魔法使いの街
気が付いたら朝だった。
めっちゃ寝た。服も靴も昨夜のままで。
リズベルが道案内して着いた宿は、どうやら彼女の知り合いの宿のようだった。
到着が遅かったのに、食事と部屋を用意してくれて、本当に有り難かった。
部屋は二人部屋で、ファラと一緒らしかったけど、お前はここだとに示されたベッドに座った瞬間から記憶がない。
もう一つのベッドは使われた形跡はあるものの、もうとっくに起きたんだろう、部屋には誰もいなかった。
久々にのんびり。
てか、こんなにのんびりしていていいのか?
急いで部屋を出ると、階段の下からファラが髪を拭きながら上がってきた。
上半身裸だ。すげぇ筋肉。
身振り手振りで教えてくれるところによると、下で風呂に入って来いとのことだ。
たしかに、これでもう六日も風呂に入ってない。それどころじゃなかったとはいえ、考えたら急に気持ち悪くなってきた。
階下に降りるとリズベルがいて、やっぱりすっきりした様子だった。ボサボサになっていた黒い巻き毛が、つやつやのツインテールになっている。
テーブルに食事が乗っていて、とりあえず食べろ、と示された。俺の分だけってことは、もうみんな食べ終わったんだろうなぁ。
俺が冷たくなったスープに、パンを浸して食べている間に、リズベルはまたあの詠唱を唱えて説明してくれた。
「みんな飛ばされたの。大変だったのよ。あなたの事は諦めてたんだけど、合流出来てよかった。食事の後バスルームで体を洗って。お湯が必要なら先にキッチンでもらうのよ。今日はもう移動しないけど、後で出かけるから一緒に来て。宿代はマーシェが立て替えてるから払ってね。」
早口だったが、必要なことは全部言い切ったらしい。
ええと、食事、風呂、外出、宿代。オーケー了解です。
食事の後食器を下げて、風呂を探す。
そしてびっくり、リズベルがバスルームなんて言うから少しはお風呂っぽいかと思っていたが、板塀に囲まれた庭の一角に、簀の子とやや深めの盥が置いてあって、どうやらそれが風呂らしかった。
しばし呆然。
とりあえずくみ上げポンプで水をそのタライに溜めて、その中で髪と体を洗い流す。
天気はよくて気温は高いけど、水風呂きつっ。地下水すげぇ冷たい。キ〇タマ縮んだ。
そういえばお湯はどこかでもらってこいって言ってたな。
このことか。
水だし、石鹸もないので、汚れがあまり落ちない。リズベルが竈の灰っぽいものをお椀に入れて渡してくれたけど、これをどうしたらいいのか分からない。
あー。しかし俺、ほんと帰れるのかな。
帰れなかったらマジどうしよう。
今でも結構心折れまくっているのに、一生ここで生きていくなんて、ムリゲー過ぎる。泣くかも。
やっぱ小説のようにうまくはいかない。魔物に転生したあの人とかはともかく、ありふれた職業のあの人とか、盾使いのあの人とか、死ねないあの人とかは、やっぱり旅の間うんこは穴掘って埋めていたんだろうか、とか思う。
こっちに来てからすごく便秘気味だ。
気を取り直して服を着た後、次は何だっけと思い出す。外出と宿代だ。
マーシェを探したが、いない。
その代わり、ファラが一緒に買い物に行こうと誘ってくれた(んだろうと思う)。
古着屋に行って、寝間着用のロングシャツを買う。着替えて今着ているのを洗わないと、汗臭くてたまらない。
小物屋で糸を勧められてそれも買った。気付かないうちに膝に穴が開いていたから、繕っておけという事だろう。
ファラについていくと、リズベルが街の中央広場で待っていた。一緒に歩き始める。
魔法使いの街と聞いていたけど、みんな普通に生活している。
もっと、空飛ぶ箒とか、魔女っぽい黒い服とかとんがり帽子とか、そんな感じかなと予想していたけど、もっとずっと普通。
ただ前に見た村に比べると、石畳が敷かれて道幅が広いし二階建て以上の建物が多いのが、「街」という感じだ。
少し歩いて公園に入ったと思ったら、学校のような造りの建物があった。
中に入って、受付みたいなところで話をしてしばらく待つと、白い眉毛のじいさんとファラよりちょっと年上ぐらいの兄さんがやってきた。
ファラがびっくりしている。そしてすごい勢いでしゃべりだした。
なんだろう。リズベルもびっくりしている。