5才(1)
評価とブックマークありがとう!
書いてお礼するよ (^^)/
瀬尾家にとって9月の今日は特別である。
彩人の誕生日だ。
母親の美月は朝から張り切って手の込んだ料理を作っている。
彩人は寝起きの目をこすりながら、キッチンの鼻歌と包丁の音を聞きつつ、顔を洗いに洗面所へ行く。
そして、それは唐突に起こった。
目の前に見覚えのあるウィンドウが現れたのだ。
「ふぁっ!?」
奇声を上げた彩人は慌ててキッチンの方の様子を窺う。
美月が出てくる気配はない。
ほっと胸を撫で下ろし、ウィンドウを詳しく見る。
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!今日のトレーニング!開始!
・評価は5段階。
・評価に応じた獲得ポイントを取得できる。
・評価は12時間の成果により決まる。
・現在の設定は「午前7〜午後7時」。
※注意
・同評価でも特殊イベントにより獲得ポイントの変動あり。
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彩人は目をカッと開き、サイレントな雄叫びを上げる。
(キターーーーーっ!獲得ポイント!これよ、これ!これを待っていた!なになに……ほーん、12時間の成果の評価、それで獲得ポイントが決まるわけね。特殊イベントってのは何だろう。うーん……って、七時ということはもう始まっているのか!)
彩人は焦燥感を感じ、顔を洗うのもそこそこに走り出そうとする。
だが、それを引き止める者が現れる。
「にぃちゃ、おはよう……」
「え、ああ、うん、おはよう、彩花」
「にぃちゃ、だっこ……」
彩人の転生前から燻る野球欲は並大抵のものではない。
だが、それと同時に兄バカである。
「ん」と両手を伸ばす妹の姿にいとも簡単に陥落する。
彩人は彩花が顔を洗うのを手伝っているうちに冷静さを取り戻す。
(そーだよ、焦ってどうするんだ。野球人生はこれから二十年以上は続くんだ。初日にアクセル全開しても意味はないだろ)
「ふぅ〜、さすがはまいえんじぇる彩花。助かった」
「にぃちゃ、トイレ!」
「にいちゃんはトイレじゃないぞー」
彩人はいつものやり取りに肩の力が抜ける。
彩花の世話をした後、手を引きながらリビングへ行く。
ちょうど美月がテーブルに朝食を並べていた。
二人に気づき駆け寄ると抱きしめる。
「彩人、彩花!おはよう!」
彩人は挨拶を返して、もう恒例となった頬に口づけをする。
美月も、そして、なぜか彩花も彩人に口づけをする。
少し前から真似し出したのだ。
これは教育上よろしくないのでは、と彩人は美月に進言したが、美月に「お嫁さんがキスするのは当然よね?」と反撃された。
この世界では一親等の間柄でも結婚できる。なぜなら、男が生まれてくる確率が極めて低いため、近親婚を繰り返して血が濃くなることがないからだ。
彩人はこの件に関して深く考えないことにした。
「それと、彩人、五才の誕生日おめでとう!私の息子に生まれてきてくれてありがとう!元気に育ってくれて――育ってくれてぇ……うぅ……」
「ママ、ボクのたんじょーびに泣かないで」
「だってぇ、退院してこうやって彩人の誕生日を祝えるなんて、奇跡みたいでぇ……うわぁ〜ん、彩人ぉ〜」
(それを言われると非常に辛い。なるべく親孝行したいが、野球関連ではこの先も心配かけそうなんだよな〜。甲子園優勝とプロ野球選手になるって夢も日頃から伝えてはいるけど、どうも本気にしてなさそうだし)
湿っぽくなってしまった朝食を終える。
少し休憩して、彩人は再び「!今日のトレーニング!開始!」と書かれたウィンドウを呼び出す。
腕を組んで考えを巡らせる。
(評価ってのがキモだよな。何がどう評価されるか情報がまったく出揃ってないから、とりあえず今日は色々試してみたい。運動できる公園が理想だけど……)
「ママ、お外、行きたい!」
「お昼にルルちゃんが来るからムリよ〜」
(ですよねぇ……さすがに女の子との予定をドタキャンする鬼畜ムーブはできない。そもそも、女の子に誕生日を祝われるなんて、前世だとソシャゲの美少女キャラしか経験ないが?まあ、とりあえず、外に行けないなら室内で体を動かすとしますかね)
彩人はまず腕立て伏せをしようとその場にうつ伏せになる。
すると、彩花がとてとてと近寄ってきて彩人の背中にダイブした。
「ぐへっ」
「にぃちゃ、お馬さん!」
「あのー……彩花?にいちゃんは今から筋トレするから、どいてほしいなぁ」
「や!」
「そっかぁ、嫌かぁ……」
「あら、いいわね。ママも彩人にお馬さんしてほしいわ〜」
(どーやってやるんだよ。自分の体重を考えてから物言えや。……ひぇっ)
「彩人?」
「何でもないです!」
彩人は冷や汗をかきながら彩花の馬となる。
早く解放してほしくて本気で馬になりきると、流れで美月を交えておままごとが始まってしまった。
飼い主の美月に甘やかされ、騎手の愛花に騎乗される馬ライフから抜け出せず、時間だけが過ぎていった。
ピンポーン♪
昼頃、玄関のチャイムが鳴る。
美月が出迎えに行く。彩花もついていった。
(あぁあああ、馬しかしてねぇ!今のうちに少しでも!)
彩人が猛然と腕立て伏せをする。
だが、下半身を動かさず、腕の曲げが不十分で、頭だけをへこへこさせる悪い典型例といった形である。
本人は焦っていて気づいてないが。焦るとロクなことにならないと戒めたばかりのはずだが。
彩人の前世の最終学歴は三流大学卒業で頭の方はお察しである。
それを思うと致し方ないだろう。
「何やってるのよ、彩人くん」
その声に彩人は息を弾ませながら顔を上げる。
呆れを滲ませている銀髪の少女は高原瑠々だった。
彩人は瑠々の姿を見て呆気に取られる。
(黒のワンピースでしっかりお洒落していらっしゃる!?しかも髪は美容院に行ったばかりだよね!え?一般ピーポーのガキの誕生会なのに、なんで?気合い入れすぎじゃない?)
彩人はまだ前世の価値観に引きずられている。
希少な男の誕生会に招待されたのだから、高原家の母親が将来を見据えて娘のために気合い入れるのは当然なのだ。
瑠々は彩人の視線を受けてくるりと回る。
「どう?」
「その……とても可愛いです」
「ふふ、ありがとう――彩人くん、お誕生日おめでとう」
(ああ、何その笑顔。ルルちゃん、初めて会った時とは完全に別人じゃん。おっさん浄化されそう。今日はもうトレーニングのことはいいや。大切な母さんと妹、それとこんな可愛い女の子に誕生日を祝われるんだ。楽しまないと損だよな)
瑠々が手を伸ばし、彩人はそれを掴んで立ち上がる。
前世になかった充実したひと時の始まりである。
――その夜のこと。
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!今日のトレーニング!終了!
成果
○ 馬?
✖︎ 筋トレ(腕立て)
評価:大失敗(0pt)
特殊イベント
・誕生日(10pt)
・高原瑠々と初キス(10pt)
獲得ポイント:20pt
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小学生女子に手玉に取られたことを思い出して羞恥に悶える中身おっさんがいたとか、いないとか。
キスの経緯は助長になるので割愛。