけ。」
マーシェは、はぁぁとため息をついた。ファラが励ますようにその肩を叩いた。
「まあまあ、いいじゃん。ヒロキがどっかで死んでるよりましだろうよ。」
「お前らは気楽でいいよ。だからリオンが来たんだな。あー腹立つ。」
「あのー。リクスって、知り合い?」
我慢できずに聞くと、マーシェはぶんむくれた表情で言った。
「お前に関係ないだろう。」
「マーシェの兄貴だよ。」
横でファラが答えた。兄貴、という言葉にリクスという発音がかぶった。
うおう。
ええ?




