勇者とか戦士とか冒険者とか
俺に言葉を理解する力が備わったんだったらいいな、と期待したが、全然そんなことはなかった。
リクスが、露店でいくらかの食料を調達するとき、聞こえてきた店の親爺の言葉は、やっぱり全然分からなかった。
「行くぞ。」
リクスは歩き出す。
身軽だなぁ。
ていうか、あれをもう一回歩くのか。気が遠くなりそう。
と思ったら、目の前に見える山を背に歩き出すので、びっくりする。
「あっちじゃないんですか。」
「君は、あの山道をもう一回歩きたいのか?僕はごめんだ。」
えええ。
「それに君は姿勢が悪いな。それでは長距離を歩けまい。」
ええええ。今、そんなことを言われるとは。
「背筋を伸ばして、若干前に重心を置いて歩く。」
えー。
「返事は。」
「あ、はい。」
もう夕方だ。今から町を出るのか?どうするんだろう。
しっかりフードをかぶったリクスは、大股でさっさと歩く。
ついていくのがやっとだ。
しっかし。よくよく考えると、リクスの二つ名ってどう考えても人殺しっぽい。
血塗られた熾天使?
それってめちゃめちゃ人を殺してるってことじゃね?
まあ、強そうではある。
えーと、なんで俺の事を送ってくれるんだっけ。
そこが分からない。
「あのー、リクスって勇者なんですか?」
「ユウシャ?意味が分からない。もうすこし定義をはっきりさせて話すように。」
て、定義。
えーと。俺の乏しい語彙力でなんとか説明しようとする。
「人を助けるヒトって感じです。」
「・・それは、通常ヒトは助け合わないという前提の言葉だが、合っているか?」
「そ、そうではないです。」
もう少し考える。
「ヒトが困っていて誰も手を出せない問題に、あえて危険を冒してでも解決してくれる人です。」
「無償で?」
「まあ、無償で。」
「そういうのは、物好きという。どのみち大した結果は得られない。」
えー。
「じゃあ、すごく有能な人は?」
「無償で動くわけがない。」
「お金を払いますっていうのは?」
「それは賞金稼ぎの仕事だな。」
「じゃあ、なんでリクスは俺を送ってくれるんですか?俺、金ないですよ。」
町の門が見えてきた。
あ、このまま町を出ちゃうのかな。
「それは俺の都合なので、君が気にすることはない。」
え、こわっ。
「どんな都合なんですか。」
「君に話す気はない。気に入らないなら、ここで別れる。」
いや、それは。
思わずプルプルかぶりを振る。ここで見捨てられたら泣く。
そのまま町を出て、あとは黙々と歩く。
日が暮れてきたけど、止まらない。
「あの、どこまで行くんですか?」
「ああ、もうすぐ次の町だ。」
やった!休める。
しかし町の門はすでに閉まっていた。そりゃそうだ。もう真っ暗だ。
「どうするんですか?」
「ここで野宿する。」
えええ。
町の壁に沿って、他にも何人か閉門に間に合わなかった人が野宿していた。
リクスは手際よくカンテラに火をつけて、小さいカップに湯を沸かす。
横に座ってみていると、
「君、自分のは?」
「えっ」
あ、そう・・なんだ。なんか俺の分もあると思っていた自分が恥ずかしい。
「なるほど。」
リクスは、塩と干し肉となんかの粉を注ぐと、カップを俺の方に差し出した。
「ん。」
「え、俺?いいんですか?」
「朝になれば、門が開く。町で何か買えるだろう。」
なんか申し訳ない。
しかしリクスは、別にパンを出して、ちぎって口に放り込んだ。
「異世界とかでは、野宿はしないのか?」
「する人もいます。俺はこっち来てから初めてしました。」
「なるほど。」
リクスが作ったスープで、お腹いっぱいになった。見た目よりお腹にたまる。
「ご馳走様。」
「ゴチソウサマとは?」
「えーと、食べ物に対する感謝です。リクスさんにも感謝です。」
リクスは小首をかしげる。
「悪い気はしないが、妙な習慣だ。なぜ馬に礼を言う?分からんな。」
馬。なぜ馬。
リクスはカップに少し水を入れて濯ぎ、ランタンの灯を消した。
「君も早く寝ろ。」
コートにくるまって、さっさと寝てしまう。
早い。なんか、全然つかめない人だ。
俺、ほんとにこの人について行って、大丈夫なんだろうか。