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6才(1)

野球要素どこ……

読んでくれてありがとう(^^)/

寒さが一段と増す2月のある日。

瀬尾家の三人は「ホテル・リオ・グラン」を訪れていた。

国外の賓客をもてなす際にも使われる名高いホテルチェーンである。

そこのパーティーホールは着飾った女性たちで溢れている。

元の世界のモブ人生では一生縁のなかった華やかさ。

だが、彩人は憂鬱なため息をつく。


「はぁ……帰りたい……」


「にぃちゃ、帰るの?なら、あやかも帰る」


「いや、帰らないよ。ママを置いていけないからな。それに、ママにおめでとうって言わないと」


「あやかも、おめでとうって言うー」


「まいえんじぇる彩花だけが今日の癒し……うぅ……」


「彩人様、泣くことないでしょうに」


「輪島さん、全部あなたのせいです!」


彩人は隣に座るスーツ姿の妙齢の女性を恨めしげに睨む。

彼女は絵本作家である美月の担当編集者だ。

名前を輪島紗子と言う。

輪島は肩をすくめ彩人の視線を受け流した。


「私は彩人様が美月先生の授賞式に出たいとおっしゃったから知恵を絞っただけですが」


「ママの編集さんはいい人だって信じてたのに!」


彩人がここまで食ってかかる理由は彼の今の格好にある。

リボンがたくさんのふりふりのドレス姿。ウィッグも着用済みだ。

彩花と合わせて姉妹コーデは違和感がない。

今ここにいない美月も含めて全て輪島セレクトだった。


「彩人様はアイドルのダンスがお上手だと美月先生に動画を見せてもらいました。女装に興味があるのでは?」


「ないよ!ママもなんで見せてるの!」


「ですが、仮に男の子の格好をしたら周囲の女性方の視線を集め騒ぎになっていたと思いますよ。今日ここに来ている人の多くは「ある一人の男性」を見に来ていますから」


「それは……」


(騒ぎになるのか?逆に興味があるが?年上お姉さんに揉みくちゃにされたい邪なおっさんがここにいるが?……いや、彩花が騒ぎに巻き込まれると思うと、目立たないよう女装して正解だったか?もういいや、知り合いに会うことなんてないと思うし)


彩人は開き直り彩花の相手をして時間を潰す。

時間になり、前方の壇上に一人の女性が上がった。

ホール内が静かになる中、通りのいい声が会場に響く。


「只今より第○○回絵本大賞の授賞式を開催します。司会進行はフリーアナウンサーの会坂梢が務めます――」


「会坂……っ」


「彩人様?」


「……なんでもないです。多分、気のせいです」


彩人はそう言って黙るが、嫌な汗が背中を流れる。

もう一年以上もダンス練習する仲の会坂雛里の面影を感じたのだ。

雛里の親族の可能性を考えると今の姿は見られたくなかった。

彩花を膝上に乗せて顔を隠そうと試みる。

だが、美月の受賞の番がまわってきてそんな努力も無駄になる。

美月が会坂梢にマイクを向けられ、「支えてくれた子供たちに感謝を!彩人、彩花、愛してるぅ〜」と言って盛大に注目を浴びてしまった。

「彩人」という名前で男だとバレなかったのは幸いだったが。


そして、大賞の発表になった時、会坂梢にスタッフが近寄り耳打ちした。

梢は頷いてマイクを取る。


「大賞の嵐廻あらしめぐる先生の準備が少々遅れております。今しばらくお待ちください」


ホール内は少しざわつくが、皆、行儀良く座っている。


「何かトラブルかな」


「嵐先生のことですから髪型が決まらないとかでは?」


「えっ!そんな理由で遅刻!?」


「男性の方ですからこれくらい普通ですよ。例え、授賞式をブッチして、そのまま帰ったとしても許されると思います」


「えぇ……」


「それに嵐先生は他の内向的な男性と違って、表に出たがりな性格ですから、私たち出版業界の者にとっては有難い存在です」


「あの……ママがすごい顔してるんですが……」


彩人はあんなに渋い顔をする美月を初めて見た。

彩人の視線に気づいたのか、美月はパッと笑みを作る。

輪島はその様子に苦笑した。


「美月先生は自分の作品に誇りを持っている方ですから、嵐先生のような名義貸しが嫌いなのでしょう」


「めーぎがし?」


野球バカの見た目幼児にも分かるよう、輪島は噛み砕いて説明する。

名義貸しとはこの世界の男の収入源のひとつだ。

性比が「1:100」の中、希少な男の名前はそれそのものにブランド価値があるのだ。

例えば、この授賞式が行われている「ホテル・リオ・グラン」は創始者は「リオ・グラン」という男であるが、名義貸しのみで、経営にはまったく携わらなかったと言う。

日本において嵐廻は幅広く名義貸しを行なっている。

絵本や書籍などの出版業界だけでなく、芸能界や音楽業界、最近ではレストランなど飲食業界でも名前を聞く。

今回の絵本大賞の大賞作も著者「嵐廻」というだけで売れたのだとか。

彩人は真剣に絵本を描く美月の様子を知っているから何とも言えない気持ちになる。


「「「キャー、キャー」」」


黄色い歓声が上がった。

彩人が壇上を見ると、二十代前半の男が悠然と傍から歩いてくる。

白いスーツに金色の飾りは何とも派手だ。

男――嵐廻は途中、会坂梢のマイクを奪い取り、壇上の真ん中に立つ。


「俺様が来てやったぜ!女共!感謝しろ!」


「「「キャー、キャー」」」


「俺様、今日もキマッテるだろぉ?女共に見せるのはもったいねぇが、金のためにはしゃーなしだぜ!」


「「「キャー、キャー」」」


(ふぅ〜……やっばいな、嵐廻。授賞式どこいった?勝手に、マイクパフォーマンス始めてるんですけど!マジか〜、俺様系がモテるのか〜。今度、ルルちゃんに使ってみようかな。あ、べ、別にルルちゃんを惚れさせたいわけじゃないんだからね!実験台にちょうどいいかなって思っただけなんだからね!……うん、クズかな)


彩人はぼんやり壇上を見ていたが、嵐廻の一言で驚愕することになる、


「女共!朗報だぜ!今年のプロ野球に、俺様が参戦してやるぜ!」


「はぁ!?」


「女共の投げる球とかチョーヨユーじゃん?一発カマシてくるぜ!女共!俺様の応援しろよ!するのが常識だよなぁ!」


「「「キャー、キャー」」」


「あの、輪島さん、嵐さんの言ってることって本当です?」


「ええ、タイムリーな話題ですよ?球団の親会社の社長令嬢が嵐先生のファンだそうで、日本初の男性プロ野球選手として契約したみたいです。これも名義貸しですね」


(そりゃ、名義貸しだわな。見た目、全然鍛えてないし。試合に出たら普通に恥ぞ?でもな〜、嫌な予感がするな〜。おっさんの夢を潰しにかかるとかはやめてよね)


彩人の予感は的中することになる。

その年のプロ野球で嵐廻は名義貸しにとどまらず、実際に試合に出場した。

規定違反の純金製のバットを引っさげて。

また、試合中にワイヤーアクションで球場を飛び回る。

試合の遅延行為は多数。監督の指示は基本無視である。

これが野球以外のスポーツならば競技の注目度を集めるためという名目が成り立ったかもしれない。

だが、この世界で野球は一番の人気スポーツなのだ。

野球の試合自体を純粋に楽しみなファンが大勢いた。いくら希少な男性といえども非難が殺到した。

嵐廻を起用した球団、親会社は謝罪。野球界全体で問題となる。


この一連の事件が彩人の野球人生においてついてまわる逆風になることは、この時の彩人は知る由もない。



(おまけ)


授賞式が終わり、彩人たちは美月と合流して会場を出る。

エレベーターで一階に降りる。

そしてロビーで見知った顔とばったり出くわした。

いつかの黒いワンピース姿の高原瑠々だった。

彩人は瑠々と視線が合ったが、一縷の望みをかけて素通りしようとする。


「彩人くん?なんで女の子の格好してるの?」


「――神は死んだ」


「ん〜?お姉さんに教えてごらん?この可愛い格好はなにかな?」


瑠々は彩人を抱きしめ逃亡を阻止すると、頬を指でつつきながら恥ずかしがる彩人を問い詰める。

最近、年上の余裕を見せるこの女子小学生に、中身おっさんはやり返したくなった。


(せや!嵐廻流の会話術の出番や!ルルちゃんを骨抜きにしてやるぜ〜)


「ルルお姉さん、見てて!」


「うん?」


「お、おんな共!おれ様、今日もキマッテるだろぉ?」


次の瞬間、瑠々の表情はすとんと無になった。

瑠々は彩人の頬を両手で挟み込み、顔を近づける。


「その喋り方はやめなさい。いい?」


「ひゃい……」


「よろしい」


同日、ホテル・リオ・グランではピアノのコンクールがあった。

瑠々はそれにエントリーしていた。

そして審査員の中に名義貸しとして嵐廻の名前があった。

絵本大賞の授賞式の前、嵐廻はこのコンクールに飛び入り参戦した。

ピアノを連打し不協和音を奏で、お家芸のマイクパフォーマンス。

瑠々の順番はちょうど直前で内心ブチ切れていた。


こうして彩人が痛い俺様系になる未来は阻止されたのだった。

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