08
見つけ出した装置に、コウキはそっと人差し指の先を触れさせる。コウキの指紋が読み取られ、照合しているのだろう。しばらくの後、小さく電子音が鳴り、解錠される音がかすかに聞こえた。
それと同時に、音も立てることなく床がせりあがってくる。ぽっかりと空いた空洞は階段になっていて、どうやら地下へと続いているようだった。ひんやりとした空気が、穴の奥から流れ出てくる。
「コニカ、俺が先に降りていく。後ろの警戒を頼んだ」
「イエス、マスター」
短いやり取りを交わして、コウキは階段を下って行った。あのような場所に長居は無用だ。簡単には見つからないようにカモフラージュされているものの、どんなに些細なことでばれてしまうか分かったものではない。
しばらく進むと、背後で入口が閉まる気配がした。差しこんでいた光は完全に途絶え、あたりは真の闇に包まれた。
コウキは暗視装置を起動させ、なおも階段を下り続ける。先の見えない闇、しかし進む道は一つしかないのだから。
どれほど歩き続けただろうか、分からない。闇の中で長時間を過ごしたせいで、時間間隔はとうの昔に狂ってしまっている。いい加減、永遠とも思える階段に嫌気がさし始めたころ、コウキの足は段差ではない平坦な床を踏みしめた。とうとう長い階段を下りきったのだった。
地上からの距離を考えて、だいたい地下五十メートルの位置に達しているのだろう。周りを見回してみると、予想に反してかなりの広さがある。あまりに巨大すぎて、どれほどの高さがあるのかどうかも分からないくらいである。一歩踏み出すごとに、足音が周りの壁に反響した。
「マスター、もしかしてここは……」
「ああ、そうだろうな」
囁きかけるコニカの言葉に、うなずき返す。
「かつての貯水タンクの名残か……」
かつて政府機関が、日本の国土中に影響力を誇っていた時代。台風や集中豪雨などの自然災害による洪水や河川の氾濫などを防ぐため、地下に巨大な貯水タンクを建設する計画があったらしい。ある地域では実際に建造されたりしたらしいが、計画倒れになってしまったところも少なくはない。もちろん、記録に残されずに忘れ去られてしまった場所も、きっと存在していることだろう。つまりここは、忘れ去られた貯水タンクのうちの一つなのだ。
以前に訪れた時は、ここがどのような場所なのかは分からなかったが、今考えてみれば正直ルミナという女性のあり方が分からなくなってくる。一体どうやって、彼女は忘れ去られた貯水タンクの存在を知ったのだろうか? きっと、今のコウキでも推し量れないような何かが、ルミナにはあるに違いない。
「マスター、ここにルミナさんがいらっしゃるのですか?」
コニカの問いに、コウキは小さく首を振る。
「いや、ここじゃない。俺の記憶が正しければ、たしかあのあたりに……」
言いながら、コウキはいましがた降りてきた階段とは反対の壁に向かって歩き出す。さすがに広いタンクの内部、横切るだけでもかなりの時間を労する。まあ、建造された目的を考えれば、これほどまでの広さが必要だった理由は明白なのだが。
反対側の壁に行きあたったコウキは、さらにそこから壁沿いに右方向へ歩き出した。そしてしばらくしたところで、再び立ち止った。
「あった、こいつだ」
しゃがんだコウキの足元には、高さ五センチ横幅十五センチの長方形の横穴があった。その穴に、こんどは右手を手首まで突っ込む。
カチリ、と音がして、なめらかだった壁が突如引っ込み、そして通路が現れた。
「……誰?」
奥の方から、かすかに声が聞こえた。記憶に間違いがなければ、この声はナミだったはず。声の調子から察するに、おびえてはいるものの怪我などはなさそうだ。
「ナミ? そこにいるの?」
コニカがこっそりと言葉を掛ける。
だがその時、彼の鼻は嗅ぎ慣れた、不快な臭いを感じ取った。
「――これは、血の臭いか……!?」
あわてて走り出す。
たいした距離のない通路の奥は、ちょっとした小部屋になっており、小刻みに震えるナミの姿はそこにあった。
そしてその傍らには、うずくまったまま動かないルミナが、血の気の引いた表情でそこにいた。