1才
彩人が生まれて一年が経った。
首がすわってハイハイできるようになった。
「まぁ〜」
「はーい、ママでちゅよ〜。彩人ってば、ママと離れたくないなんて、ママが大好きなんでちゅね〜」
(ちげーよ。そろそろ仕事しなくていいのかって言ってんだよ。さっきも編集さんから電話かかってきたよね?構ってくれるのは嬉しいけどさ、ちゃんと仕事しよ?)
「彩人、可愛い〜、愛してる〜」
「ばぁ……」
美月が彩人の内心を知る由もない。
彼女の溺愛ぶりは出産時から冷めることなく、隙あらば頬ずりし、額にほっぺにと口づけをする。
一日の大半の時間を彩人につきっきりだった。
それができるのも彼女の仕事が在宅ワークだからだ。
売れっ子の絵本作家である。
彩人と美月はマンションにて二人暮らししている。
父親はいない。
離婚や別居ということでない。存在していなかった。
瀬尾家はシングルマザーであり、彩人は人工授精によって生まれたが、これはこの時代の一般的な家庭だった。
特異点があるとすれば、彩人の性別が男であることだ。
この一年で彩人も知って驚愕したことがある。
彩人が今いる世界は転生前の世界と比べて科学と文化レベルにおいて同等と言ってよかった。
だが、同じ世界では絶対にない。パラレルワールドだ。
つまり、決定的に異なる点があり、それは人口の性比だ。
女が圧倒的に多い。
具体的に言えば、「1:100」の偏りがある。
よって総理大臣も、会社の社長も女であり、社会構造は女を中心に出来上がっている。
ただ、国の税金の使われ方は人間という生物種を維持するため、希少な男に対する各種サポートに予算が注ぎ込まれている。
prprprpr♪
「まぁ〜、まぁ〜」
(ほら、母さん。スマホが鳴ってるよ。新作まだかって編集さんがカンカンだよ。締切日はこれ以上、延びないって)
「もう、うるさいわね。彩人が怒ってるじゃない。えいっ。ほら、彩人ー、ママと彩人の仲を引き裂く悪者は退治ちまちたよ〜」
「ばぁ……」
美月はスマホを投げ捨てると、彩人を抱きしめたままソファに寝転ぶ。
彩人をだらしなく頬を緩めて見つめる。
ふと何かを思いつき真面目な顔になる。
「……妹ほしいわね」
(だから仕事を――って、は?妹?)
「彩人を支える家族が私一人で十分かしら。いや、足りない!彩人を幸せにするには妹が必要不可欠!あ〜、でもな〜、ぜーったいお兄ちゃんが大好きになるわよね〜。ま、いっか。その時はその時。ママとその子と一緒に結婚すればいいわ〜」
(いや、え?ちょっと待って?妹、って何?)
「善は急げ、ってね」
美月は鼻歌を歌いながら外出の準備を始める。
彩人はその様子に戸惑い、不安が募る一方だった。