飛ばされる
四日目。
朝はいつもよりゆっくりだった。
何しろサラが起きてからの出立だったのだ。もう朝日は昇っているし、アティスが鳥を二羽仕留めて、血抜きもすっかり終わった頃に、やっと馬車は動き出した。
起きたと言っても、サラはやっぱりまだちょっとボーっとしている。
あー、これが男なんてもったいない。そりゃ、男だと思って見たら、確かに男だ。道理で胸もぺったんこなはずだよ。何か悲しい。
そんな俺の思いも知ってか知らずか、皆黙々と歩く。
マーシェが何か言ったので、サラはマントのフードを被った。
そういや昨日もこの辺りでフードを被ってたな。日焼け気にしてるってことでもないだろうが。
やがて、昨日引き返した所までやって来た。見回したが、誰もいない。昨日は鼻唄まじりだったアティスも無言。すげぇ空気。エルフを警戒しているんだろう。
うーん。そんなに敵対的?エルフのお姉さんのいる飲み屋で、「お兄さんいらっしゃーい!」なんて有り得ない感じ?ていうか、昨日のあれが一般的なエルフってもんなら、今まで持ってたエルフのイメージと全然違う。めっちゃ怖い。
馬車はそのままスピードを落とさずに、街道を進む。用心しながら、昼近くまでは何事もなく歩けた。
が、急にアティスがマーシェを振り向いた。その目が、びっくりするほど薄い青色に変わっていたので、思わず「え?」と声が出た。
すごい早口で喋る。
マーシェが一つ頷くと、俺に手振りで馬車に乗れと示した。急いで動いている馬車によじ登る。リズベルが半身をひねって、俺に毛布をかぶらせ、自分はアティスの弓を手にした。
甲高い、鳥の声が聞こえた。いや、昨日のエルフの声かも。ファラが何か叫び返したところを見ると、やっぱりエルフだったんだろう。
しばらくやり取りがあって、しかし馬車の速さは変わらない。
エルフ、怒ってんのかな。声はほとんど抑揚がない。そして少しも遠去からない。ちょっとしたホラーだ。
ただ言い返すファラの言葉も、あんまり抑揚がない。
アティスが途中でそのやり取りに口を挟んだ。急にエルフの声が止んだ。しばらく無言が続く。サラが何か言って、馬車はますます速くなった。怖い、怖い、怖い。何が起こっているのか、全然分からないところが怖い。
荷台でめっちゃ揺すられる。気持ち悪くなるほどに揺れる。舗装されていてこそ、乗り物は快適なんだと思い知らされる。ゴムタイヤが懐かしい。舌噛みそう。江戸時代の早駕籠も舌噛まないように、手ぬぐい噛んでたらしい、とか思い出す。
しばらくして、馬車が止まったので、そっと毛布から顔を出して辺りを見回す。
びっくりした。誰もいない。
ていうか、ここどこ。
いつの間にか俺は、毛布をかぶったまま道の端にうずくまっていた。
何が起こったか全然分からない。
とりあえず立つ。
だけどファラもマーシェもサラもリズベルも誰もいない。
最初の森の場所さえ分からない。うそだろ。
しばらく茫然。どうすりゃいいの。
毛布は借り物だから、一応たたんでボディバッグのベルトに挟む。
え?また俺一人?
もっとも一昨々日、森の中に放り出されたのに比べれば、まだましとは言える。
道だし。人がいた。
二人連れの男が、何か話をしながら向こうへ歩いていく。
あの二人が歩く方を見ると、おお、遠くに町がある。
よし、とりあえずついていこう。
今さら「ようこそいらっしゃいました、勇者様」的なイベントが発生するとは思えないけど、ずっと道端にいるわけにもいかない。
なんかそれぐらいの割り切りは出来るようになってきた。
よくよく見ると、この辺りは何か動物の放牧がされているらしい。丈の短い草原がだらだらと続いていて、道に沿って柵がある。
ファラたちはどうなったんだろう。無事だといいけど。
お金、持っててよかった。