帰るのも命がけ?
宿に戻ると、マーシェとアティスも戻っていた。なんか、マーシェがぐったりしている。
サラはアティスと何か話していた。
リズベルが部屋の床に魔法陣をささっと書いて、椅子をおいて、俺を座らせた。
「何かあった?」
リズベルがマーシェに聞いた。
「あった。でもまず魔法学校の話を聞きたい。」
それを聞いて、ファラが手を上げる。
「デリク先生がいた。」
マーシェがびっくりして目を丸くした。
やっぱりあの若先生、みんなと知り合いだったんだ。
「異世界のことは分からないが、ヒロキを引き取ってくれるってさ。魔法学校の寮で暮らせるだろう。そのうち何か分かるかもしれないし。」
ドヤ顔のファラに、ものすごい渋い顔でマーシェはうなった。
「実は、帰れる方法がある、らしい。」
「ええ!」
俺は思わず叫んだ。
「帰れるんスか!」
「大声出すな。無事に帰れるとは言わない。」
そこでマーシェが話したのは、さすが剣と魔法の世界って感じだった。
偶然会った龍神様が、俺を元の世界に戻してくれるとか。
「龍神・・」
しかしやり方を聞いてビビる。
この世界には、異世界に通じる穴がいくつか開いていて、そこにとりあえず俺を放り込んでみる、という方法らしい。間違っていたら、結んでおいた縄で手繰り寄せる。
ザ・バンジージャンプ・世界越境版。ひぃぃ。
マーシェの説明は続く。
正直、他の異世界がどんな所か分からないので、最悪、顔を出した途端、頭だけ持って行かれる可能性もある。また、世界の穴は常にゆっくり移動しているので、元の世界だとしても、元の場所に出るとは限らない。
デリク先生は古代魔法の研究家だから、いずれもっと安全な方法を見つける可能性もあるが、それだといつ帰れるか、半年後か一年後か十年後かは分からない。
どうする?と聞かれて、俺は絶句する。
そんな事、すぐに返事できない。
変な沈黙が流れて、ファラが助け舟を出すように言った。
「魔法学校にいれば、生活の心配はないし、なんなら一生いても問題ない。ここの言葉を覚えて、魔法使いとして独り立ちしたっていいぞ。」
反対側でマーシェが続ける。
「でも早く帰りたければ、龍神の策に乗ることだ。もちろん即死の可能性は否定できない。ただたとえ十年待ってデリク先生が元の世界への帰り方を見つけたとして、世界の穴の性質上、必ず安全とは言えない。」
うぉー。なんか詰められてる感がある。
「龍神は気まぐれだ。この機会を逃したら、帰れないと思ったほうが良い。」
「どのみち、元の世界の人から見れば、事実に関わらずヒロキが存在しないことに変わりはない。」
サラが指摘する。きつ。
女の子みたいなきれいな顔から出てくる言葉と思えない。
「死にたくはないっす。」
思わず涙目になる。
「必ず死ぬとは言っていない。ただ分からないことが多いだけだ。」
マーシェが仏頂面でそう言った。
「お前に覚悟があるかどうかだけだ。」
覚悟。
元の世界では日常ほぼ使わない単語だ。
「あのー。あんたはその龍神様の策に乗るほうが良いと思う?」
マーシェは仏頂面を崩さない。
「本気で帰りたいならな。リオンは元の世界に帰れる方法を知っている。デリク先生はこれから異世界の存在について調べると言っている。立脚点に違いがありすぎる。」
まだ結論を出せないでいる俺に、ファラは肩をすくめた。
「ま、無理に帰らなくてもいいじゃん。」
もう議論に飽きたらしい。
「あとはコイツが決めることだ。メシにしようぜ。」
と部屋を出ていく。サラも後を追う。
「明日の昼までには答えを出さなくちゃね。それを過ぎたら、君は魔法学校に入学だ。」
「リオンが連れてってくれるって言うんだから、行けばいいのに。」
アティスがあっけらかんと言った。
「たぶんデリク先生が帰る方法を見つけるころには、こっちにいた方が楽になってるよ。君、それでいいの?」
俺は思わずぷるぷるとかぶりを振る。
「じゃあ、決まり。明日、ヒロキは元の世界に戻る。それでいいよね?」
アティスはあっさり言って、お腹空いたーと言いながら部屋を出て行った。
マーシェは少しあきれたようだった。が、口にしたのは一言。
「仕度しておけよ。」




