4才(2)
少女、高原瑠々の外見的特徴として一番に上がるのは顔を伏せた今も見えている銀髪だろう。
だが、前世ほどに珍しくはない。
男が希少なため海外の精子バンクとのやり取りも盛んで混血が進み、日本人の髪色は色彩豊かになった。彩人、彩花、美月は黒髪であるが。
それを鑑みても瑠々の銀髪は綺麗だと彩人は感じた。
窓からの太陽の光によってキラキラと輝いている。
彩人はその光景に惚けた後、気を取り直して近づく。
何て声かけようかと迷い、口を開きかけた時。
「……帰って」
「あの……少し、お話を――」
「帰って」
彩人は明確な拒絶に少しショックを受ける。
(あー、こんな時、中身おっさんが何の役にも立たない。マジでどうする?小粋なギャグで場を和ませるか?前世では後輩女子にそれをやって引かれた記憶しかないが?神様!野球スキルだけでなく、会話スキルも欲しかったです!)
頭の中身はさておき、客観的に今の彩人を見ればどう映るか。
オロオロとするショタである。
その庇護欲をそそる仕草は塞ぎ込む瑠々にも効果があったようだ。
「……私がいじめているみたいじゃん」
「へ?」
「こっち来て。お話したいなら、お話しよ」
「あ、はい」
彩人にしてみれば何が何だかさっぱりだ。
だが、このチャンスを逃すまいと、指示通りベッドに寄る。
すると、瑠々は彩人を抱き上げた。
ぎゅっと腕の中で抱きしめる。
しばしの沈黙の後、瑠々がぽつりと漏らす。
「私、もうすぐ死んじゃうんだ……」
「看護師さんが手術は成功するって――」
「そんなの分からないよ。失敗するかもしれない。ううん、失敗するの。私が赤ちゃんの時、そうだったから」
(失敗したわけではないと思うが。心臓が成長したから再び手術が必要になったとか。詳しい話は知らないから迂闊なことは言えないな)
「……怖いよ。助けてよ」
彩人には瑠々を慰める言葉は見つからなかった。
だから自分の夢を語ることにした。
「ボク、瀬尾彩人はこーしえんで優勝します!」
「え?急に何?」
「そして、プロ野球選手になります!」
「甲子園?プロ野球選手?」
「ボクのしょーらいの夢」
「えっとね、男の子はプロ野球選手になれないんだよ?」
彩人の元の世界では年々野球人口は衰退していったが、この世界ではスポーツの中で最も野球が人気が高い。
欧州でもサッカーではなく、野球が盛んだ。
ただし、国内国外問わず、プロ選手の性別は全て女である。
なぜなら、この世界は性比が「1:100」で女性中心の社会だから。
また、希少な男を大事に育てるため、成長期に外で遊ばせず、結果的に成人女性の方が運動神経がいいという統計結果もある。
だが、プロ野球選手が女でなければならないとする規定はない。
彩人はこのことを美月のスマホを借りて調べ済みだった。
「なる!だから、おねーさんがボクの登場曲を作って!」
「んー?」
「あと、チャンスの時の曲。きゅー回サヨナラの時に、おねーさんの作った曲でボク、ぜったい打ちます!」
「曲作ってって簡単に言うけど、作曲ってすごく難しいって知ってる?」
瑠々が胡乱げに見つめると、彩人は小指を突き出す。
「だから約束!おねーさん、ボクの曲を作らなきゃだから、ぜーったい死んじゃダメだよ!」
「あ……そっか、うん、約束」
瑠々は淡く微笑んで小指を絡める。
彩人としては手術のことばかりではなく、その先の未来のことを考えることで少しは前向きになれると考えた。
その目論見は彼女の表情を見る限り微力ながら成功したのだろう。
「でも、彩人くんは作曲するの私でいいの?」
「おねーさんがいい。ボク、おねーさんが好きだから」
その言葉を聞いた瞬間、瑠々は硬直する。
再起動と同時に頬を染める。
彩人をいっそう強く抱きしめ、耳元で囁く。
それは年に似合わない色気のある声だった。
「女の子に軽々しく好きって言ったらいけないよ。本気にしちゃうから……」
(うぉ!?ゾワリとした!もちろん、ルルちゃんのピアノの曲が好きって意味に決まっているからね。わざと艶っぽく言わなくていいからね。まあ、作曲にしても四才男児との約束なんてすぐ忘れるでしょ。気楽にいこうぜ〜、ルルちゃん)
三日後、瑠々の手術は無事成功する。
後遺症もなく快癒した彼女は習い事に過ぎなかったピアノを本格的に始め、音楽家の道を歩き出す。
そして、彩人という稀有な男性野球選手に数多くの楽曲を提供することになる。
そんな未来が来るとはこの時の彩人が知る由もない。